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揚羽しっぺい

未来人の告白

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 それからの一週間は色々なことが起きすぎて、とにかく怒濤の一言だった。まず、一人目と二人目の実行犯がそれぞれ捕まり、身元が割れたという大きな出来事があった。この二人はそれぞれ政府に恨みを持ち、ネット上のコミュニティに所属していたらしい。事実上の犯罪組織が存在したという点で、マスコミや編集長が予想していたとおりだったというわけだ。なんとも恐ろしい話だが、もっと恐ろしいことが俺に降りかかるとは、このときは思っていなかった。







 そして、大体想像できてしまうかもしれないが、とうとう三人目の被害者が出てしまった。今回は夜道を襲った犯行で、この事件をきっかけにいっそう多くの議員が外出をためらっているのだそうだ。そりゃ外に出るだけで自分の命が狙われてしまうともなれば、身を隠したくなるのも当然だろう。しかも今回の被害者も汚職が露わとなっている、いわゆる世間の悪者とされている政治家だったらしく、この凄惨な事件を加速させてしまう可能性を孕んだ殺人となってしまっていた。







 これと同時に俺の身も危険にさらされていた。今回の殺人犯はすぐに逮捕されたようなのだが、どうやら今回の実行犯も”怨嗟の鬼”を所持していたのが一気に俺の状況を悪化させたらしい。全く、今に始まったことではないが迷惑な話だ。それよりも気になるのが今日は特別揚羽の表情が暗いことだった。当然俺もこんなニュースを見て、明るい表情になるのはおかしなことだとは分かっているが、今日の揚羽はいつもとは大きく様子が違う気がする。俺が心配しているのは、その原因がこのニュースだけだとは思えなかったからである。







 俺が揚羽に声をかけようとしていると、俺のケータイに竜胆さんから連絡が入った。ここまでくると流石に、俺と結んでいる全ての契約を破棄したいという申し出だろう。自分の中で決心をし、できるだけいつもの調子で電話に出た。







「もしもし、竜胆さんですか」俺は同時に慣れた手つきで揚羽にも聞こえるようにスピーカーモードへと切り替える。







 「はい、もしもし、竜胆です。お身体に変わりはないですか」



 「身体には、ないですね」



 「それなら、良かったです」







 中身のない会話が俺たちを襲った。どちらも内容が内容だから、自分から話題を出すのをためらっているようにみえた。すると、あちらの電話先で「あぁ、はい、分かりました」と竜胆さんが誰かと会話するのが聞こえた。







 「もしもし、有栖川先生、聞こえますか」







電話の向こうには久々に聞く落ち着いた声があった。







 「編集長、ご無沙汰してます。お元気でしたか」



 「えぇ、有栖川先生と同じく、身体の方は元気でしたよ。心配してくださりありがとうございます」







やっぱりこの人の話し方は、人を落ち着かせる力があるに違いない。状況は最悪なのに、なぜかこの人に任せていたら万事解決してしまいそうな予感さえしてくる。







 「今日はね、話したいことがあって僕の方から竜胆くんとの電話にお邪魔させてもらったんだよ」



 「連続殺人事件のことですよね」



 「まぁ、そうなんだけど、多分有栖川先生が考えているようなものとは少し違うかな」







俺はそう言われても「はぁ」としか言えなかった。編集長が出てきたのに、契約の話とかではないというのか。







 「このままでは僕の方から全て話させてもらうけれど、それでもいいかな、揚羽しっぺい君」







俺は自分の耳を疑った。今まで揚羽のことは存在を受賞スピーチでちらつかせた程度で、編集長や竜胆さんに話したことは一度もない。それもこれも、揚羽の戸籍がこの時間軸にはないらしいので、あまり周囲にバレないようにしていたのだから。ましてや名前なんて、知っているはずがないのだ。







 「というより、僕がこの事実にたどり着けたのは、自分もこの事件の片棒をかついでしまっていたからでもあるんだよ―――その経緯を自分で話すのは少し恥ずかしくて、君から話してもらうと助かるってだけなんだけどね」







編集長はそう言うと最後に「どうかな」と会話の権利を揚羽に明け渡した。すると揚羽は曇った表情を無理矢理振り切って、電話の向こうの編集長にこう答えた。







 「そうですね、僕ももうそろそろ潮時だと思ってましたし、もう十分です。それより久しぶりですね、こうやってお互い腹の探り合いをするのは」







俺は一つも理解できなかった。最後に竜胆さんと編集長との三人と家にいた揚羽の四人で話すよりも前に、編集長と揚羽は面識があったというのだろうか。しかもなんだ、腹の探り合いというのは。俺と竜胆さんが混乱している中、二人は淡々と会話を続けていく。







 「―――あぁ久しぶり。授賞式のとき君だと気付けなかった自分に、心底嫌気が差すよ」



 「まぁしょうがないですよ。あのときとはじめてお話ししたときでは、話し方が違いましたし、なにより声だけで判断なんて、そうそうできるものでもないですしね」



 「それもそうだね―――さて、僕ら二人の懐古タイムはそろそろ終わりにしよう。ぽかんとしている二人のために、君から説明をお願いするよ」







編集長が揚羽に説明を促すと、揚羽は身体を俺の方に向け、見たことが無いほど据わった目で俺を見つめた。







 「有栖川さん、僕ね、未来人じゃないんですよ」
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