【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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前編

ゼノ様の手料理

別邸の鍛錬室に満ちていた黄金の光が、静かに霧散していく。

 初めて自らの意志で引き出した魔力。その心地よい疲労感に包まれながら、私は額の汗を拭った。

​「お疲れ様、ミア。……素晴らしい集中力だったよ」

​ アポロ様が感心したように杖を収める。隣では、ゼノ様が私の肩を抱き寄せ、心配そうに瞳を揺らしていた。

​「ミア、身体は重くないかい? 指先が冷えてはいないか? ……やはり、僕がそばにいながら無理をさせすぎた。すぐに休ませなければ」

​「ふふ、大丈夫ですよゼノ様。なんだか、今までよりもずっと身体が軽いくらいなんです」

​ 私が微笑むと、ゼノ様は安心したように安堵の吐息を漏らした。それから、彼は何かを思いついたように金髪を揺らし、不敵な笑みを浮かべたのだ。

​「そうだ。特訓に疲れただろう? 今夜の昼食は、僕が君に振る舞うことにしよう。エリュシオンの男は、大切な女性に手料理を贈るのが伝統だからね」

​「え……? ゼノ様が、お料理を……?」

​ 私が驚いて見上げると、ゼノ様は「任せておけ」とばかりに胸を張った。最強の竜騎士として数々の戦場を制してきたその背中は、今、キッチンという新たな戦場へ向かおうとしていた。

​ ……その時、傍らで様子を窺っていたアポロ様が、顔を引きつらせて私の耳元で囁いた。

​「(……ミアちゃん、悪いことは言わない。今のうちに『お腹が空いていない』って断るんだ。さもないと、君は今日、本当の意味での『地獄』を見ることになる)」

​「アポロ! 貴様、こそこそと何を吹き込んでいる!」

​「いやあ、親友の勇姿を見届けようと思ってね。……じゃあゼノ、期待しているよ」

​ ゼノ様はアポロ様を無視して、颯爽とエプロンを身に纏って、厨房へと消えていった。

​ 一時間後。

 別邸のサロンに、かつてない不穏な「音」が響き始めた。

​ ――ガツン!
 ――ドゴォォォン!!

​「……ゼノ様? 今、何か爆発しませんでしたか?」

​ 不安になって立ち上がろうとする私を、アポロ様が涼しい顔で制した。

「落ち着いて、ミア。あれはきっと、お肉を叩いている音……か、あるいはキッチンに潜む魔物と戦っている音だよ。彼は何事も『全力』だからね」

​ しばらくして、さらに凄まじい衝撃音が響き、廊下の方からうっすらと紫色の煙が流れてきた。
 そして。

​「……お待たせ、ミア。僕の魂を込めた、特製ステーキだ」

​ 扉が開かれ、ゼノ様が現れた。
 ……その姿は、まるで激戦を終えた後のようだった。金髪にはすすがつき、自慢のエプロンはあちこちが焦げている。

 そして、彼がうやうやしくテーブルに置いた銀の皿の上には――。

​「…………これ、は」

​ そこにあったのは、もはや「肉」という概念を超越した、真っ黒な炭の塊だった。

 表面からはパチパチと火花のような魔力が漏れ出し、お皿の端っこでは、添えられたはずの野菜がどろどろとした正体不明の液体に溶けている。

​「……ゼノ。これ、一突きで城門を破壊する時の魔力密度になっていないかい?」

​「……うるさい。火力が少し強すぎただけだ。だが、味は保証する! 僕はレシピ通りに魔槍……じゃなくて、包丁を振るったんだからな!」

​ ゼノ様は自信満々に言い切るけれど、その耳は真っ赤に染まっている。

 私は、ゼノ様の煤だらけの顔と、私のために一生懸命戦ってくれた(?)であろう「それ」を交互に見つめた。

​(ゼノ様……私のために、こんなにボロボロになって……)

​ 私は勇気を出して、一番マシそうな欠片を口に運んだ。

 ……口に入れた瞬間、脳内に雷が落ちたような衝撃が走り、味覚が「無」へと還っていく感覚に襲われた。これは、食べ物ではない。

​「……ミア? どうだい?」

​ ゼノ様が期待に満ちた赤い瞳で私を覗き込んでくる。私は、必死に涙を堪えながら、最高の笑顔を作った。

​「……はい。とっても……とっても、『力強い』味がします、ゼノ様」

​「……力強い? ――ああっ、そうか! やはり君には、僕のこの溢れんばかりの活力が伝わったんだね!」

​ ゼノ様はパアァッと顔を輝かせ、満足そうにうなずいた。隣でアポロ様が「……ミアちゃん、君、本当の聖女だよ。慈悲の心が神の領域だ」と頭を抱えている。

​「よし! ならば明日は、この国に伝わる伝統のスープに挑戦しよう。一週間分、僕が君の三食すべてを……」

​「あ、あの! ゼノ様! 明日は……明日は、私がゼノ様にお料理を作らせてください!」

​ 私は、彼の「料理の続き」という名の追撃を阻止するため、必死に彼の腕を掴んだ。

 ゼノ様は一瞬驚いた後、笑顔で私を抱きしめた。

​「……そうか。ミアの手料理か。……ああ、嬉しいよ。君の愛に、僕は今から胸が張り裂けそうだ」

​ 私の必死の制止さえも、幸せな勘違いで受け止めてしまう騎士様。

 黄金の光が差し込むサロンで、私は胃の辺りに残る「力強い味」の余韻に耐えながら、二度と彼をキッチンに入れないと、静かに心に誓ったのだった。

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