92 / 181
第92話「追いかけるエルフ」
しおりを挟む
ここは、アイディール王国王都トライアンフ中央広場……
石畳が敷かれた、円形の広大なエリアである。
広場からは放射線上に道が延び、その先には様々な街区へと行けるようになっていた。
街に見られるのは人間が殆どだが、エルフ、ドワーフも含め……多くの人々で溢れていた。
広場には毎日市が立ち、様々な店が並び雑多なものが売られている。
資金不足で店を出せない者は、行商人として声を嗄らし、商品の売り込みに必死だ。
「ダーン!!!」
その中央広場に、いきなり響き渡る声。
「何事か?」と人々が振り返れば、紺青色の法衣《ローブ》を纏ったひとりの女エルフが大声で叫んでいた。
若いエルフの女。
とても美しい、育ちの良さそうな女。
さらさらな肩までの金髪。
尖った小さな耳が、「ちょこん」と髪の間から覗いている。
鼻筋が通った端麗な顔立ちには、美しい菫色の瞳が煌めいていた。
肌は、抜けるように白い。
女エルフは……ヴィリヤ・アスピヴァーラである。
ヴィリヤの視線の先には、長身痩躯な法衣《ローブ》姿の男が振り返らず、「すたすた」と歩いていた。
刈り上げてさっぱりした黒髪、黒い瞳を持つ20歳くらいの若い人間族の男だ。
男は……ダン・シリウスである。
大声で呼ばれても、ダンは足を止めない。
「ダーン! ダーン! ダーン!」
ヴィリヤは、再び叫んだ。
しかしダンは、まるで何も聞こえないように歩みを止めない。
「もう!」
悔しそうに叫ぶと、ヴィリヤは改めて走り出した。
エルフ族は他種族に比べて、けして逞しいとはいえない。
肉体的に瞬発力には優れているが、人間やドワーフ族の耐久力や持続力には著しく劣る。
戦士ではない、ヴィリヤのような魔法使いなら尚更だ。
馬車から降りたヴィリヤは、今居る場所まで走って来て、息が切れる寸前であった。
しかし、そんな事に構ってなどいられない。
ダンの歩みは速いが、ヴィリヤに追いかけられて必要以上に速度を上げたりはしなかった。
「はぁはぁはぁはぁ……」
————とうとうヴィリヤは、ダンに追いついた。
ここまで来て遂に、ダンの歩みが止まった。
振り返る。
本当に困ったような表情をしていた。
しかし、ヴィリヤに相手の気持ちを考える余裕はない。
生まれて初めて感じる、身を焦がすような感情をぶつけるしかない。
「はぁはぁ、ダ……ン! わ、私……はぁはぁ……付いて……行きます……よ!」
「…………」
「ずっと!」
「…………」
ヴィリヤの懇願に対して、ダンは相変わらず無言であった。
ただ、ゆっくりと首を横に振っただけである。
そして、「くるり」と踵を返すと、先程まで向かっていた方向に歩き出した。
しかし、歩む速度は先程とは全く違っている。
ゆっくりと……そうまるで亀のような歩みだ。
これなら……
体力がなくなりそうな、今のヴィリヤにも充分付いていける。
嬉々としたヴィリヤが、また歩き出そうとした時、「ポン」と肩が叩かれた。
誰かと思い振り返ると……ヴィリヤと同じくエルフの若い女である。
栗毛の短髪。
理知的な顔立ちの中に、目立つのは切れ長の目。
ヴィリヤの部下、ゲルダ・ボータスであった。
「ヴィリヤ様……私は、貴女の副官……ずっと、お供致します」
同行を告げたゲルダの顔は、可愛い妹を助けようとする姉のような慈愛に溢れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴィリヤとゲルダは、ダンから少し離れてついて行く。
暫し歩いた後、ダンは中央広場から遠くない一軒の店へ入って行った。
それも全く躊躇せず。
ヴィリヤが見れば、2階建てで古ぼけた木造建築の店だ。
「英雄亭?」
ヴィリヤが見た通り店の看板には、思い切り下手くそな字で『英雄亭』と書いてあった。
看板は丸太を割って、その表面に焼印を押した武骨な造りである。
「何、このお店?」
エルフの貴族であるヴィリヤは、王都の街中で食事などしない。
当然、このような冒険者や庶民向けの居酒屋にも来た事がない。
というか、このような店の存在自体も知らなかった。
店の入り口は大きく開け放たれており、「わあわあ」と喧騒が洩れている。
片やゲルダは、ヴィリヤよりは王都の事情に通じていた。
「確か、食事をする店だと思いますよ」
ゲルダの言葉を聞いて、ヴィリヤは再び英雄亭を眺めた。
普段ヴィリヤは主に屋敷で食事を摂り、昼食だけは王宮で摂る。
こんな店で食べるなど、全くピンと来なかった。
一体、どのような食事が出るのだろう?
