機械仕掛けの最終勇者

土日月

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1巻

1-3

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「や、やったのか?」

 ガガの猛攻をしのいだと思い、安堵あんどして呟く輝久。だが、ガガは口元を大きく歪めていた。

「ほほほほ! 『噛殺バイト』!」

 途端、切り落としたガガの腸の一部がへびのように素早く動き回り、きばのある口を開いてジエンドの足首に食らいついた。
「わっ!」と輝久が驚きの声を上げるのと、噛み付いてきた腸の一部が爆裂するのは同時だった。

「……何だと?」

 ガガが目を見開き、そう言った瞬間、ガガの頭部もまた音を立てて爆裂する。脳漿のうしょうを撒き散らし、首から上を完全に消失させて、ガガは地に崩れ落ちる。
 まるで伝播でんぱしたような爆破に、輝久もガガ同様に驚いて胸の女神を見た。

「ガガの頭も同時に爆発したぞ!? どういう原理!?」
『……』
「説明しろよ!!」

 原理はサッパリ分からないが、ガガは頭部を完全に破壊されて倒れていた。今度こそ戦闘不能――輝久がそう思った刹那、首のない胴体が立ち上がり、瞬く間に頭部を再生する。

「ほほほ……強い……これ程までとはね……」

 そしてガガは、何事も無かったかのように言葉を発した。

(また再生しやがった!)

 輝久の背中を冷や汗が伝う。一見、戦闘はジエンドが押しているように思える。だが、こちらは有効打を一度も与えていない。攻撃しては再生されての繰り返しだ。

「何者も絶対に……私を殺すことはできない……」

 輝久の内心の動揺を見越していたかのように、ガガはほくそ笑んでいた。確かに、頭部を破壊しても、心臓を取り出しても動いている。

「不死って言ってたけど、マジで死なないじゃん! どうすんだ、ジエンド!」

 すると、胸の女神が小さく呟く。

『100%……』
「え?」
『ホワイト・マターの充填じゅうてんが完了しました。攻撃対象に有効な技が発動可能です』

 先程からジエンドは『10%……40%……』と呟いていた。あれはガガに対する勝率だと輝久は勝手に考えていたのだが――。

(充填率? 戦いが始まった時から、何かを溜めてたってことか?)
「ほほほ。何をしようが、無駄だ。人間」

 余裕ぶるガガと対照的に輝久は焦りながら、胸の女神に話しかける。

「じゃ、じゃあ、そのガガに有効な技、発動してくれよ!」

 ジエンドは体勢を低くして、レーザーブレードを後方に引いた。胸から機械音が響く。

『受けよ。別領域から来たるぐう神力しんりきを』

 居合い斬りをする侍のような体勢を保ったまま、ジエンドは停止していた。更に胸の女神が呟く。

時空壁破壊じくうへきはかい遠隔強襲撃えんかくきょうしゅうげき……』

 女神が言葉を途中で止める。その時だった。輝久は胸の奥に言いようのない熱いものを感じる。

(な、な、何だ!? この感覚!?)

 胸の奥から込み上げてきた熱いものが喉にまで到達する。そして、それは輝久の口から言葉となって飛び出した。

「マキシマムライト・ブレイクディメンション!」
(いや、何か俺、叫んじまったあああああああ!! 中二病みたいな技の名前を!!)

 胸の女神の言葉に続けるようにして意味不明な技名を叫んでしまったことに対し、吃驚と羞恥しゅうちが入り交じる。そんな輝久の気持ちなど無視するかのように、ジエンドは目前の空間にレーザーブレードで『むげん』の軌道を大きく描いた。同時に、ジエンドの全身が粒子のようになって光り輝く。

「はっ!? どうなってんの、俺の体、コレ!?」

 ジエンドの体を覆っていた光は、分身のようにジエンド本体から分離すると、未だ空中に残っている『∞』の軌跡に向かう。ジエンドから分かたれた光の人型が、∞の残像の中に吸い込まれるように消えていった。
 光の分身が去った後、ジエンドはレーザーブレードを掌に仕舞う。

「お、おい! まだ攻撃してないだろ!」

 輝久は叫ぶ。ジエンドは演舞のように、ただガガの目前の空間にレーザーブレードで∞の軌道を描いただけ。なのに……。

「ああああああああああああああ!! こ、こ、この次元界に侵入されるなんて!!」

 ガガはガクガクと痙攣けいれんするように激しく震えていた。

「なになに!? どういうこと!?」

 体を切り刻まれても余裕の表情だったガガが、鬼気迫る形相で叫んでいる。その声は先程までとは打って変わって、老婆のようにしわがれていた。輝久には何が起こっているのか全く理解できない。

