怪奇談士と訳あり妻

しきしまそう

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5.人形の物語

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「朔夜さんなぜここに…!」

彗星は朔夜に抱き留められていることに気づき、ポッと顔を赤らめ、急いで朔夜から離れた。
初めて男性に抱き留められた…と、胸の高鳴りを隠せず、思わず朔夜に背を向ける。
家の中に籠り生活しているのに反して、朔夜の体、腕は逞しく感じられた。

「いや、貴方が急に人形をもう一度見せてくれと言って、その後すぐ出かけたら何かしらあるのではないかと疑うでしょう。なので後を付けさせてもらいました」
「た…確かにそうですね…」

もう少し慎重に行動すればよかったと反省する。
そして彗星は先ほどの朔夜の言葉を思い出した。

「妻…」
「え?」
「いや、さっき私のこと妻って…」
「貴方は私の妻ではないんですか?」

そうまっすぐ見つめてくる朔夜の瞳。嘘をついているようには見えなかった。確かに彗星は妻であるが、朔夜が自分のことをどう思っているのが今までわからなかった。たった一言、妻と言ってくれるだけで、彗星は何より嬉しかった。

「一度捨てた物なんだから、私にはもう関係ないよ!」

そんな二人を引き裂くような大声が響き渡る。先ほどから執事がこの屋敷の奥様の怒りを宥めようと必死に説得を試みている。
朔夜は口と鼻を自分の手で覆い、眉間に皺を寄せている。
今まで見たことない行動に、彗星は不思議と気になってしまった。

「奥様、この人形は牡丹お嬢様がとても大切にしていたもの…そもそも捨てるというのが…」
「貴方も聞いたでしょ!この人形がすすり泣く声を!そのせいで何人も使用人が辞めていくのよ!もう我慢の限界なの!」
「しかし…」
「じゃあこの人形は貴方に任せるわ!責任もって処分してちょうだい!」

そう言うと奥様はドレスの裾を持ち上げ、足早に屋敷へと戻っていった。
金切り声がなくなり、静寂に包まれる。周りの木々が風に揺れる音や、鳥たちの囀りが聞こえてくる。ここは自然豊かな落ち着いた素敵な場所であることに今気づい
た。
朔夜も手を口元から外し、大きく深呼吸をした。
「お騒がせしてしまい大変申し訳ございません。ここではなんですので、使用人たちが寝泊まりする離れがございます。そこでお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

この人形の話が聞けるかもしれない。
彗星と朔夜は顔を見合わせ、静かに頷いた。
使用人たちが寝泊まりする場所は、屋敷の中の外れにあり、木造二階建ての小さな建物だった。入口の戸を開ければギイイという鈍い軋んだ音が鳴る。建てられてから相当な年月が経っていることが分かる。しかし中はきちんと整頓されており、清潔感を感じる。玄関を入ってすぐの部屋は客人対応の間になっているようで、小さい部屋ではあるが、机と一人用ソファーが三つ置かれていたのでそれぞれソファーに座る。
執事にお茶を…と言われたがお構いなくと朔夜が断りをいれた。

「あの…この人形について教えてもらえますか?」

彗星は抱きかかえていた人形を執事の方へと向けた。
執事はふう…と小さくため息をついて話始めた。

「このお人形は牡丹お嬢様がとても大事にしていたものなんです…。お嬢様はお生まれになってからずっと体が弱く、屋敷の中で過ごすことが多かったので、このお人形を友達のようにしていつも一緒に遊んでおられました。しかし先月…風邪を拗らせてしまい亡くなられたのです…」

執事は失礼、と流れた涙をハンカチで抑えた。

「しかし…娘が大事にしていた人形なら泣き声が聞こえてきたとしてもすぐに捨てるなんてことしますか?」
朔夜はずれ落ちてきたメガネを中指で上げる。
「…お嬢様は亡くなられた前妻の娘でして…先ほどお会いしたかたは数年前にご結婚なされた後妻の方なんです」
「…なるほど」

彗星がずっと黙って話を聞いてることが気になり、朔夜は彗星に視線を送るが、彗星はじっと人形のことを見つめ、何度か小さく頷いていた。
人形はずっと彗星に訴えかけていた。牡丹お嬢様は亡くなられた実の母のことを想っていたこと、後妻になられた奥様とも仲良くしようと努力していたこと。しかし、後妻にとっては前妻の娘は疎ましく思え、牡丹お嬢様には冷たく当たり、実の娘ばかり可愛がっていたという。
人形が言ってることと全く同じことを執事が話をしているので、人形の話に間違いはないようだ。

