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第四幕〜終わりの始まり〜
194 【マティアス】ベネディクトの督促
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こんな女のために私を裏切ったのか。
そのことばかりが頭の中をぐるぐるとまわった。
あれほど大切にしていたのに。
こころから、愛していたのに。
私の腕の中で乱れるリュカのまぼろしは夜ごと現れ、私を苦しめた。
「兄さん、兄さん」
喘ぎ声と紅潮した頬。熱い吐息。そして、何よりも私をしめつけたなか。
思い出すだけで、ぐらぐらと足元が揺らいだ。
「ケーキばかりじゃ飽きちゃうんです」
リュカの言葉を思い出すたび、えぐるように胸が痛んだ。
「たまには肉も食わないと」
それなのに・・・手を離すことができない。
リュカを死んだことにしたのは、誰にも盗られたくなかったから。仕返しなんかじゃない。
ただ、ただ、リュカを隠してしまいたかった。
誰にも、手の届かない場所に。
髪の毛一本たりとも、その視線さえも誰にも奪われたくない。
リュカは私だけでは満足できない。
つぎつぎに相手を変え、「したかったから」と肩をすくめるのだろう。
・・・耐えられない。
なぜ簡単にふたりのあいだにあった特別なものを断ち切ることができるのか、私には理解できなかった。
*******************
結婚の翌月、イネスの懐妊が発表された。
屋敷の中だけではなく親族さえもお祝いムードで沸き立つ中、ベネディクトも頬をほころばせた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
嬉しそうに頬を緩め、祝いに応えて見せた。
誰も気づかなかったが、ベネディクトだけはなにか感づいたらしい。
「閣下?」こっそりと私を書斎に訪ね、不機嫌の理由を問いただした。
「死産にしろ」
「は?」
「黒い髪の子が産まれる可能性がある。その時は、迷わず、殺せ」
「旦那様・・・マティアス様・・・なんてことを・・・」
ベネディクトは衝撃にフラフラと椅子の背に手をかけた。
「黒髪・・・」
「いいな」
言葉の意味を理解しようとベネディクトが考えをめぐらせているのがわかる。しばらくしてのち、結論を導き出した。
「承りました。ですが、お子が金髪の場合には?」
私は思わず顔をしかめた。
「まあ、ないだろうが・・・その時は、一年ぐらい様子をみてもいい」
「今から信頼できる里親を内密に探しておきましよう」
ベネディクトはほっと胸をなでおろしたが、もうひとつの重要なことに気がついた。
「では・・・跡取りさまは?閣下はお子を作らねばなりません。愛妾、というかたちにはなりますが、他の女性をご用意いたしますか?」
考えてもいなかった。
当然考えるべきことだったのに。
「黒髪の男」と密通した妻など信用できないと、ベネディクトも理解したんだろう。
そして、私達が床を共にしない理由も。
「心当たりはあるのか」
「もちろんでございます。いざというときのために選りすぐりのご令嬢を何人か選んであります。相続権のある女子では難しいですが、女ばかりの家の次女や三女、没落しかけた伯爵家の息女。それから先日夫をなくしたばかりの若妻や・・・」
聞くだけでげんなりした。隙を見せたらすぐに女を何人も連れてきそうな勢いだ。
「私に心当たりがある。しばらく放っておいてくれ」
「ほう!それでこそ、マティアス様です!」
ベネディクトの瞳が期待に輝いた。婚約者以外とは浮名を流さなかった朴念仁が愛人にしたい女がいると告白したのだ。しかも、弟に執着し囲っている私を不安に思っていたんだろう。
「何よりでございます。私にできることならなんでも・・・なにか贈り物でも?」
女などいるはずもない。
「いや・・・まだ・・・」
困り果てて知人の女性の顔を思い浮かべたが、誰も愛妾になって子を産んでくれそうな女性は思いつかなかった。
「その・・・彼女は・・・その、照れ屋なのでな・・・」
「そうでしょう、そうでしょう!」ベネディクトは嬉しそうに手をもみ合せた
これは、困った。
********************
女を斡旋されるのが嫌で言い逃れたばかりに、ベネディクトに無駄な期待を持たせてしまった。
彼は彼なりに、私の幸せを願っていた。なんせ、幼い頃からずっと見守ってきた私を子のように思っていたから。
それからというもの、ベネディクトの中でイネスの序列は大きく下がり、ほとんど相手にしなくなった。
その露骨な態度は、他の使用人にも影響を与えた。主に見限られた妻の立場など、あってないようなものだ。
だが、どうでもよかった。
女主人の役割だけ果たしてくれればいい。
リュカの葬式が終わると、ベネディクトはそれまで以上に、熱心に愛人をつくるようにと督促してきた。
リュカを公式に殺したことで、私の踏ん切りがついたと考えていたのかもしれない。
いや、おそらく、ますますリュカへの執着を深める私を見ていられなかったんだろう。
「マティアス様・・・いえ、閣下。かの方への贈り物をそろそろ・・・」
ベネディクトの言葉に辟易とする。
大体、いままでの私の人生で、女っ気があったとでも?
