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第2章
第16話 基礎という名前の夏
しおりを挟む夏休み初日。
青陵中学校の体育館は、
朝から蒸し暑かった。
扉を開けた瞬間、
もわっとした空気が身体にまとわりつく。
まだ八時前なのに、
すでに汗をかきそうだった。
「集合、早いね」
水野 和樹(みずの かずき)が、
少し眠そうな声で言った。
二年生も一年生も、
全員がそろっている。
三年生がいない体育館は、
広く感じた。
その中央に、
三枝コーチが立っている。
いつも通りの笑顔。
でも、今日はホイッスルを首から下げていた。
「はい、おはよう」
軽い調子。
「今日から、
夏休みメニュー」
嫌な予感が、
一斉に広がる。
「まず言っとくね」
三枝コーチは、
はっきり言った。
「今日は、
試合形式、やりません」
一瞬、
静かになる。
「ラリーも、
ほぼしません」
さらに静かになる。
「基礎だけ」
にこっと笑う。
「逃げ場、ない日です」
その言い方が、
逆に怖かった。
最初のメニューは、
フットワーク。
台は使わない。
白線の前に立ち、
左右に、前後に、
ひたすら動く。
「止まらない」
三枝コーチの声が飛ぶ。
「足、そろえない」
「腰、高い」
「はい、やり直し」
動くだけなのに、
太ももが悲鳴を上げる。
息が、すぐに上がった。
佐伯 仁(さえき じん)は、
歯を食いしばって動いている。
岡崎 拓也(おかざき たくや)は、
地味だが、リズムを崩さない。
優真は、
ついていくので精一杯だった。
「はい、次」
休憩は短い。
今度は素振り。
フォア、フォア、バック。
フォームを崩さず、
同じスイングを繰り返す。
「速く振らなくていい」
三枝コーチが言う。
「同じ軌道で、
同じ角度で」
「それが、
回転とコースの土台」
腕が、
だんだん重くなる。
汗が、
床に落ちる。
それでも、
止めてもらえない。
「はい、次」
多球練習。
ようやく台を使う。
山下 登(やました のぼる)先生が、
球を出す。
フォアだけ。
ひたすらフォア。
狙いは、
同じ場所。
「入れることが目的じゃない」
三枝コーチの声。
「狙ったところに、
同じ球を出す」
簡単そうで、
一番難しい。
優真の球は、
少しずつズレる。
ネットにかかる。
オーバーする。
「今の、
何が違った?」
突然、
声をかけられる。
優真は、
一瞬言葉に詰まった。
「……振りが、
小さくなりました」
三枝コーチは、
少しだけうなずく。
「分かってるなら、
修正できる」
それだけ言って、
次の球を出す。
その一言で、
胸が少しだけ軽くなった。
昼前。
全員、
床に座り込んでいた。
誰も、
しゃべらない。
「今日は、ここまで」
三枝コーチが言う。
「派手な練習、
一個もなかったでしょ」
誰も否定しない。
「でも」
少し間を置く。
「これが、
スピード、回転、コース、戦術の土台」
「武器は、
いきなり作れない」
「基礎の上にしか、
乗らない」
優真は、
自分の手を見た。
震えている。
でも、
不思議と嫌じゃなかった。
試合に出ていない自分にも、
やるべきことが、
はっきりした気がした。
夏は、
始まったばかりだ。
この基礎の先に、
自分の武器がある。
そう信じて、
優真は立ち上がった。
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