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第一章 ラグナロク・ジ・エンド その一
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「お、俺の……担当女神……?」
呆然とする輝久の手を、マキと名乗った自称女神が握った。
「初めましテの握手デス」
「うおっ!? 冷たっ!!」
人形っぽい肌の外見そのままに、マキの手はひんやりしており、しかも固かった。
女神だという本人の言葉を信じるなら、輝久の予想は半分当たっていた。しかし、どこかイントネーションの外れた甲高い声に、生気の感じられない固い肌。
輝久は、自分の腰辺りまでの身長しかない体格のマキをまじまじと眺める。
(女神? この子が?)
よく見れば、ガラス玉みたいな目の下に、継ぎ目のような線が顎まで走っている。パッツンに切りそろえられた前髪は鮮やかな銀色。動けば、ウィーンと機械音。確かに人間とは思えない外見である。いやでも、あの……コレ、女神っていうか……。
「ロボじゃん!!」
輝久は遂に叫び、マキに握られていた手を振りほどいた。
「設定ムチャクチャだろ!」
輝久にとって、女神と言えば金髪で碧眼。ドレスを着て、スラリとした美形のイメージだった。だが目の前にいるのは、メイド服を着た美少女型ロボット。いや、何だコレ!
突然死の後、気付けば妙な空間にいて、女神が現れる――そんな異常事態よりも、輝久はマキの外見の方に気を取られていた。だから、
「草場輝久サン。どうしテ、アナタは泣いテいるのデスか?」
「へっ?」
マキにそう言われた時、輝久は驚いた。指を目の下に当てると確かに涙が零れている。
「あ、あれ。何でだろ?」
「怯えテいるのデスネ? 無理もありまセン。亡くなっタと思った瞬間、こんな所に来たのデスから、さぞ動揺するでショウ」
確かに急にこんなことになれば、誰しも慌てふためくとは思う。
(けど……動揺したからって泣くか? そんなこと今までなかったけど。いやまぁ、死ぬなんて初めての経験だしな……)
理由や説明がないことが大嫌いな輝久は、どうにか納得出来る材料を自分で探していた。
「マキがお慰メいたしマス」
そう言いながら近付いてくる。奇妙な外見に面食らったが、よく見れば……。
(あはは。結構、可愛いかも)
そんな輝久の思考は下半身の違和感で遮られる。
「ヨシヨシ。オー、ヨシヨシ」
マキは小さな両手で、輝久の股間をさすっていた。
「オォォイ!? どこ撫でてんの!?」
「人間は悲しイ時、撫でてあげルと良いと、脳内のデータベースにありまシタ」
「普通、頭だろ、撫でるのは!! ……あっ、違う頭!? 下ネタのつもり!?」
「仰る意味が良く分かりまセン」
不思議そうにマキは小首を傾げた。亀頭がどうとかいう話ではなかったらしい。自分の方が下品だったと輝久は恥ずかしくなり、言葉を荒らげる。
「だ、大体、別に俺、悲しくねーしっ! 泣いたのはきっと、急激な環境変化に於ける一種の精神錯乱状態で……」
取り繕うように手で顔を拭い、涙の原因を説明する。しかし、マキはどこ吹く風だ。
「とにかク、マキはこれかラ、草場輝久サンのお世話を致しマス」