「来るな! 来るなあああああああああ!」
「俺、何にもしてないよ!? 今、何が起こってんの!?」
「何故だ……何故だあああああああああ!!」
「聞いてるよ!? 何で!?」

 分からないので、輝久は胸の女神に尋ねてみる。だが、相変わらず無視された。

「悪い! 俺も分かんない!」

 とりあえず申し訳なくなって、輝久は苦しむガガに謝罪した。

「ありえない……ありえない……ありえ……ない……」

 それがガガの最後の言葉だった。がくりと片膝を突いたと思った刹那、ガガの全身は色褪いろあせて灰と化し、サラサラとその場に崩れ落ちた。

「勝手に死んだあああああああああああああああああああ!?」

 輝久は、ガガの断末魔の叫びに勝る今日一番の絶叫をする。

『対象の完全破壊を確認しました。メタルフィールドを解除します』

 胸の女神の喜怒哀楽のない機械音が輝久の耳朶じだを打つ。一面鉛色だった空間は瞬時に消え失せ、輝久の周囲には穏やかなノクタン平原が広がっていた。
 ジエンドの体が発光し、輝久の体から各パーツが分離。浮遊しつつ、少し離れた場所で一つに集まり――またも強烈な光を放つ。
 光が収まると、そこにはメイド服を着た幼児アンドロイド――マキが立っていた。マキは機械音を出しながら小走りで輝久に近付くと、作ったような笑顔で親指を立てる。

「勝利おめでトうございマス」
「おめでトうございマス、じゃねえわ!! 聞いてた話と全然違うんだけど!! どこが野菜を盗むイタズラモンスターだ!! ラスボス級のクソヤベー敵だったじゃねーか!!」
「確カに違いましたネ」

 まるで他人事ひとごとのようにマキが言う。メタルフィールドが解除され、周りの景色は戻ったが、ガガの灰は輝久のすぐ近くにあった。輝久は震える手で灰を指さす。

「ポカポカ叩いて懲らしめる程度じゃなかったの!? カスカスの灰にしちまったけど!? やりすぎだろ!!」
「それにはマキも驚愕いたしましタ」
「こっちだわ、驚愕したのは!! 急に変身したと思ったら勝手に動いて、意味不明なこと喋り倒して、知らんに勝って!!」
「おめでトうございマス」
「一体、何がおめでたいの!? 爽快感そうかいかんとか、やり甲斐がいとか、全く無いんだけど!!」
「申し訳ございまセン。分かりかねマス」
「マキの喋り方だって変わってたぞ!!」
「言われてみれバ、今より大人っぽク、それでいテ流暢りゅうちょうに喋れていた気が致しマス」
「『気が致しマス』って何!? 自分のことだろ!! あと、あの格好!! 特撮もののヒーローじゃねえんだから!!」
「分かりかねマス」
「ジエンドの攻撃!! 異世界の魔法にしちゃあ科学的というか、未来的で――」
「分かりかねマス」
「よーし、分かった!! これだけは答えろ!!『終わりの勇者ラグナロク・ジ・エンド』ってどういう意味だ!!」
「分かりかねマス」
「無知にも程があるだろォォォォォォォォォォォ!!」

 輝久はたまりかねて大絶叫し、しゃがみ込むと両手で地面をダーンと叩く。一般人でも文句を言いたくなる状況である。まして、理由や説明の付かないことが大嫌いな輝久にとって、今し方起こった出来事は到底耐えられるものではなかった。
 輝久は「ハァハァ」と息を切らしながら、無表情で佇むマキを睨む。

「あーっ、もう! 理由! 説明! ちゃんとしろよ! 意味の分かんないことが大嫌いなんだって、俺は!」

 するとマキは小さな硬い指で輝久を指した。

「しかシ、テルも、教えてもなイ技の名前を大声で叫んデいらっしゃいましタ」
「そ、そ、それは……!」

 輝久は言葉に詰まりつつ、ガガとの戦いを思い出す。
『マキシマムライト・ブレイクディメンション』――そんな中二病全開で赤面ものの台詞せりふを、輝久は大声で叫んでしまった。

(何で俺、あんなこと!?)

 狼狽ろうばいする輝久の脳裏に、ふと友人、憲次の顔が浮かぶ。

『絶対に敵を倒すっていう熱い思いが溢れて、無意識に叫んじまうの!』
(嘘だろ! そんなムチャクチャで不条理なことが……いや……だけど……!)