まるで想像もつかない。
だから、思わず聞いてしまう。
「ゲルダ……そうなの?」
「はい、このようなお店は冒険者達が好みます。お酒も一緒に楽しめる店です。ダンがここへ来たという事は、何か店と関りがあるのでしょう」
ゲルダの説明を聞いて、何となくヴィリヤは納得した。
勇者ダンを、一人前の冒険者に育てたあげたのは自分だと自負している。
しかし実際にヴィリヤが行ったのは、屋敷の中で、他のエルフの魔法使い達とダンへ魔法を教授。
冒険者ギルドに赴いて、ダンの冒険者登録手続きをしたに過ぎない。
その後ヴィリヤは、ダンの行動を自由にさせた。
王都から離れた、フィリップの直轄地でひとり暮らしのOKを出してそのままだ。
加えて、この王都でダンが、どのような生活をしているのかまでは把握していないのである。
「ダンに? ……そう、確かにそうね。ゲルダの言う通りだわ」
「はい! ここに立っていても仕方がありません。店へ入りましょう、ヴィリヤ様」
「ええ、分かりました。……入りましょう、ゲルダ」
こうして……
ヴィリヤとゲルダの主従は、英雄亭へと足を踏み入れたのである。
石畳が敷かれた、円形の広大なエリアである。
広場からは放射線上に道が延び、その先には様々な街区へと行けるようになっていた。
街に見られるのは人間が殆どだが、エルフ、ドワーフも含め……多くの人々で溢れていた。
広場には毎日市が立ち、様々な店が並び雑多なものが売られている。
資金不足で店を出せない者は、行商人として声を嗄らし、商品の売り込みに必死だ。
「ダーン!!!」
その中央広場に、いきなり響き渡る声。
「何事か?」と人々が振り返れば、紺青色の法衣《ローブ》を纏ったひとりの女エルフが大声で叫んでいた。
若いエルフの女。
とても美しい、育ちの良さそうな女。
さらさらな肩までの金髪。
尖った小さな耳が、「ちょこん」と髪の間から覗いている。
鼻筋が通った端麗な顔立ちには、美しい菫色の瞳が煌めいていた。
肌は、抜けるように白い。
女エルフは……ヴィリヤ・アスピヴァーラである。
ヴィリヤの視線の先には、長身痩躯な法衣《ローブ》姿の男が振り返らず、「すたすた」と歩いていた。
刈り上げてさっぱりした黒髪、黒い瞳を持つ20歳くらいの若い人間族の男だ。
男は……ダン・シリウスである。
大声で呼ばれても、ダンは足を止めない。
「ダーン! ダーン! ダーン!」
ヴィリヤは、再び叫んだ。
しかしダンは、まるで何も聞こえないように歩みを止めない。
「もう!」
悔しそうに叫ぶと、ヴィリヤは改めて走り出した。
エルフ族は他種族に比べて、けして逞しいとはいえない。
肉体的に瞬発力には優れているが、人間やドワーフ族の耐久力や持続力には著しく劣る。
戦士ではない、ヴィリヤのような魔法使いなら尚更だ。
馬車から降りたヴィリヤは、今居る場所まで走って来て、息が切れる寸前であった。
しかし、そんな事に構ってなどいられない。
ダンの歩みは速いが、ヴィリヤに追いかけられて必要以上に速度を上げたりはしなかった。
「はぁはぁはぁはぁ……」
————とうとうヴィリヤは、ダンに追いついた。
ここまで来て遂に、ダンの歩みが止まった。
振り返る。
本当に困ったような表情をしていた。
しかし、ヴィリヤに相手の気持ちを考える余裕はない。
生まれて初めて感じる、身を焦がすような感情をぶつけるしかない。
