それは麻薬のような愛だった

春夏冬

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一章

6




毎度のことだ。雫に声がかかるのは、いつも伊澄がフリーの間だけ。その時だけは伊澄は雫を見てくれる。

馬鹿になっている事など分かっていた。けれど今さら拒絶する術も知らなければ、元よりそうしたいとも思っていない。

束の間でも、体だけでも伊澄が自分のものになってくれるなら、それだけで嬉しかった。


伊澄はそもそも、誰にも執着しない。それは例え彼女であろうと同じこと。

それならば、すぐに飽きられる彼女というポディションを得るよりも、こうして定期的に求めてもらえる今の関係の方が、雫にとってはずっと都合が良かった。

幼馴染だからとか、ただ単純に身体の相性が良かったのかとか、理由なんてものはどうでもいい。優越感とでもいえばいいのか、自分の中にこんな醜い感情があったのだと、自嘲すら覚えた。

けれど果たしてこんなものは、恋と呼べる代物なのだろうか。

いつまでも続けられるようなものじゃ無い。どこかで見切りをつけなければ壊れてしまう。そんな予感もあった。


「行くぞ」

校門前でぼんやりと考え事をしていたところに、声がかけられる。伊澄は雫の脇を通り過ぎ、そのまま前を歩き始めた。

「あー、くそ寒ィ」

白い息を吐きながら伊澄は不満を漏らす。ブレザーのポケットに手を突っ込んで身を縮める姿は、酷く不機嫌そうだった。

「いっちゃん寒いの苦手だもんね」

「苦手じゃねえ。嫌いなだけだ」

(どう違うんだろう……)

そう思いつつも、深くは聞かない。

横を並ぶ伊澄は一応マフラーはしているものの、それ以外の防寒具は身につけていなかった。

「カイロいる?」

「いらねえ。お前の分無くなるだろ」

「私はそんなに寒くないから。セーターも着てるし」

「ふーん。……なら有り難く」

懐から出された手にカイロを乗せる。その手の冷たさに、本当に寒そうだなと雫は眉を下げた。

「手袋買ったら?」

「たかだか数ヶ月の為だけに買いに行くの怠い」

「なら、私作ってあげようか?」

少しだけ間が開き、伊澄の視線が雫へと流れてくる。

「作んの手間じゃねえの」

「慣れたらそうでもないよ。丁度クリスマスだし、そのプレゼントってことで」

深い意味は無いし、断られたらそれはその時だと軽い気持ちで言った。けれど伊澄はそれほど間をおかず「なら頼むわ」と言った。

拒絶されなかった事に嬉しさを感じ、雫の顔は綻んだ。

「分かった。じゃあ後で軽く採寸させてくれる?」

「おー……」

伊澄は間延びした返事をし、マフラーに顔を埋めた。そしてちらりと雫を見下ろして尋ねてきた。

「お前は?」

「ん?」

「欲しいもん。なんかねえの」

「……私?」

どうして?と聞き返せば、伊澄は表情を変える事なく答える。

「俺だけが貰うのはフェアじゃねえだろ」

「……でも…」

「俺もなんかやる。何でもいいけど、常識の範囲内にしろよ」

突然そんな事を言われても思いつかない。伊澄が借りを作るのが嫌なのだろう事はわかるが、特に欲しいものなんて。

(……あ…)

そう思ったところで、思いつく。

あった。ひとつだけ。伊澄からしか貰えないもの。

「……ほんとに、なんでもいいの?」

「そう言ってんだろ」

「じゃあ……第二ボタンがいい」

「は?」

素っ頓狂な声と共に見下ろされ、雫は至極真剣な目で伊澄を見つめた。

「いっちゃんの第二ボタンが欲しい」

どうせ自分の気持ちなどばれているのだ。ならばこれくらいの我儘は構わないだろう。

「……そんなんでいいのか?」

伊澄は怪訝そうな顔を雫に向けた。

第二ボタンと言えば、恋心の象徴。伊澄にとってはそんなものだろうが、雫にとっては違う。中学の時は彼女がいて、欲しいと言えなかった。

どうせ特別になれないのならば、せめて形に残るものが欲しかった。

ほんの少しでも伊澄の心に近づけたという、証が。

「……分かった」

伊澄は拒絶しなかった。それでまた、微かな期待を抱いてしまった。自分の気持ちを分かった上で、受け入れてくれたのではないかと。


けれどそんな淡い期待も、数日後には無情に散ることとなる。

クリスマス当日には他校の女生徒と歩いていて、それが伊澄の新しい彼女であることは瞬く間に広まった。

約束どおり出来上がった手袋を渡した時にはすっかり春の季節となり、3年生を迎えていた。




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