 確かに憲次に言われた通り、熱い思いが胸から込み上げてきて、それを口から出せばあんなことになってしまった。

「ぐぐ……!」

 どうしても認められず葛藤かっとうしていると、急にマキが抱きついてきた。

「ちょ……お、おい!? 何してんだよ!?」
「よく頑張りましタネ。勝利を祝っテ抱擁ほうようしマス」

 照れるシーンなのかもしれないが、マキの体は硬かった。しかも背が低いので、しがみ付いているのは輝久の片足である。マキは意外と力強く、輝久の足はギチギチギチと締め付けられていた。

ってえし、痛ってえな、もう!!」

 更に悪いことに、マキの頭部はちょうど輝久の股間の位置に押し付けられている。

「どこに顔、押し付けてんだ、お前はァ!!」
「少々お待ちくだサイ」

 マキの頭部からカリカリカリと音が鳴り――。

「陰部デス」
「言わんでいいわ、そんなこと!!」

 輝久が、マキをどうにか陰部から引き離そうとした時だった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 後方の草むらから嗚咽おえつの入り交じった野太い声が聞こえて、輝久はびくりと体を震わす。

「こ、今度は一体、何事!?」

 緊張しながら輝久は振り返る。十メートル程、離れた背後。フードを被った白ヒゲの老人が滂沱ぼうだの涙を流して、輝久とマキを見詰めていた。
 ヨボヨボの老人を見て、少なくともガガのような恐ろしいモンスターではなさそうだ、と輝久は安堵しかけ――不意に、今自分が置かれている状況を俯瞰ふかんする。そう。幼女が自分の股間に顔をうずめている、この状況を。

「いや違うんだ、じいさん!! これはそういうアレじゃないんです!!」

 必死に弁解する輝久。だが老人はまるで輝久の話を聞いていなかった。

「これが!! これこそが、ぐうの神力!! 数百年願い、求め続けた、奇跡を超える奇跡の力!!」
ぐうの神力……?」

 先程、ジエンドに変身した時、胸の女神もそんなことを言っていた気がする。
 老人は窪んだ目から涙を地面に落とし続ける。ただでさえ皺だらけの老人の顔は、号泣しているせいもあり、クシャクシャになっていた。
 長い白ヒゲ。折れ曲がった腰。一体、何歳なのだろう。仙人のような風貌ふうぼうの老人は、力強い声とは裏腹に今にも消えて無くなってしまいそうに輝久には思えた。

「どうされましたカ?」

 マキが輝久の股間から顔を上げる。「あれを見ろ!」と老人の立っている草むらを指さすが、輝久が視線を戻すと、老人は忽然こつぜんと姿を消していた。

「いない……?」

 後には地平線が見える広大な平原が広がるのみ。マキが小首をかしげる。

「ヨボヨボの爺さんがいて、変なこと叫んでたんだって!」
「誰もいまセンが」

 周囲には隠れるような場所もない。なのに一瞬で老人は輝久の視界から消えてしまった。

(何なんだよ、さっきから!! もう理解が全然追いつかねえ!!)
「それでハ、当初の予定通り、町に行きまショウ」
「待てよ!! ちょっとは頭の中、整理させてくれ!!」

 するとマキは少し寂しげな顔で輝久を見上げる。

「マキと一緒にアルヴァーナの救済をするのガ、イヤなのでショウか?」
「やらなきゃ帰れないんだろ! やるよ! けどさ! 訳分かんないうちに謎パワーで自動的にやっつけちゃったり、意味分かんないんだよ! これじゃあまるで――」

『デウス・エクス・マキナ』――機械仕掛けの神じゃねえかよ!
 そう言いかけた時、不意に輝久の周囲の景色がぐらりと歪んだ。足元がふらつき、輝久はその場にぱたりと倒れる。
 急激に、すさまじい疲労感が輝久を襲った。「うう……」と唸りながら見上げると、マキがポンと拍手を打っていた。

「もしかするト、力を使いすぎたのカモ知れまセン」
「だ、だから……99999・99%とか引き出すから……!」
「初めての変身だっタからだと推測しマス。次回からは慣れルと思われマス。タブン」
「タブン……じゃねえ……わ……!」

 そして、ガクリ。目の前が真っ暗になって、輝久は意識を失った。

 ◇ ◇ ◇

 ……気付くと、輝久は透き通るような美しい湖の上に立っている。
 沈まずに何故だか立てていた。空を反射して、どこまでも続く水平線。

(またウユニ塩湖かよ!)