軍役のあとは仕事ばかり。しかも迂闊な女に手は出せない。そもそも、女が好きなわけではないのかもしれないと密かに恐れてすらいた。とはいえ、男が好きなわけでもない。私の中にはずっとリュカしかいなかった。それはあまりにも鮮烈すぎる恋だった。
(そういえば・・・)
リュカの葬式で泣いていた娘。たしか、リュカのいとこと聞いたが・・・
(リュカの、血縁者か)
そのことばかりが頭の中をぐるぐるとまわった。
あれほど大切にしていたのに。
こころから、愛していたのに。
私の腕の中で乱れるリュカのまぼろしは夜ごと現れ、私を苦しめた。
「兄さん、兄さん」
喘ぎ声と紅潮した頬。熱い吐息。そして、何よりも私をしめつけたなか。
思い出すだけで、ぐらぐらと足元が揺らいだ。
「ケーキばかりじゃ飽きちゃうんです」
リュカの言葉を思い出すたび、えぐるように胸が痛んだ。
「たまには肉も食わないと」
それなのに・・・手を離すことができない。
リュカを死んだことにしたのは、誰にも盗られたくなかったから。仕返しなんかじゃない。
ただ、ただ、リュカを隠してしまいたかった。
誰にも、手の届かない場所に。
髪の毛一本たりとも、その視線さえも誰にも奪われたくない。
リュカは私だけでは満足できない。
つぎつぎに相手を変え、「したかったから」と肩をすくめるのだろう。
・・・耐えられない。
なぜ簡単にふたりのあいだにあった特別なものを断ち切ることができるのか、私には理解できなかった。
*******************
結婚の翌月、イネスの懐妊が発表された。
屋敷の中だけではなく親族さえもお祝いムードで沸き立つ中、ベネディクトも頬をほころばせた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
嬉しそうに頬を緩め、祝いに応えて見せた。
誰も気づかなかったが、ベネディクトだけはなにか感づいたらしい。
「閣下?」こっそりと私を書斎に訪ね、不機嫌の理由を問いただした。
「死産にしろ」
「は?」
「黒い髪の子が産まれる可能性がある。その時は、迷わず、殺せ」
「旦那様・・・マティアス様・・・なんてことを・・・」
ベネディクトは衝撃にフラフラと椅子の背に手をかけた。
「黒髪・・・」
「いいな」
言葉の意味を理解しようとベネディクトが考えをめぐらせているのがわかる。しばらくしてのち、結論を導き出した。
「承りました。ですが、お子が金髪の場合には?」
私は思わず顔をしかめた。
「まあ、ないだろうが・・・その時は、一年ぐらい様子をみてもいい」
「今から信頼できる里親を内密に探しておきましよう」
ベネディクトはほっと胸をなでおろしたが、もうひとつの重要なことに気がついた。
「では・・・跡取りさまは?閣下はお子を作らねばなりません。愛妾、というかたちにはなりますが、他の女性をご用意いたしますか?」
考えてもいなかった。
当然考えるべきことだったのに。
「黒髪の男」と密通した妻など信用できないと、ベネディクトも理解したんだろう。
そして、私達が床を共にしない理由も。
「心当たりはあるのか」
「もちろんでございます。いざというときのために選りすぐりのご令嬢を何人か選んであります。相続権のある女子では難しいですが、女ばかりの家の次女や三女、没落しかけた伯爵家の息女。それから先日夫をなくしたばかりの若妻や・・・」
聞くだけでげんなりした。隙を見せたらすぐに女を何人も連れてきそうな勢いだ。
「私に心当たりがある。しばらく放っておいてくれ」
「ほう!それでこそ、マティアス様です!」
ベネディクトの瞳が期待に輝いた。婚約者以外とは浮名を流さなかった朴念仁が愛人にしたい女がいると告白したのだ。しかも、弟に執着し囲っている私を不安に思っていたんだろう。
「何よりでございます。私にできることならなんでも・・・なにか贈り物でも?」
女などいるはずもない。
「いや・・・まだ・・・」
困り果てて知人の女性の顔を思い浮かべたが、誰も愛妾になって子を産んでくれそうな女性は思いつかなかった。
「その・・・彼女は・・・その、照れ屋なのでな・・・」
「そうでしょう、そうでしょう!」ベネディクトは嬉しそうに手をもみ合せた
これは、困った。
********************
女を斡旋されるのが嫌で言い逃れたばかりに、ベネディクトに無駄な期待を持たせてしまった。
彼は彼なりに、私の幸せを願っていた。なんせ、幼い頃からずっと見守ってきた私を子のように思っていたから。
それからというもの、ベネディクトの中でイネスの序列は大きく下がり、ほとんど相手にしなくなった。
その露骨な態度は、他の使用人にも影響を与えた。主に見限られた妻の立場など、あってないようなものだ。
だが、どうでもよかった。
女主人の役割だけ果たしてくれればいい。
リュカの葬式が終わると、ベネディクトはそれまで以上に、熱心に愛人をつくるようにと督促してきた。
リュカを公式に殺したことで、私の踏ん切りがついたと考えていたのかもしれない。
いや、おそらく、ますますリュカへの執着を深める私を見ていられなかったんだろう。
「マティアス様・・・いえ、閣下。かの方への贈り物をそろそろ・・・」
ベネディクトの言葉に辟易とする。
大体、いままでの私の人生で、女っ気があったとでも?
軍役のあとは仕事ばかり。しかも迂闊な女に手は出せない。そもそも、女が好きなわけではないのかもしれないと密かに恐れてすらいた。とはいえ、男が好きなわけでもない。私の中にはずっとリュカしかいなかった。それはあまりにも鮮烈すぎる恋だった。
(そういえば・・・)
リュカの葬式で泣いていた娘。たしか、リュカのいとこと聞いたが・・・
(リュカの、血縁者か)
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