「お世話?」
「ハイ。マキと草場輝久サンは一緒に冒険をするのデス」
「それって、もしかして異世界攻略みたいな?」
「その通りデス。草場輝久サンは勘がよろしいデスね……ンー……」
「ど、どうした?」
「今後もフルネームで呼び続けルと仮定しましタ所、結構なタイムロスが発生しそうデス。故に、省略して『テル』と呼ばせテ頂いてよろしいでショウか?」
「名前とか、どうでも良いけど……ってか、お、おい! 何か垂れてるぞ?」
輝久は気付く。メイド服のスカートの下、マキの股から黒い液体がポタポタと湖面に垂れていた。
「オイル漏れデス。考え事をしていたのデ、下半身の統御が疎かになっテいタ模様デス」
「そっちの方がお世話が必要なんじゃないの!?」
輝久が大声でツッコむと、マキは懐に手を入れ、白いハンカチを取り出した。手をウィーンと差し伸べて、それを輝久に渡す。
「お願いしマス」
「何で俺が拭くんだよ!?」
輝久は顔を赤くして叫ぶ。マキは人間で言えば、小学生の女の子くらいの外見である。そんなマキの股を拭くなど恥ずかしくてとても出来ることではなかった。
「そうデスか」
少し寂しげな顔をした後、マキは自らハンカチを持って、垂れたオイルを拭き始めた。
「変な女神……ってかホントに女神かよ?」
「女神デス。でもマキは生まれタばかりなのデ、何の女神か分からないのデス」
「ええええ……! 自分のことも良く分からない女神が俺の担当なの? 大丈夫かよ……」
不安げな顔を見せる輝久に、マキが言う。
「もちロン、知っていることもありマス。テルとマキが一緒に冒険する異世界ハ『アルヴァーナ』と言うのデス」
「ふーん。異世界アルヴァーナか」
マキの言葉を繰り返しながら、マジになろう系小説みたいな展開だな、と輝久は思った。無論、女神がロボっぽいことを除いてだが。
「それでは、アルヴァーナに出発デス」
「いや『出発デス』じゃねえよ。もっとちゃんと説明しろ」
聞きたいことは山積みだが、何より先に確認しておかねばならない大事なことが輝久にはあった。
「マキ、だっけ。そのアルヴァーナとかいう異世界を攻略したら、俺は日本に帰れるんだろうな?」
輝久は真剣な顔でマキに尋ねた。友人の憲次なら、異世界に永住したいなどと宣うかも知れないが、輝久は違う。異世界はフィクションとして楽しむものであり、リアルに生活するものではない。
自分が事故死したと知れば、父と別れてから女手一つで育ててくれた母親が悲しむだろうし、そもそも、水道、電気なんか絶対ないであろう異世界で暮らすより、インフラの整った日本の方が一億倍マシに決まっている。
「少々おまちくだサイ。確認いたしマス」
突然、マキの目が明滅する。そしてマキの頭部から『カリカリカリ』と時代遅れのHDDパソコンに似た音が響いた。
「ま、マジでロボだな……!」
おそらく脳内のデータベースにアクセスしているのだろう。マキは一分間ほど無言だったが、遂に目が点灯を止めて元に戻る。そして「確認できましタ」と言った。
「タブン、何となくデスけども、元の世界に気持チ、戻れルような気が致しマス」
「適当すぎん!? ずっとカリカリやっといてソレ!?」
いやハッキリさせといてくれよ! そこメチャメチャ大事なとこだろ!
