それは麻薬のような愛だった

春夏冬

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一章

1

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「ねえ、また天城くん後輩に告白されたって」

「また?すごいね、もう新入生の通過儀礼みたいになってるじゃん」



中学三年にもなると、雫と仲のいい真面目で大人しい女子達は最早伊澄の事は芸能人かのように話していた。

自分達のような目立たない女があの伊澄に相手にしてもらえるはずがないと、土俵に立つのすら諦めていた。

事実、伊澄の彼女と噂されるのはいつも一軍と呼ばれるグループに族する可愛くて目立つ女子ばかりだ。

雫もそんな彼女達に同調し「そうだね」なんて笑うが、心の内は伊澄への諦められない想いでいっぱいだった。


それが急に動き出したのは、その夏の事だった。

夏休みも中盤に差し掛かりその日も塾の夏期講習に通ったその帰り道、雫はあまりの暑さにアイスでも買おうと家の近所のコンビニに立ち寄った。

そこでたまたま同じようにそこに来ていた私服の伊澄と出会った。

同じ住宅街で家が数軒隣である二人は学校でこそ絡みはないが、こうして校外でエンカウントする事はそこそこあった。

「あ、いっちゃん」

昔からの呼び名で呼べば、すっかり成長して精悍となった顔が雫を向く。

「おー」

素っ気ない返事だが、それで良い。元々伊澄は少々気難しく愛想が良いタイプでは無いので、返事を返してくれるだけで十分だ。



「いっちゃんもアイス買いにきたの?今日も暑いねえ」


これにしよ、と独り言を言いながらお気に入りのアイスを手に取ると、横から伊澄からの視線を感じた。


「なに?選ばないの?」

「お前なんで制服なんだよ」


ラフな格好の伊澄と対称に雫は夏の制服を規定通りしっかり着用している。

昨年までは吹奏楽部で夏休みも部活のため制服を着て学校に通っていたが、それも引退している筈の今になってと怪訝に思ったのだろう。


「さっきまで塾の夏期講習行ってたの。制服の方が楽だし無難かなって」

「へー」


自分で尋ねておきながらさして興味も無さげにアイスの棚を覗いて手を伸ばし、馴染みの大きく口を開けた少年がプリントされているものを手に取った。

やっぱりそれ選ぶんだと雫は内心思いながら会計へ向かう。

意外とあまり冒険しないタイプの伊澄は昔からお気に入りが変わらない。食べ物も、服のブランドも、文房具も。


会計を終えた雫は外に出ると直ぐにアイスの封を開けて口に含んだ。

じとりとした湿気のある嫌な暑さのせいで外に出てまだ数秒だというのにもう汗が滲み出る。

通っている公立中学の制服があまり通気性に優れたものでないせいか、はたまたそれをゆうに超えてくる暑さのせいなのか、熱気の籠った服の中は酷く不快に感じた。

せめて少しでも空気を通そうと胸元のリボンを外しブラウスのボタンを2つほど開けて鎖骨辺りの服を摘んでパタパタとしていると、会計を終えたのか伊澄も店から出てきた。



伊澄は雫を一瞥すると特に何も言うでもなく家に向かって歩いていった。少し遅れて、雫もそれに続いて歩き出す。

家が近くなので必然的に同じ方向に向かって歩くことになるが、並んで歩く事はない。

小学生の時は隣に立って色々と話しながら帰ったものだが、もうそんな関係ではない。

今や伊澄の中で、自分などその辺のモブくらいの感覚でしかないだろう。

それでも。それでも雫は昔と変わらず伊澄が好きだった。

だからどうしても話がしたくなって、勇気を出して前を歩く背中に向かって声をかけた。


「いっちゃんは高校、どこ受けるの?」

本当ならこんな子供っぽい呼び方はやめて名字かきちんと名前で呼ぶべきなのだろうが、この呼び名だけが伊澄との関係を唯一繋げているもののように感じて変えたくなかった。

本人からも特にやめろとは言われないので、2人だけの時はこう呼ばせてもらっている。

「A高」

伊澄は振り返る事なく答えた。

A高といえば、県内でも有数の進学校だ。そんな高校が家から通える距離にあれば、常に成績トップの伊澄が行かないわけがない。

「やっぱりそうだよね。実は私もそこ目指してるんだけど、ちょっと数学で躓いちゃってて」

伊澄ほどではないが、雫も学年で5位以内に入る程の成績を入学時から維持し続けている。それに伊澄の志望校がせっかく手の届く範囲にあるのなら、頑張りたかった。

「夏休みの宿題も応用問題が解けなくて進まなくて。いっちゃんは数学も得意だったよね。いいなぁ、教えてもらいたいくらいだよ」

冗談混じりで笑いながら言う。

そうしないと恥ずかしかった。きっと「そんなもん自分でやれ」とでも言われて突き放されるだろうと思ったから。

けれど予想に反して、前を歩いていた伊澄の足が急に止まり後ろを振り向いた。

「……どこだよ」

片手に既に食べ終えたアイスの棒を持って、感情の読めない表情で伊澄が言った。

一瞬信じられなくて固まった雫だったが、ハッと我に返り「えっとね、」と慌ててバッグの中に手を入れて探りだす。

「アホか。こんな炎天下で見るっつってねーだろ。熱中症になるわ」

「え、でも…」

じゃあ何処で、と聞く前に伊澄が言葉を発した。

「うち来いよ」


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