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第七話 縁談がやってきた!

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「あいつが住んでいた豪華な屋敷には趣味の悪い金ぴかな調度品であふれてましたよ」
「あー、くそっ!ひと暴れしたかったのに。村長の屋敷に誰かを潜ませていたんだろう。まあ、いい。あいつの残した屋敷も調度品も全て売っぱらえ。城の補修費に当てる。さぞかし立派な屋敷だろうよ」
「おっしゃるとおりで」
「そういえば」ビルが言った。「使用人はいなかったのか?」
「何人もいましたが、ロビンソンがいなくなって喜んでいるように見えましたね。あいつがいなくなって残念がっている人間はいませんでした」
「ちょうどいいじゃないか。若殿、ロビンソンの屋敷の使用人を雇っては?」

********************

ロビンソンの屋敷から、5人ほどの使用人が手伝いに来ることになり、村長から差し向けられた未亡人も合わせて6人の使用人が集まった。使用人たちは、大広間に招き入れられると、あまりにひどい状態に言葉を失った。
あちこち石が落ちて転がり、子どもたちが寝起きしていたため、汚れがこびりついている。い草を変えたのはいつなのか、想像もつかないほど。ほこりと砂と石が転がった広間は、とても領主の住処とは思えなかった。
かつてはあっただろう豪華は調度はすべて持ち去られ、子どもたちが運び込んだ椅子代わりの切り株が数個ごろごろと転がっていた。もちろん、絨毯もタペストリーもないが、夕べ騎士たちが野営代わりに寝た場所だけが片付けられポッカリと空いていた。
その場所に使用人とともに立ったケイレブは、使用人と同じぐらい途方にくれていた。

「まずはどこから手をつけたらいいんだ?」
ビルに問いかけたが、答えは返ってこない。
「使用人への指示は・・・」
「奥方の仕事だけど、いないから自分でやるしかないだろ」

ビルは冷たく言い捨てて、巻き込まれてはたまらんと子どもたちの鍛錬に行ってしまった。
ケイレブは自分も鍛錬に行きたい気持ちをぐっとこらえ、使用人たちと向き合った。

「では、まず掃除から・・・」
「どのお部屋から始めたらよろしいですか?どのレベルまで仕上げたらよろしいですか?だいぶ荒れておりますので、まずは石の片付けからしたほうがよろしいのではありませんか?」

ハキハキした年配の女が一歩前に進み出て言った。
どうやらこの女が頼りになるらしい。

「任せる。まずは眠る場所を掃除してくれ。それから、食事を・・・まともな食事を作ってくれ」
「かしこまりました。ですが、旦那様、食料庫が空っぽです。あれを食料庫、と言ってよければですが」
「それを調達することもお前たちの最初の仕事だ!」
「でも、旦那様、先立つものがありません」
「ああ、そうだった」

ケイレブは金貨の入った袋を差し出した。

「これでなんとかしろ。騎士と子どもたちとお前たちの腹を満たせるように、農家に行って交渉してこい」
年配の女は金貨の袋をのぞきこむと、息をのんだ。

「こんなにたくさん・・・」
「ワインとエールも用意しろ。肉と野菜とパンとチーズと・・・あとはお前が考えろ。騎士たちを飢えさせるな。子どもたちもいるからな。それにお前たちの分も必要だし。人間腹が満たされればなんとかなるものだ。あとは頼んだぞ!」

ケイレブはその場から早足で逃げ出した。
家事は全くわからない。
あの年配の女に任せておけばなんとかなるだろう。

中庭に出て自分も鍛錬しようと扉に向かうと、大慌てで騎士のスリッカーが駆け込んできた。

「若殿、大変です!大殿からお手紙です」

ケイレブの鼻先に手紙を押し付ける手がふるえている。

「おちつけ、父上から手紙が来てもなんの不思議もないだろう。大工や職人たちの手配を頼んだばかりだ」
「若殿!もうその返事が来たわけがないでしょう!別の用ですよ。しかも、急ぎの!使者が扉の外でお待ちしております」
「何だ、一体?」
ケイレブが首をかしげながら手紙を開き、一文読んで大声を上げた。

「俺に縁談だ!」
「この城に来てくれる奇特なレディーがいるんですか?」
「おい、奇特とはなんだ」
「若殿、ぜひ結婚してください。醜女だろうと、性格が悪かろうといいじゃないですか。とにかく、この城には女手が必要なんです」
「おまえ、他人事だと思って・・・」