一見、知的そうに見えた美少女型ロボットは、実際はポンコツなのかも知れなかった。
(生まれたばっかって言ってたし……よく分かんないけど、ビギナー女神なんだろうなあ)
輝久は溜め息の後、自分の髪の毛をクシャクシャと掻く。
「なぁ、マキ。最初に言っておくぞ。俺は理由や説明がないことが大嫌いなんだ」
「そうなのデスか」
輝久がそんな風に思うのは、幼い頃、両親に説明もなく離婚されたからである。そのトラウマ以後、輝久は物事に対して、常に理由と説明を求めていた。
「だから、ハッキリさせておいてくれ。たとえば元の世界に戻ったとして、車に轢かれなかったことになるのか? もしくは轢かれた体が再生するとか? ……どうなんだ?」
するとマキは真っ直ぐ前を見据えて言う。
「アルヴァーナに出発デス」
「話、聞いてた!? ねえっ!?」
マキにイラついた時、急に輝久の体勢が崩れた。「は?」と驚き、視線を下げれば、鏡面のような湖に下半身が沈んでいく。
「うわわわわ!?」
焦って叫んだ時には、輝久の全身はすっぽり湖の中に吸い込まれていた。
水平線が見えた幻想的な空間から、今度は地平線が窺えるだだっ広い平原に佇んでいた。輝久の隣にはメイド服の幼児ロボがいる。
「まだ話の途中だったろ!!」
「申し訳ございまセン。早く行った方が良い気がしたものデ」
「何で!?」
「何となくデス」
「だから俺、そういうの嫌いって言ったよね!?」
輝久は怒って叫ぶが、マキは何食わぬ顔だ。もっと文句を言ってやりたかったが、輝久の髪を涼やかな風が揺らす。
(此処が異世界……アルヴァーナか……)
ぐるり見渡せば、日本では考えられない広大な土地。例えるならアメリカ西部の大草原といった感じだろうか。輝久はどうにか人が通れる程度に舗装された道の上に立っていた。道は小高い丘に通じており、丘の上には大きな木が見えた。
突如、マキからウィーンと機械音がした。
「ど、どうしたんだよ?」
目を明滅させながら口をパカリと開くと、レシートのような細長い紙がマキの口から排出される。マキはそれを手に取ると、
「地図デス」
「そんな出し方!!」
ツッコむが、マキは口から出した細長い地図を眺めている。
「アナログだなあ。マップとか脳のデータベースに入ってないのかよ。ロボっぽいのに」
輝久はブツブツ言いながら、幼児体型のマキが持つ地図を見る為、足を屈めた。小さな簡略図に、びっしりと細かく図形が書き込まれている。輝久は自分が何処に居るのかすら検討が付かなかった。マキが平坦な口調で言う。
「此処はタブン『ノクタン平原』という場所デス」
「多分って何だよ」
ホントかよ、と思いながら改めて周囲を見回す。暖かい日差しに、鳥のさえずり。のほほんとした平穏な雰囲気が漂っている。
ふと、輝久は気付く。草道の傍、兎が跳ねていた。よく見ると頭部に角がある。
「一角兎ってやつか。まだ武器とか持ってないけど倒せるかな?」
元々、異世界ものが好きな輝久である。初めてのモンスターに少し興奮して腕まくりするが、マキは人形のように整った顔を僅かに引き攣らせた。
「暴力反対デス。虐待は良くありまセン」
「えっ! アレ、悪いモンスターじゃないの?」
「脳内のデータベースによるト、アルヴァーナに住むモンスターの殆どは平和的で穏やかデス。アルヴァーナは最低難度の異世界なのデ」
「さ、最低難度? じゃあ、この世界の攻略って何すりゃいいんだ?」
「端的に言えば、野菜を盗ムようなイタズラモンスターを見つけテ、ポカポカと懲らしめるのデス」
「ああ……そんな感じのアレなんだ……!」
「ハイ。そんナ感じのアレデス」
ガクッとして肩の力が抜ける。マキの説明から、生き死にのバトルとかそういう感じには全然ならなさそうだ。
(けどまぁ、そういう世界観なら早く攻略出来そうだな。とりあえず日本に戻れると信じて、頑張るしかないか……)
輝久は静かな決心をした。マキが丘を指さす。
「あの大きナ木の向こウに町があるみたいデス。名称はタブン『ドレミノの町』デス」
「だから多分って何だよ」
輝久はマキと一緒に、大木のそびえる丘に向けて歩き出した。
「あっ、そうだ! 俺のスキルは? あるんだろ、そういうの!」
「存じ上げまセン」
「マジか、お前……!」
知らないことの多い案内ロボのせいで、ほんの少し出かけていた輝久のやる気がしぼんだ時――。突然、空が白み、閃光と耳をつんざく轟音がノクタン平原に轟いた。
輝久は思わず腰を屈めて、
「な、何だ、今の!?」
慌てて音のした方を凝視する。目指していた丘の上の大木が真っ二つに裂けていた。
呆然とする輝久の手を、マキと名乗った自称女神が握った。
「初めましテの握手デス」
「うおっ!? 冷たっ!!」
人形っぽい肌の外見そのままに、マキの手はひんやりしており、しかも固かった。
女神だという本人の言葉を信じるなら、輝久の予想は半分当たっていた。しかし、どこかイントネーションの外れた甲高い声に、生気の感じられない固い肌。
輝久は、自分の腰辺りまでの身長しかない体格のマキをまじまじと眺める。
(女神? この子が?)
