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 結んだままのリボンまできっちりタオルで水気を切り、しっかりドライアーまで掛けてやる。
 せっかく、多少でも温まったのが冷えては堪らないが後生大事に手錠を外さないプルーのせいでろくに服も着せられない、というかもうこのサイズの人間なら自分で着て欲しいのだが……。残念な事に、袖が通らない、の一言で諦めた。
 実際どうしたものか迷った結果が頭から被って、サイドを結ぶだけの介護着に落ち着いた。
 今は良いが、秋に成ったらどうするつもり何だか……。

 いや、何俺、秋に成ってもプルーの面倒を見る気でいるんだ?アホか。

 結局朝は食パンの四つ角のみ、先程は辛うじて水を飲んだだけだ。俺は一応居酒屋で適当に摘まんだが、何か食わせた方がいいだろう。……本当に何でこんなに面倒見てるんだろう。

 冷蔵庫の中を覗き……冷凍のカット野菜が入っている程度なので大人しくそれを取り出す。賞味期限は切れていないが、何だか乾燥して住まったベーコンを大きめに切って炒め、おわん一杯分水を計り、カット野菜ともども鍋にぶち込みコンソメの顆粒を目分量で入れ、多少の塩コショウを振る。
 物凄く雑なスープが出来る。

 もう一度冷蔵庫を開け、患者名も、病院名も、薬の名前さえ書かれずただ番号が手書きされた薬袋を取り出す。
 中身も、良くある形態じゃない。ただ錠剤だけが小さな袋に纏めて入っているだけだ。判断材料が少ないが、間違いがない様確認し目的の薬を出し包丁の柄で砕いて入れる。
 砕いた状態で服用して、問題があるかは分からない。そこまで詳しい説明もないまま渡されているから仕方がない。
 味の隠蔽と……温まるかと、チューブの生姜を入れる。
 コンソメより、鶏ガラスープの素とかの方が良かったか……入れてしまったから仕方ない。

「プルー、飯」

 人が台所で調理してる間、部屋の隅に座り特に何をする訳でも無くオブジェの様にじっとしている。

「サトウイツキは?」

「食ってきた」

 そう。とだけ言って大人しくテーブルの前に座るり、嫌に素直に手を合わせる。

「いただきます」

 頭さえペコリと下げる。トーストは無残な姿で発見された言うのに。その無残なトーストはラスクなりなんなりにしよう。

「……何で局所的にオギョウギいいんだよ」

「家で食べる時はそうしなさいってきいた」

 そこなのだ。
 プルーが押し付けられてるのは、こいつの所属先とこいつの飼い主の詮索だ。二週間、様々な手段を用いての尋問で明かす事も出来ず、気づけば俺を『お姉ちゃん』と誤認し出したため、懐柔しろとの事なんだろう。

 今の所、成果は殆ど無いが。

「なあ……」

 のったりのったりと食物を摂取してるプルーの動きが更に遅くなっている。食事中口数が減り、目の前にあるスープに確り向けて居た筈の視線がズレ初めている。

 その様子を見て、尋ねようとした言葉を呑み込み、溜息をつく。
 プルーに断り無く、勝手に握ったままフォークを取りテーブルに置き少量スープの残る器を遠ざける。
 他人に腕を掴まれ勝手に指を開かれても無反応のプルーがひっくり返る前にゆっくりと床へ引き倒す。
 割れる恐れのある器は早急に片づけ、テーブルも押しやる。

「聞こえてるか」

「ん……」

 目は開いているのにどこも見ていない。焦点が何所にも結ばれていない。完全に心ここに在らずといった所だ。

「動く気があるうちにベッドに移ってくれ。ほら」

 不意に倒れて頭を打たない様、一度床に寝かさたプルーを跨ぎ腕を首に回させる。それでも自力で捕まる気配がない。
 仕方が無いので、腰を落とし抱き上げようするが、毎度、腰を痛めないか不安になり一瞬躊躇う。それなりに筋力はあるつもりだが……。

 だから薬は好きじゃないんだ。

「いくぞ?」

 やはり、ん。としか言わない。

「はぁ……よっ」

 結局こっちが腕を伸ばし抱きかかえる。その段で、漸く首に回させたプルーの腕にも力がこもりぎゅっとしがみ付いてくる。
 譫言の様に何かを言って居るが、あまりその内容に気を向けるべきじゃない。

 大して広い部屋でも無いおかげで、歩くのかふら付いたの分り辛い歩調で、ベッドの上に落とせればいい位の心算で歩いて数歩だ。
 
 数歩だったのだが、案の定ベッドの上に落下した。
 しかもプルーが離さないが為に、俺ごと。俺がプルーの上に落ちた所でこいつにダメージが入るとも思えないが、人間的な判断では直ぐに退いてやるべきだろう。

「プルー、離せ」

「やだ」

 凡庸とした、主体性のない声で拒否される。
 
「いやじゃねーよ。離せ」

「……おいてかないで」

 誰に向かって話してるの分らない言葉が紡がれる。

 だから薬は好きじゃないんだ。
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