それは麻薬のような愛だった

春夏冬

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一章

3





その期待があっさりと裏切られたのは、夏休みが明けてすぐの事。

伊澄に新しい彼女ができたと知った時だった。

それまで数日とおかず届いていたメッセージが一切無くなり、やはり遊ばれただけなのだと胸が痛んだ。

けれど、それほど引き摺りはしなかった。告白を受けた訳ではないし、心のどこかで薄々そんな気はしていた。

だから一夏の夢を見させてもらったのだと、数ヶ月も経つ頃には痛む胸もすっかり収まっていた。

ただし想定していたのはそこまでだった。




「………え?」


その日はたまたま帰宅が重なり、「一人なんて珍しいねと」と声をかければ、伊澄から彼女と別れたことを聞かされた。

「他に男がいるんだと」

「そうなんだ……。それは悲しいね」

すっかり秋の気が強くなり、冷たい風が2人の間を吹き抜ける。少し前に夏のブラウスから衣替えでセーラー服へと変わった制服が肌を守ってくれてはいたが、なぜか震えは止まらなかった。

どうして──と。雫は通学鞄を強く握った。

なぜ伊澄と付き合えていながら、他の男なんかに目移りできるのだろう。どうして自分が欲しくてたまらない位置を、そんなにあっさりと手放せるのだろう。

そう思うと、嫉妬で震えた。


ちらりと伊澄を見やるけれど、特に落ち込んだ様子は無い。もともと喜怒哀楽を大きく表に出すタイプではないが、幼馴染として心の機微は他人より感じ取れる自負があった。

「いっちゃん、大丈夫?」

少なからず裏切りは辛いものだろうとそう尋ねれば、伊澄は間延びした声を発した。

「あー……まあ、別に」

「別にって……」

「前から俺の気持ちが分からないだの言われてたし、漠然とそうなる気はしてたから」

「そんな……でも……」

彼女は、一体何を期待していたのだろう。

伊澄が愛情表現を大げさにする男じゃないなんてことは、付き合う前から分かっていたはずだ。

例えそれで伊澄に落ち度があったとして、浮気なんてあんまりだ。

どう声をかけたらいいか言葉に詰まっていると、ふと伊澄の足が止まる。

「……いっちゃん?」

雫も同じく足を止めて顔を覗き込むと、真っ直ぐに見つめてくる力強い瞳と目が合った。

「なに、雫が慰めてくれんの」

伊澄はそう言い、雫のセーラー服のリボンに手をかけた。するりと抜かれ、奪われる。

「そ、それは.…」

どういう意味──そう続く言葉は出なかった。

伊澄は雫のリボンを手に持ったまま、ゆっくりと歩き始める。


「いっちゃん、私のリボン……」

「このまま着いてくるなら、返してやる」

この先の道には雫達の家のある住宅街しかない。それが何を意味するのか、余程の馬鹿で無い限り察しがつく。

「……」

雫は酷く迷った。リボンのひとつくらい失くしても予備が家にあるし、問題は無い。伊澄もそれが分かっているから、こんな声のかけ方をしたのだろう。

拒否するべきだと頭では分かっている。このまま夏の思い出にしてしまった方がいいなんて事も。

けれど雫は抗えなかった。後悔すると分かっていながらも、手を伸ばしてしまった。

駆け寄って学ランの裾を掴む雫に、伊澄は何も言わなかった。ただ黙ってその手を掴み、数分ほど歩いた先にある自宅まで歩いて招き入れた。


言葉少なに会話を交わし、肌を重ねる。そんな関係は、2人が高校に入っても続くことになった。




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