「牡丹お嬢様が亡くなられてからは、お嬢様のお写真の隣にこの人形を置いて、お嬢様が一人で寂しくないようにとしていたのです…ところが、その後から使用人たちが不思議なことを言い出したんです。夜になるとお嬢様の部屋からすすり泣く声が聞こえる…その声はこの人形から聞こえてくると…」
「貴方もその声を聴いたんですか?」
「はい…その声を聴いた使用人が何人も辞めてしまったので、私が夜中屋敷内を見回ることになって…その時に…シクシクという泣き声と人形が涙を流しているのを見ました」
「貴方は怖くなかったんですか?人形が涙を流しているのを見たら普通、驚いて腰を抜かしそうなものですが」
「たしかに…人形が涙を流しているのを見て、最初は驚きました。でも私もこの部屋で元気に遊ぶお嬢様を思い出してしまい、一緒に涙を流してしまいました。怖いという気持ち以上に、この人形も私と同じ、お嬢様が亡くなって悲しんでいるんだなという想いが強かったのです」

人形は彗星に語り掛ける。

〈カレハ…スゴクイイヒト…ボタンヲオモッテ…イッショニナイテクレタ…デモ…アノオンナガ…ワタシノコト…ステタ!」

「最初奥様は人形の噂は信じていなかったのですが、実際に泣き声を聞いてしまったようで…知り合いの伝手をたどり、人形を処分したとおしゃっていました。捨てられる前に私が気づけばよかったのですが…」

執事は申し訳なかったね…と人形の頭を撫でる。すると先ほどもまで怒りの感情に震えていた人形が、ふっと柔らかな笑みをしたような気がした。人形も執事のことを慕っているのが伺える。

「それで我が家の前に人形を置き去りにしていったんですね」
「置き去りに…ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。こちらに人形に関しては私が責任を持って傍に置いておきたい…ところなのですが」

執事は下を向き、右手で眉間を抑え、何か考え事をしているようだった。

〈カレ…シゴトヲ…ヤメテシマウノ〉

「お仕事…辞められるんですね」

彗星がぽつっとつぶやくて、なんで分かるんですか!?と、執事は細い目を大きく見開いた。
いやなんとなくそうなんじゃないのかなーと誤魔化す彗星であるが、朔夜は何か言いたげな表情で彗星のことを見つめていた。

「そうなんです…隠居先に人形を連れ帰ることも考えたのですが、身寄りがないゆえ…私が亡くなってからこの人形がどうなってしまうのか心配で…どこかに供養した方がいいのかと考えておりました」

〈クヨウハイヤ!〉

人形が今日一番の大きさの声を上げた。聞こえているのは彗星だけなので、彗星だけがびくっと体を震わせ、思わずのけ反ってしまった。

〈カレマデナクナッタラ…ダレガボタンノコトヲオモイダスノ?ワタシダケモイイカラ…ボタンノコトヲオモイダシテゲタイ〉

人形は今にも泣きだしそうな声と表情で彗星に訴えてきた。
この屋敷には、亡くなった牡丹お嬢様のことを弔い、想う人がいないのかもしれない。
私だけでも牡丹お嬢様様のことを想っていたい…という人形の切実な願い。

「きっとこの人形も、誰かの元にあるよりも、安らかに眠り…供養をされることを望んでいるのでしょう。天国でお嬢様と共に過ごしてもらおうと思います」

〈イヤ!クヨウハサレタクナイ〉

人形はとうとう両の目からぽろぽろと涙を流し始めた。
朔夜は急いで彗星の傍に駆け寄り、その人形を私に!と彗星から人形を受け取ろうとした。

「私は大丈夫です!」

彗星は人形をきつく抱きかかえ、人形の言葉に必死に耳を傾けた。

〈ネエ!アナタキコエテイルンデショ!ワタシノコトバヲツタエテヨ!ワタシハコノママ…ボタンノコトヲオモッテイタイノ!〉

彗星はぎゅっと人形を抱きしめて下を向いた。
このまま人形の言葉を伝えれば、自分が人形の声が聞こえることが朔夜にバレてしまう。
先ほど、夫人から守ってくれた朔夜さん。今まで冷淡な態度で、自分のことは嫌っているのではないかと思っていた。でも、先ほどの行動で、朔夜は自分のことを妻と言ってくれた。ちゃんと自分のことを妻として思っていることが分かった。
だからこそ、自分のこの能力が知られ、昔のように大切な人に非難されるのが怖くて仕方がなかった。
でも、それと同じくらい、人形の強い訴えを彗星は無視することができなかった。

「あの…」
彗星が口を開くと、執事と朔夜は同時に彗星の方を見た。

「供養は…嫌…と言っています」
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