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4 決戦
219 逆鱗
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「馬鹿者が!」
国王陛下の怒鳴り声が議事堂に響き渡った。
「それでも母親か。己の欲望のために、息子の未来を奪うとは!
お前が何をしたのか知った時のハルヴァートの苦悩を一瞬でも考えたのなら、そんなことができるはずはない!お前には国母たる資格がないわ!」
雷のような激しさに、立っていられなくなりそうなほど恐ろしい。
皆ガクガクと足が震え、立っているのがやっとだった。
でも、ハル様は?こんな場面、ハル様に見せてしまっていいの?
実の母親に薬を盛られ、その母を罵る父。恐ろしすぎる。
ハル様のお気持ちを、誰か考えてあげて。
ハル様を見ると、その顔面は蒼白のまま、目を見開いて王妃様を凝視していた。
小刻みに震える青ざめた唇が、ハル様の衝撃を物語っている。
駆け寄って慰めてあげたい。
でも私たちを隔てる距離は、物理的な距離よりもはるかに遠かった。
王妃陛下が静かに立ち上がった。
「私からは何も言うことはございません。私がハルヴァートにしてきたことは、全て国とハルヴァートのためのみ。なんら恥ずべきことはありません。
ですが。私は、これから水の離宮に下がります。二度とお会いすることはないでしょう」
王妃様はゆっくりと国王陛下に一礼し、その場を去っていく。
誰も言葉を口にできず、ただ王妃様と侍女たちの衣擦れの音だけが議事堂に響いていた。
「母上、私に「魅了」をかけたのは、母上だったのですか?」
ハル様の声は、信じたくないと叫んでいるように聞こえた。
王妃様は振り返りハル様を一瞥すると、無言のまま侍女を引き連れ、部屋から退出していった。
せめて、一言でも言ってあげて、と願ったがそれは届かない。
「ハルヴァート。控えよ」
国王陛下の鋭い声が飛んだ。
「ですが!・・・いえ、申し訳ありませんでした」
ハル様はそれ以上反論しなかった。
諦めか、それとも責任か。
世継ぎとして、父王に公式の場で反論することはできない。
ただ、握りしめた拳と震える口元からは、母に裏切られた痛切な思いだけが、伝わってきた。
「どういうこと?まさか・・・まさかですわよね?お父様、しっかりなさって。アドランテ家が魅了をかけていたなんて、そんなことあるわけないでしょう?お父様、お父様?」
ルシアナ様がフォーク公の腕を揺らし囁き続けているが、フォーク公はこの騒ぎの中でも俯き、両手で顔を覆っているだけだった。
「お母様、お母様に確認しなくては。きっと何か不正があったに違いありませんわ。だって、私たちはハルヴァート様のために、偽聖女を排除しようとしたんですよ?まさか、負けるはずがありませんよね。全ての証拠がステラが偽物だって示していたではありませんか。爪が紫色に染まるなんて・・・ひっ」
その小さな悲鳴は一体何を見つけてしまったからだったのか。
父の爪の根元が紫色に染まっていたのか。それともご自分の爪の根元が紫に染まっていたのか。
その時、衛兵がホールのドアを勢いよく開け、凍りついた空気を断ち切った。
「ご報告いたします!ただいま、城壁の外をガウデン候コンラッドが率いる軍隊が取り囲んでいます。
全軍聖女の旗印を掲げ、ステラ嬢を支持する旨を宣言しています。ステラ嬢を傷つけた場合には同盟を破棄する。
聖女として敬う気がないのなら今すぐ辺境に引き渡せと騒いでいます!」
「ご報告いたします!民が議事堂前の広場にあふれかえっています。このままでは危険です。
皆、聖女の旗印を持ち、聖女への感謝を口にしています。聖女を支持する歌を歌うものもおり、聖女解放の声はますます高まっています。」
「ご報告いたします!いま、議事堂前の広場は聖女を支持する印として藍色のリボンを持った者達に取り囲まれています。見渡せないほど遠くまで、聖女の旗印で藍に染まっております。万一のことがあれば、この中にいらっしゃる方々にも危険が及ぶ可能性があります!」
国王陛下がにやりと笑った。
「ランドール。やりおったな?」
国王陛下とケイレブの目があうと、ケイレブは「さあて?」と言いながら頭をかいた。
「宰相、民もガウデンも焦れておる。さっさとこの茶番を片付けるのだ」
さっきまでとは打って変わった国王陛下の声に議事堂内にいた全員はほっと胸をなでおろした。
もちろん、私も。誤解が解けるまで、あと少し。
国王陛下の怒鳴り声が議事堂に響き渡った。
「それでも母親か。己の欲望のために、息子の未来を奪うとは!