「はぁはぁ、ダ……ン! わ、私……はぁはぁ……付いて……行きます……よ!」
「…………」
「ずっと!」
「…………」
ヴィリヤの懇願に対して、ダンは相変わらず無言であった。
ただ、ゆっくりと首を横に振っただけである。
そして、「くるり」と踵を返すと、先程まで向かっていた方向に歩き出した。
しかし、歩む速度は先程とは全く違っている。
ゆっくりと……そうまるで亀のような歩みだ。
これなら……
体力がなくなりそうな、今のヴィリヤにも充分付いていける。
嬉々としたヴィリヤが、また歩き出そうとした時、「ポン」と肩が叩かれた。
誰かと思い振り返ると……ヴィリヤと同じくエルフの若い女である。
栗毛の短髪。
理知的な顔立ちの中に、目立つのは切れ長の目。
ヴィリヤの部下、ゲルダ・ボータスであった。
「ヴィリヤ様……私は、貴女の副官……ずっと、お供致します」
同行を告げたゲルダの顔は、可愛い妹を助けようとする姉のような慈愛に溢れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヴィリヤとゲルダは、ダンから少し離れてついて行く。
暫し歩いた後、ダンは中央広場から遠くない一軒の店へ入って行った。
それも全く躊躇せず。
ヴィリヤが見れば、2階建てで古ぼけた木造建築の店だ。
「英雄亭?」
ヴィリヤが見た通り店の看板には、思い切り下手くそな字で『英雄亭』と書いてあった。
看板は丸太を割って、その表面に焼印を押した武骨な造りである。
「何、このお店?」
エルフの貴族であるヴィリヤは、王都の街中で食事などしない。
当然、このような冒険者や庶民向けの居酒屋にも来た事がない。
というか、このような店の存在自体も知らなかった。
店の入り口は大きく開け放たれており、「わあわあ」と喧騒が洩れている。
片やゲルダは、ヴィリヤよりは王都の事情に通じていた。
「確か、食事をする店だと思いますよ」
ゲルダの言葉を聞いて、ヴィリヤは再び英雄亭を眺めた。
普段ヴィリヤは主に屋敷で食事を摂り、昼食だけは王宮で摂る。
こんな店で食べるなど、全くピンと来なかった。
一体、どのような食事が出るのだろう?
まるで想像もつかない。
だから、思わず聞いてしまう。
「ゲルダ……そうなの?」
「はい、このようなお店は冒険者達が好みます。お酒も一緒に楽しめる店です。ダンがここへ来たという事は、何か店と関りがあるのでしょう」
ゲルダの説明を聞いて、何となくヴィリヤは納得した。
勇者ダンを、一人前の冒険者に育てたあげたのは自分だと自負している。
しかし実際にヴィリヤが行ったのは、屋敷の中で、他のエルフの魔法使い達とダンへ魔法を教授。
冒険者ギルドに赴いて、ダンの冒険者登録手続きをしたに過ぎない。
その後ヴィリヤは、ダンの行動を自由にさせた。
王都から離れた、フィリップの直轄地でひとり暮らしのOKを出してそのままだ。
加えて、この王都でダンが、どのような生活をしているのかまでは把握していないのである。
「ダンに? ……そう、確かにそうね。ゲルダの言う通りだわ」
「はい! ここに立っていても仕方がありません。店へ入りましょう、ヴィリヤ様」
「ええ、分かりました。……入りましょう、ゲルダ」
こうして……
ヴィリヤとゲルダの主従は、英雄亭へと足を踏み入れたのである。
0
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる