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例外の女 -side 稚茅-
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病院を出たあと、煩い姉のいる家に帰る気には到底なれず、適当に見つけたカフェに入った。アイスコーヒーを受け取り、窓際の席に腰を下ろす。
都会よりもずっと静かな空気。人の気配はあるのに、喧騒だけが遠い。
その静けさの中で、ふと一人の女が浮かんだ。この場所と同じように、騒がしさから距離を置いて生きている、物静かな女。
(……そういや、あいつとはあれきりだな)
気まぐれに浮かんだだけにも関わらず、最後に会ったときの表情が、妙に鮮明によみがえる。
あれだけ「寂しい」を前面に出していたくせに、連絡は一度もない。あの女が何を考えているのか、相変わらず分からない。
「………」
稚茅はスマホを取り出し、連絡先を開く。残っていた名前を見つめた時間は、ほんの一瞬だった。
《お前、今どこ》
《出てこれんなら、ここ来て》
店の位置情報を添えて送信し、スマホを置く。返事はどちらでもよかった。来なければ、それはそれでいい。
コーヒーを一口飲みながら、なんの感慨もなく窓の外を流れていく景色を眺めていた。
そして数分も経たないうちに、スマホが震えた。
《今から行きます》
絵文字も余計な言葉もない、そっけない一文。それなのに稚茅は自分でも理由が分からないまま、わずかに口角が上がるのを感じた。
(……へえ)
そのまま既読だけをつけ、スマホを伏せた直後だった。
「すみませーん」
気取った甘さのある声が、静かな空気に水を差す。
顔を上げると、明るい髪色の女が立っていた。艶やかな赤いリップを引いた唇が、にこやかに弧を描いている。
「お隣、いいですか?」
なんとなく今は気分が良かったので、一瞬だけ視線をやってから軽く笑って顎を引いた。
「どうぞ」
女は嬉しそうに隣へ腰を下ろし、そのまま距離を詰めてくる。
「お兄さん、めちゃくちゃカッコいいですね~!大学生?それだけビジュが良ければ目立ちそうだけど、見たことないなぁ。この辺の大学?」
「さあ。どうだろうね?」
冗談めかして返しながら、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。氷が軽くぶつかり、乾いた音がした。
「えー、冷たい~。でも、平日の昼間に私服でカフェにいるんだし、会社員じゃないですよね?」
「休みが他とはズレてるからね」
世間の盆休暇も仕事だったので、その代休が今というだけの話だが、わざわざ説明する気にもならず曖昧に笑って流す。
「そうなの?若く見えたから同じくらいだと思ってたけど、社会人なんだ?……あ、もしかして、夜のお仕事とか?」
「そう見えるなら、そうなんじゃない?」
短い返事を重ねながら、視線を窓の外へ逃がす。女はそれでも気にした様子もなく、楽しげに喋り続けた。
「ここにはよく来るの?」
「彼女とかいるの?」
質問は途切れることを知らず、最初は適当に相槌を打っていたが、だんだんと鬱陶しくなってきた。
コーヒーはまだ半分以上残っている。稚茅は話を切る口実を探すように、何気なく顔の向きを変えた。
その瞬間、視界の端に人影が入った。
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