 輝久は心の中で叫ぶ。マキと出会う前まで時間が戻ったかのようだった。
 やがて、同じように水面の上に扉が現れ――ゆっくりと開かれる。

(あ……)

 扉から出てきたのは、艶のある金髪に吸い込まれそうな青い目の女性。スラリとした長身に、白いドレスから覗く弾けそうな豊満な胸。幼児型アンドロイドのマキとは全然違う、見惚れるような成熟した美貌だ。

(はは。俺の願望だな、こりゃ)

 まさしく女神と形容するのに相応ふさわしい女性を見て、輝久は内心、苦笑いした。
 女性はモデルのように、しゃなりしゃなりと輝久に歩み寄ると、平坦な口調で言う。

「初めまして、草場輝久君。私はティア。光の女神よ」


 第45章 天動地蛇の円環クリカエスセカイ――不死公ガガ

「――じゃあ、アルヴァーナって異世界を攻略したら、俺は日本に戻れるんだな?」
「そうよ。安心して」

 輝久の眼前。手元の書類を眺めながら、女神ティアが話す。
 ウユニ塩湖に似た幻想的な空間は、この世とあの世の狭間はざまにあり『ヴァルハラ』と呼ばれるらしい。輝久は若くして不慮の事故で死んだが故に、最高神から慈悲を与えられた。つまり勇者となって異世界を救えば、元の世界に生き返ることができるとティアは言う。

「俺にスキルとかはあるのか?」
「言ったでしょ。私は光の女神。私に担当されるアナタは光の魔法が使えるようになるわ」

 ティアは輝久の疑問にすぐ答えてくれた。そればかりでなく、ティアは輝久が尋ねそうな疑問の答えを前もって言ってくれることすらあった。

「どうして勇者に女神が付いていくのか不思議に思うでしょう? 異世界の救済は人間主導で行うのが神界のルールなの。基本的に女神はサポートしかできないんだけど、それでもアナタを通じて私の力を具現化できるのよ」

 淡々たんたんと語るティアは少々事務的ではあったが、物事に説明や理由が欲しい輝久にとって、彼女の印象は悪くなかった。

「アルヴァーナに行ったら、まずは装備を揃えましょう。その後は仲間集めね。難度の低い異世界だからスポーン地点はどこでも良いけど、いきなり町中だと現地の人を驚かせちゃいそうだし……『ノクタン平原』――こういう場所が定石かしら」

 アルヴァーナの地図を広げ、ティアは考えながら喋っていた。
 見るからにティアはベテラン女神のようで、安心感があった。輝久はティアの提案に頷きつつ、その横顔を見る。

「ええっと、あの……何て呼んだら良い?」
「名前? ティアで良いわよ」
「ティアさん、か」
「呼び捨てで良いって。OK、テル?」

 輝久のことを愛称で呼びつつ、ほんの僅かに口角を上げる。絵画のような美しい微笑に輝久の顔は熱くなった。

「どうしたの?」
「い、いや別に!」
「そう。なら行きましょうか。異世界アルヴァーナに」


 女神の力によって、ノクタン平原にスポーンした輝久とティアは、大木のそびえる小高い丘を下りて、ドレミノの町に向かう。
 道中、モンスターに出会うことはなく、辺りは平穏そのものだった。実際、もし仮にモンスターに遭遇したとしても、ティアいわくアルヴァーナは最低難度の異世界であり、命の危険は全く無いらしい。
 輝久はティアを信じて道を進み、難なくドレミノの町まで辿たどり着いた。

「……うわあ」

 中世の西洋風の町並に、輝久は目を奪われる。飾り気のない質素な服を着た老若男女ろうにゃくなんにょが石畳の上を歩き、更に背後からは木製の馬車が駆けていく。ドレミノの町に着いて、より一層、輝久は自分が異世界に来たのだと実感した。
 歩みを止めた輝久をティアが促す。

「早く武器屋に行きましょう。チャッチャと攻略してパッパと帰りたいわ。テルだって、そう思うでしょ?」
「まぁね」

 早足で歩きながら武器屋の看板を見つけると、躊躇ためらいもせずティアは中に入った。女性店員がティアに声を掛けてくる。

「綺麗な人だねえ! どこかのお姫様かい?」

 ティアは肯定も否定もせず微笑むと、輝久に手を向ける。

「彼に装備を。お金は私が払います」
「お兄さんは見るからに新人冒険者だね! 良い武器、揃ってるよー!」

 ショートカットの茶髪にちょうの髪飾りを付けた、快活な女性だった。会釈えしゃくした後、輝久は立てかけられている武器を見る。ひのきの棒に棍棒こんぼう、銅の剣――素人の輝久の目からしても、弱そうな武器や防具が陳列されていた。
 輝久の落胆を見越したように、ティアが耳元で言う。

