イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト

文字の大きさ
4 / 23

4.モブ役者は、つけこまれやすい

しおりを挟む
「『愛してる……これからもずっと』」
  耳元をくすぐる、甘い声。
 こんな切ない声でささやかれたら、人によっては腰が抜けてしまうかもしれないし、なんならそのまま身を預けたくなってもおかしくない。

 このあとには、ヒロインの女優さんとの別れを告げるキスへとつながっていく。
 しっとりと情感的な大人のキスは、さぞ絵になることだろう。
 クソー、イケメン俳優ってのは、うらやましいな!

「うん、だいぶ良くなってきたんじゃないか?声に感情が乗って伝わってくるっていうか、ただ相手のことを好きっていうだけじゃなくて、別れを告げる前のためらいとか、そういうのもちゃんと感じられたし」
 ふぅ、と肩の力を抜きながら詰めていた息を吐き、椅子の背もたれに身を預ける。

 ひととおり読み合わせをやって、そこから気になるところを何度かくりかえして、やっぱりどうしても納得いかないからと本人の自己申告により、何度も冒頭のシーンをくりかえすこと、もう何回目だろうか?
 ようやく合格点に達したと、おたがいに思えたころには、すっかり空も白みはじめていた。

 あー、結局、徹夜になっちゃったな。
夕方からのお仕事前に仮眠がとれる僕はともかくとして、東城とうじょうのほうはどうなんだろうか?
 つい心配になって横に座る東城を見上げれば、グッと身を乗り出された。

「本当ですか?!やっぱり羽月はづきさんにつき合ってもらうと、すごい勉強になりますね!」
 とたんに今までの真剣な雰囲気を霧散させ、東城はめちゃくちゃうれしそうに笑みこぼれる。

 うーん、気のせいだろうか、パタパタとゆれるしっぽが見えるようだ。
 なんていうか、大型犬っていうのかな。
 役を演じているときは、シェパードとかそういうシュッとした感じがするのに、こうして素にもどるとゴールデンレトリバーとかの人懐っこい犬種に変わるのが面白い。

 喜色満面の笑みを見せられると、つい甘やかしたくなるというか、我ながらほだされてんなぁと思う。
 東城を見ていると、自分にとってのコンプレックスがもろもろ刺激されるし、本当なら距離を置きたいはずの存在なのに、どうにも僕はコイツを甘やかしてしまう。

 ところで距離を置く、といえばなんだけどさ。
 あの……物理的な距離、さっきからやたらと近くねぇ??
 さりげなく身を後ろに引けば、その分だけ東城の顔が近づいてくる。

 元より1冊の本を一緒に読むために、椅子をくっつけて置いていたけれど、それにしたってやたらと近くにイケメンの顔があるのは、どうにも落ちつかない気持ちになる。
 なんだろう、なんとなくイヤな予感がよぎるのは。

「あの、それでですね、俺このドラマが恋愛モノに出るのはじめてなんですけど!」
「うん?」
 徹夜のせいで少し白目が赤く充血している東城に、ガシッと肩をつかまれる。

「で、今回のヒロインて、恋愛ドラマに定評のある女優さんなんですよ」
「あぁ、宮古みやこ怜奈れいなさんだっけ?人気のある女優さんだよね、お芝居もなかなかうまい……」
 確かに、恋愛モノのトレンディドラマといったら彼女、くらいの常連だ。

「そうなんですよ、相手役がプロ中のプロなんですけど、俺はドラマでキスシーン撮るの、はじめてなんスよ!」
 半泣きで訴えてくる東城は、イケメン俳優というよりも、ひとりの悩める男子そのものだった。
 あ、ヤバい、なんか察したかもしれない。

 ドラマで必要とされる演技は、なにもセリフだけじゃない。
 テレビドラマなら、その所作ひとつとったって、画角にきれいに収まるように考えたものをやらなくちゃいけないわけだ。

 そして今回、一番重要とされる最初のシーンには、別れを告げる切ないキスシーンが目玉のひとつとして用意されている。
 東城にとっては、はじめのキスシーンになる一方で、相手は恋愛ドラマの女王なんて称されるくらいのベテランだ。

 相手に合わせるだけで、ある程度はきれいに写るかもしれないけれど、そこはそれ、男としてリードしたい気持ちがあるんだろう。
 まして東城の場合、キャラクター的にモテ男なんだから、スマートにできるだろうと、当然周囲も期待をするだろうな。

「お願い、羽月さん!これ、本読みだけじゃなくて練習させて!」
 パンと音を立てて手を合わせると、めちゃくちゃ拝み倒された。
 ほら、やっぱりなー、なんとなくそんな流れになると思った。

 俳優にとっての世間からのイメージを大事にするのは、必要なことだもんな。
 でもさ、それ、本当に僕に頼むべきことか?!
 イメージトレーニングとかでもいいんじゃないの?なんて、思ってしまうんだけどさ。

