【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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後編

騎士への手向け

 バルガ帝国の旗艦を退けた後の夜は、ひどく静かであった。

 私たちは深い森の奥、巨木が空を隠すような場所に野営地を設けた。焚き火の爆ぜる音だけが、世界の脈動を教えてくれる。

​ 私の身体は、いまや熱を失った彫像のようであった。ゼノ様が私の手を握り、必死に私の安否を確認しているのは分かる。けれど、その指先の熱は、今の私には「情報」としてしか届かない。

​「……ミア、少し水を汲んでくる。アポロ、彼女から目を離すなよ」

​ ゼノ様は私の手を離すと、短くアポロ様に告げて森の闇へと消えていった。

 焚き火を挟んで、私とアポロ様だけが残される。

 アポロ様は銀髪を月光に透かせ、いつになく真剣な表情で古い魔導書を閉じた。

​「……ミアちゃん。君は不思議に思っているだろうね。なぜ僕が、自分の地位や安全を放り出してまで、君たちのわがままに付き合っているのか」

​ アポロ様の瞳が、私を真っ直ぐに射抜いた。

 私はゆっくりと頷く。彼は宮廷魔導師団長だ。彼がいなければ王都の防御は半減する。それほどのリスクを冒してまで、彼は私たちの隣にいる。

​「理由は、あの騎士だよ」

​ アポロ様は、ゼノ様が去っていった方向を、慈しむような、けれどどこか悲しげな目で見つめた。

​「ゼノはね、昔から『完璧』であろうとしすぎたんだ。最強の竜騎士、高潔な皇子……。彼は他人の期待に応えるために、心を殺して生きてきた。そんな彼が、あの森で君を見つけ、初めて『自分の意志』で何かを欲したんだ。……君という存在が、あの男を一人の人間に変えてくれたんだよ」

​ アポロ様の声は、夜風に溶けるように柔らかかった。

​「僕は、彼の幼なじみとして、そして友として……彼がようやく手に入れたその『幸福』を、何としても守りたかった。……だから、僕がここにいるのは君のためだけじゃない。ゼノがゼノでいられる世界を、僕の魔法で繋ぎ止めたいだけなんだ」

​「……アポロ、様……」

​「それにね、ミアちゃん。君の放つ光は、僕たち魔導師にとっても『夢』なんだ。理論や数式では説明できない、純粋な命の輝き。……それをバルガ帝国のような連中に汚させるのは、僕の美学が許さない」

​ アポロ様の瞳の奥には、友への深い信愛と、私に対する確かな敬意が宿っていた。
 
 やがて、ゼノ様が戻ってきた。

 彼は私たちが静かに語らっているのを見て、僅かに赤い瞳を細めたが、すぐに私の隣に腰を下ろし、私の冷えた身体を再びその腕で包み込んだ。

​「アポロ。……ミアを怖がらせるような怪談話はしていなかっただろうな?」

​「失礼だね。僕は彼女のルーツについて、専門的な考察を述べていただけだよ」

​ 二人のいつものやり取り。

 感覚を失った私の胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。

 最強の槍と、最高の知恵。

 この二人の騎士が私を支えてくれる限り、私はどんな冷たい代償にも屈しない。
 
 明日はいよいよ、聖地への入り口だ。

 私はゼノ様の心臓の鼓動を感じながら、深い眠りへと落ちていった。

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