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水底の再始動
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俺はロジーに促され、家の外へと出た。ニナも見てみたいといい、俺に付いてきて付近にあった岩へと飛び乗った。庭の先には深い森が広がっている。
ロジーは俺の「出力」を見たいと言い、数百メートル先の大樹を指差した。
「先ほどは出来なかったようだけど…。魔法はイメージだ。ルイくんの中にある『水』を、ただそこにあるべき形へ還すだけ。キミはあの湖で、どんな水を感じたんだい?」
ロジーのアドバイスを受け、俺は目を閉じた。
思い出すのは、あの呪いの湖。重く、冷たく、容赦なく俺の酸素を奪い、沈めていった「絶対的な力としての水」。
「……貫け」
右手を突き出した瞬間、空気が鳴った。
放たれたのは美しい水流などではない。超高圧で圧縮された、一条の「杭」だ。
轟音と共に放たれた杭は、標的の大樹を紙細工のように貫通し、背後の木々を数本なぎ倒して、森の奥深くで爆発的な水飛沫を上げて消えた。
「……ふぅ。これでいいか?」
「うそ!?基礎もすっ飛ばしてこれ!?」
ニナが驚愕の声を上げ、岩から飛び降りて駆け寄ってくる。
一方でロジーは、面白そうに喉を鳴らした。
「……いいじゃないの。ルイくんは間違いなく、この世界の救世主だよ」
ロジーは満足げに笑った。
「……師匠。あんた、なぜ俺の名前を知っていたんだ。それに、俺が来ることに驚きもしなかったのは、なぜだ」
俺がずっと抱いていた疑問を投げかけると、ロジーはニヤリと笑った。
「あぁ、それかい? ワタシはね、ニナと契約して彼女の『目』を覗けるようにしているんだ。彼女が視る予言――つまり君が湖で拾われる光景を、ワタシも特等席で鑑賞させてもらっていたってわけさ」
なるほど、納得だ。
庭での初魔法は、俺の中に奇妙な高揚感と、それ以上の疲労感を残した。
日が沈む頃、俺の腹は情けない音を立てた。思えば、あの湖で死のうとしてから、まともな食事など摂っていない。
「さあ、修業の後は栄養補給だ! ルイくん、ワタシの特製料理を召し上がれ」
リビングの長テーブルには、見たこともない料理が並べられていた。
紫色の皮を剥いた蒸したての芋、見た目は鶏肉だが異様に肉厚なソテー、そして琥珀色に輝く、とろみのついたスープ。
「……これは、何の肉だ」
「それは『タルファン』のモモ肉だよ。こっちのスープは、魔力を活性化させるハーブをたっぷり煮込んだんだ。見た目はアレだけど、味は保証するよ」
「タルファン」………聞いたことがないな。俺は恐る恐る、銀のフォークで肉を口に運んだ。
噛んだ瞬間、弾力のある食感と共に、濃厚な肉汁があふれ出す。現世の鶏肉よりもずっと力強く、それでいて臭みはない。スープは、飲むたびに指先のしびれが引いていくような、不思議な温かさを伴っていた。
「……悪くない。エネルギー効率は良そうだ」
「あはは、ルイってば食レポまで理屈っぽいんだから! ほら、このパンも食べて。ふわふわで美味しいよ」
ニナが自分の顔と同じくらいの大きさのパンを差し出してくる。
白髪を揺らしながら幸せそうに頬張る彼女の姿は、やはりどこか、餌をもらったばかりの白猫を連想させた。
ふと、足元に柔らかな感触があった。
見下ろすと、ロジーが従えていた魔獣たちが、俺の膝に頭をすり付けていた。
昼間、俺が高威力の魔法を放った瞬間に、喉を鳴らして興奮していた連中だ。
「……なんだ。お前らにも食わせろっていうのか?」