「アルヴァーナは難度Fの世界。生き死にの戦いになったりすることはないから、気楽に構えていれば良いの。適当に初期装備を揃えましょう」

 やや、やっつけ仕事な感じのするティアに言われるまま、輝久は銅の剣と皮の鎧を購入した。装備すると、陽気な女性店員がバンと輝久の背中を叩く。

「ふふ! 似合ってるよ!」
「ど、どうも」

 照れながら愛想笑いを輝久が返した、その時。不意に穏やかな雰囲気を壊すような金切かなきり声が店外から聞こえた。それに続いて野太い男の叫び声も続く。

「何だ、今の声?」
「モンスターの襲来かしら」

 落ち着いた様子でティアは言った。

「え! 町の中でも敵が出るのかよ?」
「そりゃあ、そういうことだってあるでしょ。だとしても、どうせ弱っちい魔物よ。買った武器を試す良いチャンスじゃない」

 平然としたティアの様子を見て、最低難度の異世界だということを思い出し、輝久も肩の力を抜く。そして二人は外に出た。
 ……武器屋の外は、先程までの平穏な光景が嘘のようだった。石畳や店々の軒先のきさきに、人々が血を流して倒れている。

「な、何だか思ったより大変な感じだぞ?」

 一番近くで倒れている男性に近寄り――輝久は息を呑む。男性は体中が穴だらけになって激しく出血していた。ティアはひざまずいて男の首に手を当てると、神妙な顔で首を横に振る。

「死んでる。おかしいわね。救世難度Fの世界で人が殺されたりするなんて……」
「ティア! アレ!」

 輝久が叫ぶ。輝久の視線の先、倒れた人の死体を踏みにじりながら、何者かが歩いてくる。

「ほほほ……見つけた。勇者に女神……」

 懐中時計のような物と輝久達を交互に見て、にやりと笑う。それは黒いドレスを着た背の高い女だった。ドレスと同じ色の、ぞろりとした長い髪が腰まで届いており、耳と唇にはピアスを付けている。黒い血が女の口から溢れて、地面にボタボタと落ちていた。
 なるべく平静を装いつつ、輝久はティアに尋ねる。

「敵だよな?」
「ええ。死臭が漂ってくる。アンデッド系ね」
「強そうな雰囲気はあるけど……」
「心配ないって。テルは、この世界じゃ異常に戦闘力が高い筈よ」
「ああ、なるほど。そういうことか」

 目前にいるのは町の人達を容易に殺せる恐ろしいモンスター。だが、そのモンスターを軽く凌駕りょうがするステータスを勇者は既に持っている――無双系にありがちな異世界もののパターンだと輝久はすぐに納得した。モンスターに町の人が殺されてしまうという、思ったよりハードな世界観だったが、そういう展開なら安心だ。
 輝久とティアは数メートル先の女の動きを注視しつつ喋る。

「アンデッド系なら、火系の魔法が有効かな?」
「そうね。でも、もっと有効なのが、私の属性である光の魔法――『光聖こうせい魔法』よ。アンデッドに対して、火系魔法よりも効果が高いの」

 余裕の表情のティアを見て、輝久は大きく頷いた。最初の戦闘だけあって、光属性である自分達にとって格好の敵のようだ。おそらく、呆気なく勝負は付くだろう。

「テルが居た世界に無くて、この異世界にあるものが『魔力』よ。アルヴァーナの大気に満ちている根源要素から、光の魔力を取り出して具現化できるの。まぁ、難しい説明は抜きにして実戦で学びましょう。敵に手を伸ばして『ライト・ボール』と唱えてみて」
「こ、こうか? 『ライト・ボール』!」

 緊張しつつ、輝久は不気味な女に手を向け、魔法を唱える。途端、輝久の掌から光の玉が出現。女に向けて射出されるや、胸元辺りに着弾した。その瞬間、眩い発光で周囲の景色が白くなる。

「ホントに出た! すっげえ!」

 そんな輝久の興奮と喜びは一瞬だった。攻撃を食らったのに、ニタリと笑ったまま微動だにしない女を見て、輝久は唖然あぜんとする。

「あれ? 効いてない……?」
「緊張して外したんでしょ。最初だから仕方ないわよ」

 光の玉は女の胸部に直撃した――輝久には確かにそう見えた。だが、目前の女は輝久の攻撃などまるで無かったかのように平然と喋る。

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