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第一幕〜リュカ〜
10 8歳 カラス
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流れるピアノの音。
緩やかなリズムを刻むピアノに合わせて、伸びやかなボーイソプラノが室内を満たす。
ゆっくりと始まった音楽は緩急を繰り返しながら高まり、小鳥のように高い音で、曲を締めた。
「ブラボー」
「ブラボー」
「素晴らしいわ」
「なんて素敵なお子様方でしょう」
燦々と降り注ぐ春の日差しの下、公爵邸のサンルームでは、客をもてなすために、公爵家の子どもたちが歌とピアノを披露したところだ。
「お二人とも本当にお可愛らしい。ご長男のマティアス様は学業も優秀だとか」
「次男のリュカ様のお声は素晴らしいですわ」
「公爵ご夫妻もお幸せですわね」
集った客たちは口々に俺たちを賞賛している。
「お二人ともお美しくて・・・でも、次男のリュカ様の黒髪はどなたにも似てらっしゃらないような?」
「ちょっと」
何も知らない客の一人が迂闊な発言をした時、隣にいた別の夫人が肘でつついた。
「リュカの黒髪は、主人の祖父譲りですの。とても美しいでしょう?」
「まああ、そうでしたの。何も知らずに失礼いたしました。本当に印象的で美しい黒髪ですわね」
「ほほほ」
公爵夫人の手が握りしめた扇子とともにブルブルと震えていることに気付いたのは、ほんの数人だった。
俺は目立たないように部屋の端に居ようとしたが、そこでも陰口からは逃れられなかった。
「リュカ様は旦那様が外で産ませた子なのは見ればわかるのに」
「よっぽど浮世離れした方なんでしょ?」
「輝ける黄金の一族の中に紛れ込んだ一羽のカラスにしか見えないのにね」
「言い過ぎよ、あなた」
俺をカラスと呼んだメイドが俺の視線に気づいた。
「カラスはカラスでしょ」吐き捨てるように言った。
ここは国一番の公爵家。公爵家を運営するためには、多くの使用人が必要だが、側に使えるメイドや従僕には貴族が多い。
貴族出身のメイドからしたら、愛人の子供なんて、自分より下だってことなんだろう。
くそくらえ。
居たくてここにいるんじゃない。
ただ、逃げられず留められているだけだ。
いつか必ず、母ちゃんや弟妹と暮らすんだ。
その頃の俺はまだそう思っていたんだ。
あの恐ろしい別宅での教育期間は、2年ぐらいだったと思う。
少しずつ俺を社交界にお披露目しなければ不自然になる、ということで、「病弱な」俺はたまに社交の場に引きずり出されるようになっていた。
「病弱で内気」設定で他人と話すことはまずないから、ボロが出ることもなかった。
ただ、たまに見ることのできる希少なカラスとでも言う存在。
今日も公爵邸で行うガーデンパーティーの座興として、歌わされたところだ。
俺は楽器はからきしだったが、歌がうまかった。
意外な才能とでも言うのかな。
勉強はついていくのがやっと。
ピアノもヴァイオリンもダメ。
殴ろうが、鞭で打とうが、俺の才能は全く開花しなかった。
だけど歌だけは違った。
どの楽器もダメで頭を抱えた教師は、歌ならどうかと新しい教師を呼んできた。
この音楽の教師が良かった。
若い女の先生はどこか母に似ていたことも、俺が懐いた原因だったろう。
音楽教師のマリエルは、俺がこの家に来てから俺を人間として扱った始めての人だった。
発声練習から始め、絶対に殴らない丁寧な指導は、俺の緊張を解き、歌を上手に歌わせるのとともに、楽器まで弾けるようにさせた。
もちろん、大した腕前じゃない。でも、それまでの教師たちには誰にもできなかったことだ。
上手にできれば褒め、できなければ辛抱強く繰り返し教える。
それができたのはこのマリエルだけだった。
一生マリエルに音楽を教えて欲しかったけど、マリエルは結婚のため、たった2年で音楽教師をやめてしまった。
別れの時に、泣きながら「ごめんなさい」と繰り返し、本当に結婚で辞めるのかと疑問に思うほどだったが・・・
そして、俺はまた一人ぼっちになった。
冷たいシーツには慣れたけど、繰り返し襲ってくる寂しさを埋めるものはない。
「俺のための」教育にたいして「感謝が足りない、立場をわきまえろ」と繰り返し繰り返し鞭打たれ、殴られる日々。
食事を取らなければ鞭が飛ぶ。
食べ方が汚いと鞭が飛ぶ。
閉じ込められ、誰とも話さない。