お前が何をしたのか知った時のハルヴァートの苦悩を一瞬でも考えたのなら、そんなことができるはずはない!お前には国母たる資格がないわ!」
雷のような激しさに、立っていられなくなりそうなほど恐ろしい。
皆ガクガクと足が震え、立っているのがやっとだった。
でも、ハル様は?こんな場面、ハル様に見せてしまっていいの?
実の母親に薬を盛られ、その母を罵る父。恐ろしすぎる。
ハル様のお気持ちを、誰か考えてあげて。
ハル様を見ると、その顔面は蒼白のまま、目を見開いて王妃様を凝視していた。
小刻みに震える青ざめた唇が、ハル様の衝撃を物語っている。
駆け寄って慰めてあげたい。
でも私たちを隔てる距離は、物理的な距離よりもはるかに遠かった。
王妃陛下が静かに立ち上がった。
「私からは何も言うことはございません。私がハルヴァートにしてきたことは、全て国とハルヴァートのためのみ。なんら恥ずべきことはありません。
ですが。私は、これから水の離宮に下がります。二度とお会いすることはないでしょう」
王妃様はゆっくりと国王陛下に一礼し、その場を去っていく。
誰も言葉を口にできず、ただ王妃様と侍女たちの衣擦れの音だけが議事堂に響いていた。
「母上、私に「魅了」をかけたのは、母上だったのですか?」
ハル様の声は、信じたくないと叫んでいるように聞こえた。
王妃様は振り返りハル様を一瞥すると、無言のまま侍女を引き連れ、部屋から退出していった。
せめて、一言でも言ってあげて、と願ったがそれは届かない。
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国王陛下の鋭い声が飛んだ。
「ですが!・・・いえ、申し訳ありませんでした」
ハル様はそれ以上反論しなかった。
諦めか、それとも責任か。
世継ぎとして、父王に公式の場で反論することはできない。
ただ、握りしめた拳と震える口元からは、母に裏切られた痛切な思いだけが、伝わってきた。
「どういうこと?まさか・・・まさかですわよね?お父様、しっかりなさって。アドランテ家が魅了をかけていたなんて、そんなことあるわけないでしょう?お父様、お父様?」
ルシアナ様がフォーク公の腕を揺らし囁き続けているが、フォーク公はこの騒ぎの中でも俯き、両手で顔を覆っているだけだった。
「お母様、お母様に確認しなくては。きっと何か不正があったに違いありませんわ。だって、私たちはハルヴァート様のために、偽聖女を排除しようとしたんですよ?まさか、負けるはずがありませんよね。全ての証拠がステラが偽物だって示していたではありませんか。爪が紫色に染まるなんて・・・ひっ」
その小さな悲鳴は一体何を見つけてしまったからだったのか。
父の爪の根元が紫色に染まっていたのか。それともご自分の爪の根元が紫に染まっていたのか。
その時、衛兵がホールのドアを勢いよく開け、凍りついた空気を断ち切った。
「ご報告いたします!ただいま、城壁の外をガウデン候コンラッドが率いる軍隊が取り囲んでいます。
全軍聖女の旗印を掲げ、ステラ嬢を支持する旨を宣言しています。ステラ嬢を傷つけた場合には同盟を破棄する。
聖女として敬う気がないのなら今すぐ辺境に引き渡せと騒いでいます!」
「ご報告いたします!民が議事堂前の広場にあふれかえっています。このままでは危険です。
皆、聖女の旗印を持ち、聖女への感謝を口にしています。聖女を支持する歌を歌うものもおり、聖女解放の声はますます高まっています。」
「ご報告いたします!いま、議事堂前の広場は聖女を支持する印として藍色のリボンを持った者達に取り囲まれています。見渡せないほど遠くまで、聖女の旗印で藍に染まっております。万一のことがあれば、この中にいらっしゃる方々にも危険が及ぶ可能性があります!」
国王陛下がにやりと笑った。
「ランドール。やりおったな?」
国王陛下とケイレブの目があうと、ケイレブは「さあて?」と言いながら頭をかいた。
「宰相、民もガウデンも焦れておる。さっさとこの茶番を片付けるのだ」
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