よく見れば、ガラス玉みたいな目の下に、継ぎ目のような線が顎まで走っている。パッツンに切りそろえられた前髪は鮮やかな銀色。動けば、ウィーンと機械音。確かに人間とは思えない外見である。いやでも、あの……コレ、女神っていうか……。
「ロボじゃん!!」
輝久は遂に叫び、マキに握られていた手を振りほどいた。
「設定ムチャクチャだろ!」
輝久にとって、女神と言えば金髪で碧眼。ドレスを着て、スラリとした美形のイメージだった。だが目の前にいるのは、メイド服を着た美少女型ロボット。いや、何だコレ!
突然死の後、気付けば妙な空間にいて、女神が現れる――そんな異常事態よりも、輝久はマキの外見の方に気を取られていた。だから、
「草場輝久サン。どうしテ、アナタは泣いテいるのデスか?」
「へっ?」
マキにそう言われた時、輝久は驚いた。指を目の下に当てると確かに涙が零れている。
「あ、あれ。何でだろ?」
「怯えテいるのデスネ? 無理もありまセン。亡くなっタと思った瞬間、こんな所に来たのデスから、さぞ動揺するでショウ」
確かに急にこんなことになれば、誰しも慌てふためくとは思う。
(けど……動揺したからって泣くか? そんなこと今までなかったけど。いやまぁ、死ぬなんて初めての経験だしな……)
理由や説明がないことが大嫌いな輝久は、どうにか納得出来る材料を自分で探していた。
「マキがお慰メいたしマス」
そう言いながら近付いてくる。奇妙な外見に面食らったが、よく見れば……。
(あはは。結構、可愛いかも)
そんな輝久の思考は下半身の違和感で遮られる。
「ヨシヨシ。オー、ヨシヨシ」
マキは小さな両手で、輝久の股間をさすっていた。
「オォォイ!? どこ撫でてんの!?」
「人間は悲しイ時、撫でてあげルと良いと、脳内のデータベースにありまシタ」
「普通、頭だろ、撫でるのは!! ……あっ、違う頭!? 下ネタのつもり!?」
「仰る意味が良く分かりまセン」
不思議そうにマキは小首を傾げた。亀頭がどうとかいう話ではなかったらしい。自分の方が下品だったと輝久は恥ずかしくなり、言葉を荒らげる。
「だ、大体、別に俺、悲しくねーしっ! 泣いたのはきっと、急激な環境変化に於ける一種の精神錯乱状態で……」
取り繕うように手で顔を拭い、涙の原因を説明する。しかし、マキはどこ吹く風だ。
「とにかク、マキはこれかラ、草場輝久サンのお世話を致しマス」
「お世話?」
「ハイ。マキと草場輝久サンは一緒に冒険をするのデス」
「それって、もしかして異世界攻略みたいな?」
「その通りデス。草場輝久サンは勘がよろしいデスね……ンー……」
「ど、どうした?」
「今後もフルネームで呼び続けルと仮定しましタ所、結構なタイムロスが発生しそうデス。故に、省略して『テル』と呼ばせテ頂いてよろしいでショウか?」