そんな生活の中、俺は、ほんの少しの優しさが欲しかっただけなんだ。
本当にそれだけ、だったんだよ。
緩やかなリズムを刻むピアノに合わせて、伸びやかなボーイソプラノが室内を満たす。
ゆっくりと始まった音楽は緩急を繰り返しながら高まり、小鳥のように高い音で、曲を締めた。
「ブラボー」
「ブラボー」
「素晴らしいわ」
「なんて素敵なお子様方でしょう」
燦々と降り注ぐ春の日差しの下、公爵邸のサンルームでは、客をもてなすために、公爵家の子どもたちが歌とピアノを披露したところだ。
「お二人とも本当にお可愛らしい。ご長男のマティアス様は学業も優秀だとか」
「次男のリュカ様のお声は素晴らしいですわ」
「公爵ご夫妻もお幸せですわね」
集った客たちは口々に俺たちを賞賛している。
「お二人ともお美しくて・・・でも、次男のリュカ様の黒髪はどなたにも似てらっしゃらないような?」
「ちょっと」
何も知らない客の一人が迂闊な発言をした時、隣にいた別の夫人が肘でつついた。
「リュカの黒髪は、主人の祖父譲りですの。とても美しいでしょう?」
「まああ、そうでしたの。何も知らずに失礼いたしました。本当に印象的で美しい黒髪ですわね」
「ほほほ」
公爵夫人の手が握りしめた扇子とともにブルブルと震えていることに気付いたのは、ほんの数人だった。
俺は目立たないように部屋の端に居ようとしたが、そこでも陰口からは逃れられなかった。
「リュカ様は旦那様が外で産ませた子なのは見ればわかるのに」
「よっぽど浮世離れした方なんでしょ?」
「輝ける黄金の一族の中に紛れ込んだ一羽のカラスにしか見えないのにね」
「言い過ぎよ、あなた」
俺をカラスと呼んだメイドが俺の視線に気づいた。
「カラスはカラスでしょ」吐き捨てるように言った。
ここは国一番の公爵家。公爵家を運営するためには、多くの使用人が必要だが、側に使えるメイドや従僕には貴族が多い。
貴族出身のメイドからしたら、愛人の子供なんて、自分より下だってことなんだろう。
くそくらえ。
居たくてここにいるんじゃない。
ただ、逃げられず留められているだけだ。
いつか必ず、母ちゃんや弟妹と暮らすんだ。
その頃の俺はまだそう思っていたんだ。
あの恐ろしい別宅での教育期間は、2年ぐらいだったと思う。
少しずつ俺を社交界にお披露目しなければ不自然になる、ということで、「病弱な」俺はたまに社交の場に引きずり出されるようになっていた。
「病弱で内気」設定で他人と話すことはまずないから、ボロが出ることもなかった。
ただ、たまに見ることのできる希少なカラスとでも言う存在。
今日も公爵邸で行うガーデンパーティーの座興として、歌わされたところだ。
俺は楽器はからきしだったが、歌がうまかった。
意外な才能とでも言うのかな。
勉強はついていくのがやっと。
ピアノもヴァイオリンもダメ。
殴ろうが、鞭で打とうが、俺の才能は全く開花しなかった。
だけど歌だけは違った。
どの楽器もダメで頭を抱えた教師は、歌ならどうかと新しい教師を呼んできた。
この音楽の教師が良かった。
若い女の先生はどこか母に似ていたことも、俺が懐いた原因だったろう。
音楽教師のマリエルは、俺がこの家に来てから俺を人間として扱った始めての人だった。
発声練習から始め、絶対に殴らない丁寧な指導は、俺の緊張を解き、歌を上手に歌わせるのとともに、楽器まで弾けるようにさせた。
もちろん、大した腕前じゃない。でも、それまでの教師たちには誰にもできなかったことだ。
上手にできれば褒め、できなければ辛抱強く繰り返し教える。
それができたのはこのマリエルだけだった。
一生マリエルに音楽を教えて欲しかったけど、マリエルは結婚のため、たった2年で音楽教師をやめてしまった。
別れの時に、泣きながら「ごめんなさい」と繰り返し、本当に結婚で辞めるのかと疑問に思うほどだったが・・・
そして、俺はまた一人ぼっちになった。
冷たいシーツには慣れたけど、繰り返し襲ってくる寂しさを埋めるものはない。
「俺のための」教育にたいして「感謝が足りない、立場をわきまえろ」と繰り返し繰り返し鞭打たれ、殴られる日々。
食事を取らなければ鞭が飛ぶ。
食べ方が汚いと鞭が飛ぶ。
閉じ込められ、誰とも話さない。
そんな生活の中、俺は、ほんの少しの優しさが欲しかっただけなんだ。
本当にそれだけ、だったんだよ。
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