兄さん、あんたの望みを教えてくれよ。

藍音

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第一幕〜リュカ〜

13 8歳 焼き菓子

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俺は、「身体が弱くて別宅で療養している次男」という設定だった。
なぜかは分からないが、公爵家では俺を「嫡男」として迎えていた。その理由がはっきりわかるのは、もっとあとのことだ。

母に似すぎている俺は、夫人からしたらめざわりそのもの。だけど、時々は本邸に向かい茶会で芸を披露したり、対外的に俺という嫡男がいると社交界に知らしめていた。選りすぐりの人材から広がる噂は「事実」よりも強い力を持つ。
だが、時がたつにつれ、同じ王都の中で年端もいかない子供を、ましてや「身体の弱い子供を」一人で生活させるってのは理屈が立たず、茶会で聞かれても答えに窮するようになっていったらしい。
俺が茶会で歌を披露してから数日後、本邸に移るように命令された。
気は進まないが、否やはない。だが、兄にもっと会えるようになるかも、とかすかに胸が踊った。



同じ屋敷に住むようになると、兄は俺が思っていたよりもはるかに優秀だとわかった。
一を教えれば十を知り、砂が水を吸い込むように知識を吸収する。そしてさらに高みを目指すその姿勢に教師たちは大いに喜び、己の知識を惜しみなく分け与えた。兄は一族だけではない、王国レベルでの期待の星だった。
兄はその過剰な期待に応えようと懸命に努力していたのだと思う。

高位貴族の子弟は、学園に入学するまでに、家庭教師から必要な知識を身につける。
翌年、学園に入学する予定だった兄はすでに予定の課程は修了し、大学校クラスの講義を受けていたらしい。
俺が1日5時間で音を上げた講義を兄は6時間とさらには剣術、体術まで毎日鍛錬していた。
いったいいつ休んでいるのかと首を傾げてしまう環境の中、気軽に声をかけられるはずはない。
簡単に会える人ではなかった。

俺は、ちょろちょろと兄の周りを伺いながら、何とか話ができる機会を持てないだろうかと、思案していた。
別に大きな期待をしてたわけじゃない。ただ、俺を人間として扱ってくれる唯一の存在と話がしたかっただけなんだ。毎日様子をうかがうが、兄には会えず、ため息をつきながら元いた自分の勉強部屋にもどる。
そんな毎日の繰り返し。いつか話ができたら。いや微笑みかけてくれるだけでもいい。
寝る前には神に祈った。


俺が本邸に引き取られてからひと月ほどたったある日のこと。
いつものように、時間が空けば兄の周りをうろうろしていた俺は、兄の学習室の前の庭で昆虫の観察をしているふりをしていた。
ただの口実のはずだったのに、いつの間にか地面に這いつくばり、夢中になって蟻の姿を追っていた。

「リュカ?何をしているの?」

振り返ると、そこには兄の姿。
逆光で顔は見えないが、金髪がまぶしく陽に輝いていた。

「にいちゃん・・・?」

つい、ポロリと漏れてしまった平民の言葉。
慌てて両手で口をふさいだが、聞こえてしまっただろうか。
恐る恐る兄の様子を見ると特に怒っている雰囲気もない。

「あ、兄上、どうなさったのですか・・・?」
「今日は急に先生が体調を崩してね。いつも、窓の外で遊んでいる弟の様子を見に来たんだ」

兄はにこにこと笑いながら俺に手を差し伸べた。

「せっかくできた兄弟なのに、一度もきちんと話をしたこともないしね。話によると兄弟は一緒に遊んだりするものなんだろう?お前とは母は違うけど、私にはほかに兄弟もいないし、遊び方も知らないけど、仲良くしたいんだ」
「お、俺・・・」

ことばが出てこない。兄は俺にとって雲の上の存在で・・・本当に話ができるなんて思ったこともなかった。ただ、話してみたいな、とか、俺を見てほしいなってのは夢みたいな話で・・・

「菓子でも食べるかい?」

兄はそう言うと、ポケットからこっそりと焼き菓子を取り出した。

「いつもおやつに焼き菓子を一つもらってるんだ。美味しいよ?リュカは食べたことある?」
「な、ない」

兄の顔いっぱいに笑顔が広がった。

「よかった。じゃあお食べ」

兄はナプキンでくるんだ四角い焼き菓子を差し出した。

「私はいつでも食べられるから。今日はお前がお食べ」

差し出された菓子はバターとハチミツの香りがした。口に含むと、ホロホロと溶けていく。なんて、美味しいんだろう。

「おいしい?」
「うん」
「弟に菓子を食べさせるのがこんなに楽しいなんて知らなかった。またもらってきてあげる」

兄は心から楽しい、というようにほほえみかけ、そっと俺の頭をなでた。
俺は夢のように美味しい菓子と優しい兄の手のひらに有頂天だった。
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