「嫌だよ。なんでそこまで、僕がつき合わなくちゃいけないわけ?お前なら、いくらだって練習につき合ってくれる人、いるだろ」
 いるのなら彼女に頼んでもいいだろうし、事務所の先輩や後輩、最悪自分のマネージャーさんに頼めばいいだろうに。

「そりゃいるにはいますけど、下手にそれで女の子にお願いしたら、マズイことになると思うんですよね。そういうのに気をつけろって言ってくれたの、羽月さんじゃないですか」
「そりゃ、確かにそう言ったけどさ……」
 痛いところを突いてきた東城に、思わず僕は言葉に詰まった。

「あと、宮古さんってヒロインとしての演技がうまいじゃないですか、それが想定できる相手としなきゃ、意味ないと思うんですよね!」
 練習をするにしても、ただ固まるしかない素人をいくら相手にしたって、それじゃ意味がない。

 それに、仮に演技ができたとしても、それが本番でヒロインが演じるものとあまりにもちがっていたら、練習する意味がない。
 だから練習相手にも、宮古怜奈の演技を想定した動きが求められるわけだ。
 東城が言っていることも、確かに一理ある。

「羽月さんの実力なら、宮古さんがやりそうな演技、何パターンでも再現できますよね!?こんなことができる相手なんて、俺には羽月さんしかいないんです……っ!」
 手を取られ、熱っぽい視線で訴えられる。

 ──なんていう、口説き文句だ。
 目の前に迫るのは東城の端正な顔で、その表情はどこまでも真摯に、こちらの目を見つめてくる。
 その視線にさらされていると思うだけでも、体温があがっていくような気がした。

 東城のそれは、とてもズルい。
 元から僕は、どうにも東城のお願いに弱いのに、さらにそんな僕のプライドを、絶妙にくすぐってくるなんて。

 ひとことで人の演技をまねて再現すると言っても、今回のそれは、実際にまだ演じられていないものを想像して再現することになるわけで。
 となると、過去の彼女が演じていた芝居をどれだけ覚えているかという記憶力が試されるし、それを分析し、どういうときにどんな演技をするのか、という想像力も要求される。

 当然ながら、その想像したものを説得力もって見せるには、演じるものの演技力がものを言うわけだ。
 なにしろそこは、恋愛ドラマの女王と言われるだけあって、宮古怜奈本人もそれなりに演技力があるからこそ、その再現には一定の能力値が求められることになる。

 つまり、今回の宮古怜奈の演技を想定できる相手役に選ばれるということは、すなわち僕の実力を買っているという意味でもあるんだ。
 性別を越えて、過去に見た宮古怜奈の演技を想定した演技シミュレーションができるだろうと言われてしまえば、確かにそうだとうなずきたくなってしまう。
 あぁ、もう、この策略家め!

「はぁ……いつからお前は、そんなにズルい人間に育ったんだろうな?」
 僕にはそう返すしか、残された道はなかった。
 キスくらい、いいか、別に減るもんじゃないしな。

「っ!じゃあ、羽月さん!?」
「あぁ、いいよ。お前の出世のために、踏み台になってやるよ」
「やった!!」
 うん?
 なんかやけによろこび勇んでる気がするけど、そんなにこのドラマに賭けてたのか……?

「それじゃ、あらためてお願いします」
 手を引かれて、椅子から立ち上がる。
 えぇと、宮古怜奈のヒロイン演技か……どのパターンでくるんだろうな?
 健気なヒロインか、それとも強気なヒロインか。

「『愛してる……これからもずっと』」
 東城の演じる男のセリフに対して、ヒロインは言葉を返さない。
 ト書きには、ただ『黙って見つめ合うふたり、そしてキス』としか書かれていない。
 だけどセリフが書かれていないからって、演技をしていないわけじゃない。

 彼女なら、どう演じる……?
 あぁ、そうだな……とっさに愛していると返しそうになって、でも口にはせずに、つぐむかもしれない。
 ただ目だけは、あふれる相手への想いが隠しきれなくて、そこにすべての愛をつめこんでくるなんてこともあるだろうか。

「『っ、…………』」
 愛してる、と発音しそうに口を開きかけて、そっとつぐむと、ゆるくかぶりを振る。
代わりに胸元で手をギュッとにぎりしめ、相手の男の目を一心に見つめる。

「………っ!!」
 一瞬、目を見開いた東城が、息を飲む。
 ほんのりと赤く染まる目元は、ゆらゆらと視線が定まらず、しかし目線をはずすことができずにいるようだった。

 おぉ、東城も自然な感情のゆらぎが出せてるじゃん。
 芝居の上手さは、なにもセリフをどれだけ上手く言えるかだけじゃない。
 間の取り方ひとつとっても、そこに個人の力量差があらわれるものだ。

 同じ無言の間だとしても、そこでなにをするかで、印象は大きく変わるだろう。
 なるほど、2年前と比べたら、少しは上手くなってんじゃないか。
 なんて、考えていたら。

「んぅっ!?」
 いきおいよく抱きつかれ、そのいきおいのままに貪るようなキスをされた。
 えっ、はっ??
 どういうことだ、めっちゃ舌入ってきてるんですけど?!