「いやいや、彼らはね、強い魔力に惹かれる習性があるんだよ。ルイくん、君が放ったあの冷徹な『水』の波動に、すっかり当てられちゃったみたいだね」
ロジーが愉快そうに笑う。
確かに、魔獣たちの瞳は爛々と輝き、俺から発せられる魔力の残滓を慈しむように、期待に満ちた声を漏らしていた。まるで「もっと見せてくれ」とせがんでいるかのように。
「……期待されても困る。俺は魔法を、ただの手段としてしか見ていない」
そう言いながらも、俺は皿の端っこにあった肉を一切れ、足元の魔獣へ放ってやった。
バクッと一口で平らげ、嬉しそうに尻尾を振る異形の生物。
期待。賞賛。依存。
現世で俺を追い詰めたそれらが、この世界ではなぜか、少しだけ違った色に見えた。
「ねえルイ、明日はもっと早く起きられる? 師匠がね、とっておきの訓練場所があるんだって!」
「……検討しておこう。睡眠時間は最低六時間は確保したい」
俺は冷めた声を装いながら、温かいスープを飲み干した。
水底に沈んだはずの俺の人生。
見知らぬ料理。やかましい少女。扱えない師匠。
計算外の連続だ。だが、俺が思っていたよりも悪くないのかもしれない。
その夜、俺はニナの家に用意された一室で、泥のように深い眠りに落ちた。
ルイが眠りについた後。
リビングでは、ニナが窓の外を見つめて震えていた。
(……見えちゃった)
彼女の「目」が捉えたのは、先ほどルイが見せた強大な力による救済の未来――ではなかった。
一面が真っ赤に染まった世界。その中心に立つ、虚無を纏った男の背中。
「ニナ、どうしたんだい? そんな顔をして」
背後からロジーが声をかける。彼はニナの目を覗けるはずだが、彼女が「意識して隠そうとした深層の視界」までは、まだ完全に共有できていない。
「……ううん、なんでもない。ちょっと疲れちゃっただけ」
ニナは首を振った。ロジーやルイには言えない。彼を「救世主」だと予言した自分が、今さら「君は世界を滅ぼすかもしれない」などと。
ロジーは俺の「出力」を見たいと言い、数百メートル先の大樹を指差した。
「先ほどは出来なかったようだけど…。魔法はイメージだ。ルイくんの中にある『水』を、ただそこにあるべき形へ還すだけ。キミはあの湖で、どんな水を感じたんだい?」
ロジーのアドバイスを受け、俺は目を閉じた。
思い出すのは、あの呪いの湖。重く、冷たく、容赦なく俺の酸素を奪い、沈めていった「絶対的な力としての水」。
「……貫け」
右手を突き出した瞬間、空気が鳴った。
放たれたのは美しい水流などではない。超高圧で圧縮された、一条の「杭」だ。
轟音と共に放たれた杭は、標的の大樹を紙細工のように貫通し、背後の木々を数本なぎ倒して、森の奥深くで爆発的な水飛沫を上げて消えた。
「……ふぅ。これでいいか?」
「うそ!?基礎もすっ飛ばしてこれ!?」
ニナが驚愕の声を上げ、岩から飛び降りて駆け寄ってくる。
一方でロジーは、面白そうに喉を鳴らした。
「……いいじゃないの。ルイくんは間違いなく、この世界の救世主だよ」
ロジーは満足げに笑った。
「……師匠。あんた、なぜ俺の名前を知っていたんだ。それに、俺が来ることに驚きもしなかったのは、なぜだ」
俺がずっと抱いていた疑問を投げかけると、ロジーはニヤリと笑った。
「あぁ、それかい? ワタシはね、ニナと契約して彼女の『目』を覗けるようにしているんだ。彼女が視る予言――つまり君が湖で拾われる光景を、ワタシも特等席で鑑賞させてもらっていたってわけさ」
なるほど、納得だ。
庭での初魔法は、俺の中に奇妙な高揚感と、それ以上の疲労感を残した。
日が沈む頃、俺の腹は情けない音を立てた。思えば、あの湖で死のうとしてから、まともな食事など摂っていない。
