機械仕掛けの最終勇者

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第四章 武芸都市ソブラ その三

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 輝久、マキ、そしてネィムは宿屋で一晩明かした後、明日に迫った武芸大会の準備の手伝いをすることになった。輝久としては、他に特にやることもなかったし、昨日、クローゼから手伝って欲しいと頼まれた手前もある。

 だが、輝久にとって誤算があった。柔和で話の合いそうなユアンが、早々に別の手伝いを任されて消え……マキとネィムの幼児二人は、飾りの花を編む作業に抜擢されて……気付けば――。

「じゃあ、テルはアタシと一緒に行動だな!」

(うわ……クローゼに捕まった……!)

「アタシらは出店のチェックだってよ! 楽な仕事だ! ついてるぜ!」

 そう言って、クローゼは輝久の腕を強引にぐいと引いた。



「なぁ、テル! 昨日はよく眠れたか? アタシのこと考えて、興奮して眠れなかったんじゃねえの!? ハーーッハハハハ!!」 

 出店に向かう途中、クローゼが大声で話しかけてきたが、輝久は返答に困っていた。

(何て返したら良いんだよ!?)

 クローゼのことが、好きか嫌いかと聞かれれば別に嫌いではない。ただ、スーパーモデルのような体型に、自分よりも高身長。それでいてグイグイ来られるものだから、輝久としては対応に困る。

 一方的にクローゼがまくしたてる中、準備中の店々が立ち並ぶ通りに出る。昨日は建設中だった簡易的な出店も、今や営業しても良いくらいに完成していた。通りを行き交う人の多くは、手伝いや準備の者達だ。

 クローゼが楽しげに言う。

「明日はソブラ以外の町からも観客が来るんだぜ! 此処は人で溢れかえるんだ! ワクワクするだろ?」
「いや……俺、あんまりこういうの好きじゃなくて」
「はぁ? そうなのか?」

 輝久の隣を、両親に手を繋がれた子供が楽しそうに歩いていた。子供が準備中の食べ物屋の前で止まる。

「パパー! コレ買って!」
「ダメダメ。まだ売ってないんだよ。祭りは明日」
「えー!」

 すると屋台から大柄な店主が、のそりと出てくる。ソブラの者らしく、屈強な感じの男である。母親が慌てて頭を下げる。

「すいません。この子ったら、明日が待ちきれなくって」

 強面に見えた店主だったが、愛想良くニコリと微笑むと、奥から焼きトウモロコシを持ってきて子供に差し出した。

「坊主、持っていきな! サービスだ!」
「ありがとう!」
「明日も来いよ!」

 家族揃って頭を下げる。そんな光景を見て、クローゼはニカッと口を開けて笑った。

「微笑ましい光景だ! だろ、テル?」
「別に……」
「何だよ、何だよ! つまらなさそうだなあ!」

 輝久は騒がしいところが苦手だった。いや、幼少時以降、苦手になってしまった。理由は、離婚した両親との楽しい思い出が蘇るからだ。

 今の子供のように、両親に手を繋がれて夏祭りに行ったことがあった。綿飴、焼きそば、射的――あの時、あんなに楽しかった記憶が、今となっては回想するのも辛い出来事に変わっている。

 途端、輝久は、お尻をバンと叩かれた。

「痛って!? 何すんだよ、クローゼ!?」

 驚いて振り返ると、クローゼはトウモロコシが沢山入った木箱を肩に担いでいた。

「ほら。この店の手伝いするぜ。アタシと一緒にコレ持って運ぶんだ」
「出店のチェックするだけだって言ってなかったっけ?」
「いいから、いいから!」

 無理やり木箱を押しつけられる。輝久は渋々、木箱に手を添えた。

「はぁ。だから俺、祭りなんて、」
「好きじゃないんだろ? じゃあさ。いっそ、楽しませる側に回ってみろって」

 一緒に木箱を運びながら、クローゼはそう言った。

「え?」
「祭り自体も勿論好きだけど、アタシ、喜んでる人の顔見るのが一番好きなんだ! だからこうして準備してる方が楽しい!」
「そういうもんかな?」
「そういうもんだ! よし、そこに置いて! まだまだあるぞ! 次はあの箱だ!」
「えええええ……! お、重っ!?」

 山積みされていた木箱を、クローゼと一緒に出店の傍まで運ぶ。クローゼは余裕の表情、輝久は息をハァハァ切らしながら。強面の主人が、笑顔を見せた。

「クローゼ! ありがとな!」
「いいって、いいって!」
「そこのあんちゃんも助かるよ!」
「あ、いや……」

 重い荷物を運んだせいで腰や腕が痛かった。だが、店主の笑顔を見たらそんなことは吹き飛んでしまった。クローゼが店主を肘で突く。

「バッカ! あんちゃんじゃねえ! 勇者様だ、勇者様!」
「そ、そうなのか!? そりゃあ、すまなかった!!」

 店主が輝久に頭を下げると、クローゼは快活に笑う。輝久も笑いながら、クローゼの横顔をちらりと見た。

(ガサツだと思ってたけど……いや実際、ガサツなんだけど……クローゼって、こういうところもあるんだな)

「テル! じゃあ次、あの店、手伝ってやるか!」
「ああ、そうだな」

 次の店は年配のおばさんが仕切っているようだった。重くて、おばさんが運べない荷物や食材を、先程のようにクローゼと一緒に運ぶ。

「二人とも、ありがとうねえ」

 あらかた荷物を運び終えた後、おばさんは頭を下げた。嬉しかったが、腰が限界で、輝久は中腰になってしまう。

「ちっと休憩すっか、テル!」

 不意にクローゼが言った。二人で隣合わせになって、出店の間に出来たスペースにあぐらを掻いて座る。汗を伝う顔を、パタパタと手で扇ぎながらクローゼが言う。

「悪りぃな、勇者にこんなことさせて!」

 輝久は無言で首を振る。疲れてはいたが、気分は何故か爽快だった。クローゼが照れたように笑う。

「ガーディアンの使命もそうだけど、アタシって根っからの裏方根性だからさ! 華やかじゃねえだろ!」
「いや、良いと思う」

 輝久は額の汗を手で拭いながら言う。

「クローゼの気持ち、ちょっとだけ分かったよ。俺も準備してる方が楽しいかも」

 荷物運びは辛いが、感謝されると不思議と疲れが消えていく。

(楽しませる側に回る、か。うん。悪くないな)

 少しクローゼと打ち解けた気がして、輝久はクローゼに微笑んだ。クローゼもニカッと口を三日月にして「そうか、そうか!」と笑った後で、

「じゃあ結婚すっか!」
「色々、すっ飛ばしすぎじゃない!?」

 輝久が仰天して叫ぶと、クローゼは大声で笑った。

「アタシ、面倒くさいのは嫌いなんだよ! ってか、結婚は流石に冗談だって! 本気にすんなよ! ハーーーッハハハハ!」

 笑いながらバンバンと背中を叩かれる。クローゼは力が強く、リアルに痛い。

「痛ってえってば! やめろ!」
「じゃあ、乳でも揉むか?」
「何でだよ!! さっきから『じゃあ』の意味、分からんし!!」
「ちぇっ」

 するとクローゼは、本当に残念そうに口をすぼませた。

(やっぱ良く分かんねえ、クローゼは!)

 輝久はジト目でクローゼを見やる。顔の下にある巨乳の谷間に汗が幾筋も落ちていた。

(ほ、ホント大きいな。そりゃ、俺だって触ってみたいよ? でも実際、触ったら「引っかかったな、この変態勇者!」とか言われたり……? うーん、考えすぎか?)

 さっきツッコまずに素直に触っていたら、どうなったんだろう。もしかして、今から触っても間に合うのか……などと、不純なことを輝久が考えていた時。

 遠くの空が光った。

「……あん? 雷か?」

 クローゼが目を細めて、空を睨んだ。嫌な予感が、輝久の背中の辺りをぞわぞわと這い上がってくる。

(まさか……!)

 立ち上がった輝久の近くを、ソブラの人々が話しながら通り過ぎていく。

「今、光ったよな。雨でも降るのか?」
「明日の武芸大会、大丈夫かなあ?」

 呆然として立ちすくむ輝久の肩を、クローゼがポンと叩いた。

「気にするこたねえ! 雷は随分、遠くだった! 雨なんか降らねえよ!」
「いや! アレは雷じゃない! アレはきっと……!」

 居ても立ってもいられず、輝久は駆け出した。後ろからクローゼが叫ぶ。

「お、おい!? 何処行くんだよ、テル!?」
「ごめん、クローゼ! 戻ったら続き、手伝うから!」

 そう言って輝久は一人、空が光った方へ走る。確信に近い予感があった。

 アレはきっと、ガガやボルベゾのような敵がアルヴァーナに出現したということだ!





 全力で走り、輝久はソブラの下町に辿り着いた。バーのような飲み屋が林立している通りである。夜は賑わうのだろうが、今、通行人はほとんどいない。

 数分、走っただけなのに、激しく息切れして輝久は膝に手を当てた。自らの体力のなさを痛感すると同時に、ふと冷静になる。

 クローゼが言ったように、光はボルベゾの時より更に距離があったように思う。走ったところで追いつけるものではないだろう。

(それに、追いついてどうすんだよ? マキもいないのに!)

 本当にガガやボルベゾ級の敵が現れたとすれば、輝久一人ではどうしようもない。焦っていたとはいえ、自分のバカさ加減に呆れる。とりあえず、マキに知らせる為に引き返そうとした瞬間、輝久の視界に白ヒゲの老人が映った。

「あっ! あの爺さん!」

 老人は一人、静かに空を眺めていた。先程、光った空の方角を。

(つーか、ジエンドがこの地域までワープしてきたのに、どうしているんだ?)

 本来、ソブラは陸路と海路を合わせれば、プルト城から数日は掛かる場所である。不可解な疑問が輝久の脳裏を過ったが、それでも今は老人の確保が先決だと思った。そうだ! 捕まえてから色々、聞けばいい!

 そろりと輝久は老人の背後に近付く。気配に気付き、老人が振り返った時には、既に輝久は老人の両肩をしっかと掴んでいた。

「ようやく捕まえたぞ、一言ジジィ!」

 その刹那、皺だらけで仙人のような老人が恐ろしい形相で叫んだ。

「ワシに触れるなああああああああああああああ!!」
「えええっ!? もう触れちまったけど!?」

 咄嗟に輝久は手を離す。だが、老人は頭を抱えて叫び続ける。

「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「わあああああ!? 何だか、ごめんなさい!!」

 あまりの老人の取り乱し様に、輝久は思わず謝ってしまう。老人は自らの体をまじまじと眺めたり、輝久の顔を覗き込んだりしていたが、やがて落ち着いた様子に戻った。

「むう。何も起こらんな……」
「お、驚かすなよ、一言ジジィ!」
「ヒトコト? 何じゃ、それは?」
「アンタだよ! いっつも一言、言って消えるだろ!」

 少し首を捻った老人は「ほっほっほ」と楽しげに笑い出した。

「ワシはそんな呼び方をされているのか!」

 そして輝久の肩に、親しげに手を載せてきた。

「叫んですまなかったな。お前との接触を危惧していたのだ。だが、触れられて分かった。どうやらお前と一緒に居ても、世界に歪みは起きないらしい」
「はぁ?」

 笑顔の老人は空を見上げて、皺だらけの表情を引き締める。

「東の空が光ったのを見たか? 新たな覇王がアルヴァーナに降臨した」
「覇王って……やっぱりか!」
「暴虐の覇王サムルトーザが、トランポト荒野に降り立った。ソブラからは距離があることと、あの付近は人間が少ないのが幸いだ。だが、悪い賽の目には違いない」
「暴虐の覇王サムルトーザ?」
「覇王の中でも最強の部類。それでも、奴を倒さねば未来はあるまい。位置から判断して、サムルトーザのソブラ到達は明日の正午といったところだ」
「どうして、そんなことまで分かるんだよ? この際、アンタの知ってること、全部吐いて貰うからな!」
「知らない方が良いこともある」
「何だよ、それ!」

 饒舌に話していた老人は首を横に振る。だが、そのすぐ後で輝久に視線を向けた。

「だが、そうだな。知っておいた方が良いこともまたあるだろう」

 ギョロリとした目を向けたまま、皺だらけの老人は輝久に迫ってきた。

「お、おい!?」

 マキは以前、この老人から邪悪なオーラは感じないと言っていた。だが、ぶつかりそうなくらいの距離まで、にじり寄ってくる老人に、輝久は少なからず恐怖を感じる。

「勝率を少しでも高める為に、ワシがお前に出来るのはこんなことくらいしかない」
「うわわわっ!?」

 老人とぶつかる――輝久は思った。だが、迫ってきた老人は、輝久の体を透過して消えてしまう。

(な、何だ!? 何処に行った!?)

 辺りを見渡すが、老人の姿は何処にもない。そして次の瞬間、急激な立ちくらみが輝久を襲う。

「うっ……く……」

 輝久はその場に崩れ落ちる。意識が|微睡(まどろ)み、何も考えられなくなり……そして、輝久は落ちていく。

 終わりの知れない悪夢の世界に――。
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