「名前とか、どうでも良いけど……ってか、お、おい! 何か垂れてるぞ?」
輝久は気付く。メイド服のスカートの下、マキの股から黒い液体がポタポタと湖面に垂れていた。
「オイル漏れデス。考え事をしていたのデ、下半身の統御が疎かになっテいタ模様デス」
「そっちの方がお世話が必要なんじゃないの!?」
輝久が大声でツッコむと、マキは懐に手を入れ、白いハンカチを取り出した。手をウィーンと差し伸べて、それを輝久に渡す。
「お願いしマス」
「何で俺が拭くんだよ!?」
輝久は顔を赤くして叫ぶ。マキは人間で言えば、小学生の女の子くらいの外見である。そんなマキの股を拭くなど恥ずかしくてとても出来ることではなかった。
「そうデスか」
少し寂しげな顔をした後、マキは自らハンカチを持って、垂れたオイルを拭き始めた。
「変な女神……ってかホントに女神かよ?」
「女神デス。でもマキは生まれタばかりなのデ、何の女神か分からないのデス」
「ええええ……! 自分のことも良く分からない女神が俺の担当なの? 大丈夫かよ……」
不安げな顔を見せる輝久に、マキが言う。
「もちロン、知っていることもありマス。テルとマキが一緒に冒険する異世界ハ『アルヴァーナ』と言うのデス」
「ふーん。異世界アルヴァーナか」
マキの言葉を繰り返しながら、マジになろう系小説みたいな展開だな、と輝久は思った。無論、女神がロボっぽいことを除いてだが。
「それでは、アルヴァーナに出発デス」
「いや『出発デス』じゃねえよ。もっとちゃんと説明しろ」
聞きたいことは山積みだが、何より先に確認しておかねばならない大事なことが輝久にはあった。
「マキ、だっけ。そのアルヴァーナとかいう異世界を攻略したら、俺は日本に帰れるんだろうな?」
輝久は真剣な顔でマキに尋ねた。友人の憲次なら、異世界に永住したいなどと宣うかも知れないが、輝久は違う。異世界はフィクションとして楽しむものであり、リアルに生活するものではない。
自分が事故死したと知れば、父と別れてから女手一つで育ててくれた母親が悲しむだろうし、そもそも、水道、電気なんか絶対ないであろう異世界で暮らすより、インフラの整った日本の方が一億倍マシに決まっている。
「少々おまちくだサイ。確認いたしマス」
突然、マキの目が明滅する。そしてマキの頭部から『カリカリカリ』と時代遅れのHDDパソコンに似た音が響いた。
「ま、マジでロボだな……!」
おそらく脳内のデータベースにアクセスしているのだろう。マキは一分間ほど無言だったが、遂に目が点灯を止めて元に戻る。そして「確認できましタ」と言った。
「タブン、何となくデスけども、元の世界に気持チ、戻れルような気が致しマス」
「適当すぎん!? ずっとカリカリやっといてソレ!?」
いやハッキリさせといてくれよ! そこメチャメチャ大事なとこだろ!