「さあ、修業の後は栄養補給だ! ルイくん、ワタシの特製料理を召し上がれ」
リビングの長テーブルには、見たこともない料理が並べられていた。
紫色の皮を剥いた蒸したての芋、見た目は鶏肉だが異様に肉厚なソテー、そして琥珀色に輝く、とろみのついたスープ。
「……これは、何の肉だ」
「それは『タルファン』のモモ肉だよ。こっちのスープは、魔力を活性化させるハーブをたっぷり煮込んだんだ。見た目はアレだけど、味は保証するよ」
「タルファン」………聞いたことがないな。俺は恐る恐る、銀のフォークで肉を口に運んだ。
噛んだ瞬間、弾力のある食感と共に、濃厚な肉汁があふれ出す。現世の鶏肉よりもずっと力強く、それでいて臭みはない。スープは、飲むたびに指先のしびれが引いていくような、不思議な温かさを伴っていた。
「……悪くない。エネルギー効率は良そうだ」
「あはは、ルイってば食レポまで理屈っぽいんだから! ほら、このパンも食べて。ふわふわで美味しいよ」
ニナが自分の顔と同じくらいの大きさのパンを差し出してくる。
白髪を揺らしながら幸せそうに頬張る彼女の姿は、やはりどこか、餌をもらったばかりの白猫を連想させた。
ふと、足元に柔らかな感触があった。
見下ろすと、ロジーが従えていた魔獣たちが、俺の膝に頭をすり付けていた。
昼間、俺が高威力の魔法を放った瞬間に、喉を鳴らして興奮していた連中だ。
「……なんだ。お前らにも食わせろっていうのか?」
「いやいや、彼らはね、強い魔力に惹かれる習性があるんだよ。ルイくん、君が放ったあの冷徹な『水』の波動に、すっかり当てられちゃったみたいだね」
ロジーが愉快そうに笑う。
確かに、魔獣たちの瞳は爛々と輝き、俺から発せられる魔力の残滓を慈しむように、期待に満ちた声を漏らしていた。まるで「もっと見せてくれ」とせがんでいるかのように。
「……期待されても困る。俺は魔法を、ただの手段としてしか見ていない」
そう言いながらも、俺は皿の端っこにあった肉を一切れ、足元の魔獣へ放ってやった。
バクッと一口で平らげ、嬉しそうに尻尾を振る異形の生物。
期待。賞賛。依存。
現世で俺を追い詰めたそれらが、この世界ではなぜか、少しだけ違った色に見えた。
「ねえルイ、明日はもっと早く起きられる? 師匠がね、とっておきの訓練場所があるんだって!」
「……検討しておこう。睡眠時間は最低六時間は確保したい」
俺は冷めた声を装いながら、温かいスープを飲み干した。
水底に沈んだはずの俺の人生。
見知らぬ料理。やかましい少女。扱えない師匠。
計算外の連続だ。だが、俺が思っていたよりも悪くないのかもしれない。
その夜、俺はニナの家に用意された一室で、泥のように深い眠りに落ちた。
ルイが眠りについた後。
リビングでは、ニナが窓の外を見つめて震えていた。
(……見えちゃった)
彼女の「目」が捉えたのは、先ほどルイが見せた強大な力による救済の未来――ではなかった。
一面が真っ赤に染まった世界。その中心に立つ、虚無を纏った男の背中。
「ニナ、どうしたんだい? そんな顔をして」
背後からロジーが声をかける。彼はニナの目を覗けるはずだが、彼女が「意識して隠そうとした深層の視界」までは、まだ完全に共有できていない。
「……ううん、なんでもない。ちょっと疲れちゃっただけ」
ニナは首を振った。ロジーやルイには言えない。彼を「救世主」だと予言した自分が、今さら「君は世界を滅ぼすかもしれない」などと。
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