 びっくりして離れようとしたのに、東城にはしっかりと抱き込まれ、その胸板を必死に押し返そうとしたのに、びくともしない。
 おい、ガッつきすぎだろ!
 こんなの、女優さんにしていいキスじゃないからな!?

 バシバシと叩いて苦しさを訴えれば、ようやく我に返ったのか、東城はあわてて解放してくれた。
「いきなりなにするんだよ、バカ!」
 ぐいっと手の甲でくちびるをぬぐいながら、思わず苦情を申し立てれば、東城は真っ赤な顔をしていた。

 おーおー、失敗したことに気づいて照れてんのかよ。
 だったらもう少し、冷静にやれよな。
 本番でこれヤラかしたら、めっちゃヒンシュク買うぞ。

「あ、あの……っ、すいませんでした……っ!!」
 口もとを押さえながら、あわてて頭を下げてくる東城は、どうやら耳まで真っ赤になっているようだった。

「……くっそ、反則だろ、なんなんだよそれ……っ!かわいすぎかっ!!」
 頭をさげたままに、なにやらもごもごと口のなかでつぶやいている声は、あまりよく聞き取れなかったけれど、とにかくこれじゃダメだ。

「やり直しだな」
「はい、そうですね……理性で抑えこめるよう、がんばります」
 冷ややかな声でダメ出しをすれば、多少は落ちついてきたのか、東城はいまだに口もとを押さえたままだったけれど、うなずき返してきた。

「じゃ、もう1回、最初からな」
「はいっ!『愛してる……これからもずっと』」
 真っ正面からの東城の熱い視線を受け、今度は一瞬泣きそうな顔をしてから、それを振り払うように必死に笑みを浮かべる。

 勝ち気なキャラ造形をしているパターンの彼女なら、たぶんこうするだろう。
 そして見つめあったところで、キス……となる前に、今度は目の前から、東城がひざからくずれ落ちて消えていった。
 またもや顔を真っ赤にして、口もとを隠しているけれど、ブルブルと小刻みにふるえていて、なんかかなりヤバそうだ。

「おい、大丈夫かよ、東城?!」
 はずかしいにしても、そんな思春期の少年でもあるまいし、今さらそこまで照れることか??
 でものぞきこんだ東城の顔は、びっくりするほどに真っ赤で、なんならうっすら涙まで浮かんでいる。

 そ、そんなにはずかしかったのか……?
 いや確かにラブシーンははじめてって言ってたけどさ、そこまで照れるほどのことだったか!?
 あまりに予想外の反応をされた僕は、どうしていいかわからなくて、ただオロオロとするばかりだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

その告白は勘違いです

雨宮里玖
BL
高校三年生の七沢は成績が悪く卒業の危機に直面している。そのため、成績トップの有馬に勉強を教えてもらおうと試みる。 友人の助けで有馬とふたりきりで話す機会を得たのはいいが、勉強を教えてもらうために有馬に話しかけたのに、なぜか有馬のことが好きだから近づいてきたように有馬に勘違いされてしまう。 最初、冷たかったはずの有馬は、ふたりで過ごすうちに態度が変わっていく。 そして、七沢に 「俺も、お前のこと好きになったかもしれない」 と、とんでもないことを言い出して——。 勘違いから始まる、じれきゅん青春BLラブストーリー! 七沢莉紬(17) 受け。 明るく元気、馴れ馴れしいタイプ。いろいろとふざけがち。成績が悪く卒業が危ぶまれている。 有馬真(17) 攻め。 優等生、学級委員長。クールで落ち着いている。

参加型ゲームの配信でキャリーをされた話

ほしふり
BL
新感覚ゲーム発売後、しばらくの時間がたった。 五感を使うフルダイブは発売当時から業界を賑わせていたが、そこから次々と多種多様のプラットフォームが開発されていった。 ユーザー数の増加に比例して盛り上がり続けて今に至る。 そして…ゲームの賑わいにより、多くの配信者もネット上に存在した。 3Dのバーチャルアバターで冒険をしたり、内輪のコミュニティを楽しんだり、時にはバーチャル空間のサーバーで番組をはじめたり、発達と進歩が目に見えて繁栄していた。 そんな華やかな世界の片隅で、俺も個人のバーチャル配信者としてゲーム実況に勤しんでいた。

処理中です...