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3 ヒロインへの道

140 馬の気持ち?

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「?」なぜそんなに不思議そうに見ているんだろう。「どうしたの?」
私が尋ねると、リーラは、言いづらそうに口を開いた。

「いやあの‥‥‥体とか痛くない?筋肉痛とか?」
「?」
なんでそんなこと聞くの?って思ったけど、そういえば久しぶりの乗馬なのに全然筋肉痛もない。
これっておかしなこと?
リーラはさらに言葉を重ねた。

「ステラ一度も鞭使ってないよね」
「はい?」

リーラが思いきってというように私の目をじっと見た。
「ねえ。馬に言うこと聞かせるのに一度も鞭使ってないよね?」
「なんでそんなひどいことするの」
「いや、ひどいことっていうか、合図なんだけど。なんでステラの馬は合図なしで思い通りに動くの?」
「さあ?」

リーラがいきなり何を言い出したのかわからない。
どこに意図があるの?
私が首をかしげていると、ジョセフが横から口を挟んできた。
「スー。君、馬に何か言った?」
「うん、もちろん。よろしくね、とか、ありがとう、とか?」

ジョセフも私をじっとみてる。
そして、まるで今気がついた!と言わんばかりの表情でリーラと顔を見合わせた。

「まさか‥‥‥」
「そこなの?」

そして、二人はもう一度私の顔をまじまじと見つめた。

「あのさ、スー。馬達は今夜、宿で飼葉と水をたっぷりと与えて、ブラッシングもしてもらうんだけど、他にしてほしいことあるか、聞いてみてよ」ジョセフが言った。
「うん、わかった」

私は、乗せてきてくれた黒い馬の首を撫でると、気持ちが伝わってきた。

「あはは、甘えん坊」

そう言って笑いながら首筋を撫でると、もっと気持ちよさそうに馬がいなないた。
甘えたくて仕方がないとでも言いたげに、私の肩に頭を押し付けてくる。

「ねえ、ジョセフ。角砂糖3個と人参2本でもっと頑張れるって。あと、撫でてほしいんだって。かわいいね」

思わず笑ってしまう。
もう、かわいいんだから。
そう思いながらたてがみを撫でると、黒い馬は嬉しそう目を輝かせ、喉の奥から甘えるような声を出した。

「ねえ、明日も乗せてくれるの?”黒のハヤテ”くん?え?もっと短く、愛称で?うーん。じゃあ、はーちゃん?」

私が黒のハヤテことはーちゃんと仲良くたわむれていると、リーラが感心したような、半ば呆れたような声を出した。

「その子は誰にも懐かなかったんだけどね。唯一乗れるのが、侯爵領一番の乗り手のオーウェン兄様だけだったんだけど。それでも、そんな風に猫みたいになってる姿は見たことない」
「そうなんだ」
私は手の中にある、はーちゃんの暖かい命の血潮を感じながら、リーラの言葉を受け流していた。
(この子、男爵領で買い受けられないかな。無理かな。すごく立派だし、軍馬なんて男爵領ではいらないって怒られるかな。セオドアがいたら間違いなく怒られそう)

「ふふふ、かわいいね」

「ねえ、これって、そうゆうことなの?」リーラがジョセフに話しかけた。
「意外な力というか、まあ、これはこれでピンチに役に立つっていうこと?」
「本人は気がついてないぞ」
「それがステラなんだろうね」

二人はおしゃべりに夢中になっている。
「ねえ、ふたりとも。今日乗せてきてくれた馬にお礼したら?きっと明日も頑張ってくれるよ?ねえ?」
リーラとジョセフはまた目を見合わせると、今日自分たちが乗ってきた馬のところに慌てて向かい、優しく首筋とたてがみを撫でてあげた。
2頭の馬たちは、自分たちが忘れられていなかったことに安心したように、ブルンと鼻息を荒く吐いた。

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