一見、知的そうに見えた美少女型ロボットは、実際はポンコツなのかも知れなかった。
(生まれたばっかって言ってたし……よく分かんないけど、ビギナー女神なんだろうなあ)
輝久は溜め息の後、自分の髪の毛をクシャクシャと掻く。
「なぁ、マキ。最初に言っておくぞ。俺は理由や説明がないことが大嫌いなんだ」
「そうなのデスか」
輝久がそんな風に思うのは、幼い頃、両親に説明もなく離婚されたからである。そのトラウマ以後、輝久は物事に対して、常に理由と説明を求めていた。
「だから、ハッキリさせておいてくれ。たとえば元の世界に戻ったとして、車に轢かれなかったことになるのか? もしくは轢かれた体が再生するとか? ……どうなんだ?」
するとマキは真っ直ぐ前を見据えて言う。
「アルヴァーナに出発デス」
「話、聞いてた!? ねえっ!?」
マキにイラついた時、急に輝久の体勢が崩れた。「は?」と驚き、視線を下げれば、鏡面のような湖に下半身が沈んでいく。
「うわわわわ!?」
焦って叫んだ時には、輝久の全身はすっぽり湖の中に吸い込まれていた。
水平線が見えた幻想的な空間から、今度は地平線が窺えるだだっ広い平原に佇んでいた。輝久の隣にはメイド服の幼児ロボがいる。
「まだ話の途中だったろ!!」
「申し訳ございまセン。早く行った方が良い気がしたものデ」
「何で!?」
「何となくデス」
「だから俺、そういうの嫌いって言ったよね!?」
輝久は怒って叫ぶが、マキは何食わぬ顔だ。もっと文句を言ってやりたかったが、輝久の髪を涼やかな風が揺らす。
(此処が異世界……アルヴァーナか……)
ぐるり見渡せば、日本では考えられない広大な土地。例えるならアメリカ西部の大草原といった感じだろうか。輝久はどうにか人が通れる程度に舗装された道の上に立っていた。道は小高い丘に通じており、丘の上には大きな木が見えた。
突如、マキからウィーンと機械音がした。
「ど、どうしたんだよ?」
目を明滅させながら口をパカリと開くと、レシートのような細長い紙がマキの口から排出される。マキはそれを手に取ると、
「地図デス」
「そんな出し方!!」
ツッコむが、マキは口から出した細長い地図を眺めている。
「アナログだなあ。マップとか脳のデータベースに入ってないのかよ。ロボっぽいのに」
輝久はブツブツ言いながら、幼児体型のマキが持つ地図を見る為、足を屈めた。小さな簡略図に、びっしりと細かく図形が書き込まれている。輝久は自分が何処に居るのかすら検討が付かなかった。マキが平坦な口調で言う。
「此処はタブン『ノクタン平原』という場所デス」
「多分って何だよ」
ホントかよ、と思いながら改めて周囲を見回す。暖かい日差しに、鳥のさえずり。のほほんとした平穏な雰囲気が漂っている。
ふと、輝久は気付く。草道の傍、兎が跳ねていた。よく見ると頭部に角がある。
「一角兎ってやつか。まだ武器とか持ってないけど倒せるかな?」
元々、異世界ものが好きな輝久である。初めてのモンスターに少し興奮して腕まくりするが、マキは人形のように整った顔を僅かに引き攣らせた。
「暴力反対デス。虐待は良くありまセン」
「えっ! アレ、悪いモンスターじゃないの?」
「脳内のデータベースによるト、アルヴァーナに住むモンスターの殆どは平和的で穏やかデス。アルヴァーナは最低難度の異世界なのデ」
「さ、最低難度? じゃあ、この世界の攻略って何すりゃいいんだ?」
「端的に言えば、野菜を盗ムようなイタズラモンスターを見つけテ、ポカポカと懲らしめるのデス」
「ああ……そんな感じのアレなんだ……!」
「ハイ。そんナ感じのアレデス」
ガクッとして肩の力が抜ける。マキの説明から、生き死にのバトルとかそういう感じには全然ならなさそうだ。
(けどまぁ、そういう世界観なら早く攻略出来そうだな。とりあえず日本に戻れると信じて、頑張るしかないか……)
輝久は静かな決心をした。マキが丘を指さす。
「あの大きナ木の向こウに町があるみたいデス。名称はタブン『ドレミノの町』デス」
「だから多分って何だよ」
輝久はマキと一緒に、大木のそびえる丘に向けて歩き出した。
「あっ、そうだ! 俺のスキルは? あるんだろ、そういうの!」
「存じ上げまセン」
「マジか、お前……!」
知らないことの多い案内ロボのせいで、ほんの少し出かけていた輝久のやる気がしぼんだ時――。突然、空が白み、閃光と耳をつんざく轟音がノクタン平原に轟いた。
輝久は思わず腰を屈めて、
「な、何だ、今の!?」
慌てて音のした方を凝視する。目指していた丘の上の大木が真っ二つに裂けていた。
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