ケイレブがスリッカーの頭を叩くふりをすると、お調子者の騎士は大げさに頭を抱えて見せた。

「だめ、だめですよ。無意味な折檻は」
「うるさい、今手紙を読むからちょっと待て」

”ケイレブ。今までアバルのために力を尽くしてくれて感謝している。今まで、お前の領地の管理がおろそかになっていたゆえ、色々と問題も起こっていることだろう。かれこれ、20年以上放置された城がどうなるかはわかっているつもりだ。
そして、これまで何度も縁談を断り続けてきたお前でも、城の管理をするためには女手が絶対に必要だと実感した頃だろう。それというのも、私が何度も・・・”

文面が説教臭くなったので、数行とばしてみるが、かなり長い説教がこのあとも続いていた。
眉をしかめて続きを読む。

”だが、そんなお前に国王陛下から婚約の打診が合った。相手はお前も知っている相手だ。王太子殿下の元婚約者のルシアナ嬢だ。聖女を害した悪女と結婚など、気乗りしないと思う。母上も激怒している。だが、なんと国王陛下はルシアナ嬢の持参金にダイヤモンド鉱山をつけると言っている。この申し出は極秘だ・・・元々アドランテ家の所有していた鉱山なので、問題はないだろうと陛下は仰っているが。まだアドランテ家の反対派がいるので極秘にするように、とのお達しだ。まずは会ってみてはどうだ。ダイヤモンド鉱山を持ってくる女などそうはいないだろう。どうせ、結婚はしなくてはならないんだ。領地の管理も跡取りの問題だってある。願ってもない話ではないか?”

「嘘だろう?」

心臓が痛いほど大きな音を立てて跳ね上がっている。
信じられない。かつてひと目で魅了された女が、ダイヤモンド鉱山を背負って嫁いでくると?
金の問題ではない。もともと聖女を守った報奨金として王家に払われた金は、一生遊んで暮らせるほど、とは言わないが、十分にふところを温めてくれたし、領地からの収入もある・・・数年はかかるだろうが。報奨金を元手に城を直し、種を手に入れて真面目に働けば、来年は実入りがあるだろう。畑を広げて、少しずつ豊かになればいい。そう思っていたのに。

でもそれよりも、何よりも、ルシアナ嬢を自分のものにできる日が来るとは、夢にも思わなかった。
美しい黒髪と真っ白な肌。怒ると全身がピンク色に染まる。それがどれほど魅力的か、あの女はわかっているんだろうか。
大きな青い瞳とキスをねだるようなぽってりとした魅力的な唇、柔らかそうな大きな胸・・・思い出しただけで、くらくらした。

「ルシアナ・・・」
「え?まさか。ルシアナって、あの悪女のことじゃないですよね?」

スリッカーに聞かれていたことに気がついたケイレブは、目の前の騎士に蹴りを入れた。

「俺の婚約者になるかもしれない女に無礼なことを言うな」
「えーーー」
「断られるかもしれないが、でも、断られないかもしれない」
「なんか、無駄に弱気ですね。若殿が女にそんな反応をするところ初めて見ました」
「うるさいな」
「まあ、いいです。この際悪女でも。悪女が悪事を働けるような環境でもないしね。なにせここには悪女が陥れる相手もいませんから。とりあえず、城が軌道に乗るための数ヶ月でもいてもらったらいいんじゃないですか?」
「数ヶ月・・・」
「まさか、本気で結婚する気はないんでしょ?相手だって、こんな田舎に来たがるわけないじゃないですか。社交界もないし、ドレス屋どころか生地を売ってる店もないし。宝石を付けたって、牛すら見てくれませんから」
「そうか、そうだよな・・・あれだけの美人がこんな田舎に来たがるわけないよな」しかも、住むところすらおぼつかないというのに。
「とりあえず、機嫌を取ってみては?なにか気の利いた詩をおくるとか・・・」
「詩?無理だな」
「歌を歌ってみせるとか・・・」
「音痴だ」
「じゃあ、プレゼントでも。宝石とか・・・」
「お前が言ったんだろ、宝石を誰が見るんだよ」
「持ってるだけでもいいんじゃないですか?」
「まあな」
「それがだめなら実用品ですかね?」
「実用品?」
「オレは女に櫛を送ったら、それはそれは甘い夜を・・・」
「ああ、もういい!お前の恋愛事情なんて聞きたくない」
「恋愛じゃありません」
「ますます聞きたくないな」
「ドレスはどうですか?」
「どこに売ってるのかすら検討もつかないな」
「やる気あるんですか!」
「いや、その、やる気はあるんだが・・・俺にできるのは魔獣退治ぐらいしかできないだろ?まだまだ領地経営も素人だし、女心はそれ以上に難しい」
「魔獣退治って・・・レディに魔獣でもけしかけてみますか?」
「それは、俺がゆるさん」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「・・・」
「あ!そうだ。じゃあ・・・」

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