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第一章 白銀成長編
第十六話 男たちは平原へ
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ルカタ団長が率いる演劇旅団は、全国を巡りながら、この大陸に伝わる神話を劇にして公演している。
子供にはわかりやすく、大人には美しくみせることで、幅広い世代に人気を博している。
そのため、知名度が高く、その規模も年々大きくなってきているようだ。
現在は劇に携わるメンバーが20人強おり、こうした移動中にも発声練習や小道具の作成など、日々努力を重ねている。
ヒイラギたちはその護衛として、メンバー全員の命を守ること。
メンバーが乗る馬車と道具を積んでいる荷馬車、食料や貴重品を載せている荷馬車を守ることが使命だ。
護衛の初日はそうした細かい話を、フェンディーが道すがら教えてくれた。
そんな暇があるほど何事もなかった日中を過ごすと、夕食の時間がやってきた。
最初のあいさつにあった通り、食事の支度は団員の人たちが手際よくやってくれた。
焚火を囲みながら、野菜がしっかりと煮込まれたスープを飲んでいると、隣にフェンディーがやってきた。
「初めての依頼はどうだ? 昼間は何もなかったが、油断しちゃあダメだぞ」
「はい、もちろんです。依頼は初めてですが、旅はそうではないので、心得ているつもりです」
「そうか。ノデトラム公国には行ったことあるのか?」
温かいスープをすすると、野菜を口に運ぶフェンディー。
ヒイラギも野菜を口に入れると、噛む間もなく溶けてなくなった。
「ありますよ。昔、父と一緒に訪れました」
「いい国だよな。シーナリーム王国もいいところだとは思うけどよ。
小さな国だが活気があって、平和で」
「……そうですね。どこもそういう風に平和だったら、僕たち傭兵はいらないんですけどね」
「はは。もし傭兵がなくなったら、俺は大工にでもなろうか」
笑いじわを深くしながら、金づちを振るマネをする。
そしてスープを一気に飲み干すと、立ち上がった。
「邪魔して悪かったな。今晩の見張りは俺たちの班じゃないから、ゆっくり休めよ」
「はい。昼間に引き続き、色々話してくださってありがとうございました」
軽く手を挙げると、フェンディーは食器を団員の元へと返しに行った。
ヒイラギはまだ残っているスープを口にする。
焚火を見ていると、その味がわからなくなっていった。
護衛2日目。
この日も、ヒイラギたちの班長がずっこけたこと以外は何も起こらず、順調に西へと進んだ。
今までは森の中を進んでいたが、ようやくそれを抜けて新緑に染まった平原へと出た。
明日からは今まで以上に歩みが進むだろう。
今日も用意されたスープを飲む。
2日目ということもあってか、仲を深めた傭兵どうしで語り合っているところも出始めていた。
その様子を見てか、ルカタ団長がある提案をした。
「皆さん。護衛していただきありがとうございます。
まだこれからも旅は続きますので、退屈な夜も訪れることでしょう。
そこでご提案なのですが、今夜から毎晩、私たちの劇を披露させていただいてもよろしいでしょうか。
私たちにとってもよい練習になりますし、皆さんにとっても、多少の暇つぶしにはなるかと思いますよ。
ああ、もちろんお代をいただくようなことはいたしません。
まあ、見張りの方々は、そちらに専念していただきたいと願いますけども」
はははと短い笑いが各所で起こる。
反対する声は特に出なかった。
むしろタダで人気の劇を見られるとあって、普段そういうものに興味のなさそうな傭兵すらも乗り気だった。
そういうことで、この日から毎夜、簡単な劇が行われることになった。
「この大陸には様々な神話が語り継がれておりますが、今回披露いたしますのは、『不変の女神と、生と死の男女神』でございます。
短い時間ではございますが、どうかお楽しみください」
必要最低限の大道具と背景が置かれた舞台に、衣装に着替えた役者たちが登場する。
語りを交えて行われるその劇は、生と死、それに属さない不変をそれぞれ象徴した神が、思想の違いから仲違いする話だった。
「ああ、人の子らよ。生と死がある儚き者らよ。せめて私の眼前で、その命を散らすことなかれ」
白いシースルーを羽織った女性の役者が、不変の女神であるパーメントを神秘的に演じる。
「我が与えるは平等な死。万物に終わりあり。それこそ唯一絶対の価値なり」
黒い大きな盾を持った男性が演じるのは、荘厳な死の男神であるスードートゥだ。
「始まりは喜び。終わりは恐怖。終わりなきは絶望。生の瞬間にのみぞ輝きあり」
紫色の剣にすがりつく女性は、生の女神であるレーヴェレ。
「この尊き3柱は最初こそ、互いの役目、互いの存在を認めておりました。
しかしあるとき、不変の女神と生の女神は、死の男神にそれぞれの感情を抱いてしまうのです」
「目の前で命が消えていく。なにゆえ人は死を迎えるか。
スードートゥよ。死の神よ。私はあなたが恐ろしい。
身を隠さねば彼の者に、不変の終わりを告げられよう」
シースルーを振り乱し、舞台からはけていく。
「生誕すればみな滅びゆく。終わりを下すは誰ぞ。
スードートゥよ。死の神よ。私はあなたが恨めしい。
その力さえもこの手にあれば、命の循環思うまま」
紫色の剣を手にすると、死の男神の背後に忍び寄り、その喉元をかき切った。
「死の男神は哀れにも、生の女神によって死を与えられてしまいました。
生の女神は生と死の女神となって、今もこの世界の生き死にを司られておられるとか」
語りが締めの言葉を述べ終えた。
おとなしめだがしっかりとした拍手が届けられる。
ヒイラギは白銀の剣が収められている鞘をそっとなでると、拍手に加わった。
護衛3日目。
この日の昼間は、飢えて倒れていた数人の男性を介抱した以外、やはり何も起こらなかった。
助けてもらった男たちは、恩返しをしたいと言い出し、平原で獣を狩ると言って飛び出していった。
日がほとんど落ちかけており、野営の場所を決定したタイミングだったが、どうしてもと言って聞かなかったのだ。
それから数時間が経った。
「あの男たち全然戻ってこねえな。探しに行くか?」
「馬鹿言え。俺らの為すべきことは、演劇旅団の人たちを守ることだ。
今日たまたま助けたやつらに割く時間も人員もないさ」
傭兵たちが判断に迷っていると、ルカタ団長と3人の班長が話し合いを終えて馬車の中から出てきた。
そして、ルカタ団長が通る声で全員に向けて話し始めた。
「皆さん。今晩はより厳重に警戒をお願いいたします。
襲撃を受ける可能性が高いとのことですので、迎え撃つ用意をしてください」
その言葉を聞いて、困惑する傭兵たちと顔つきが変わる傭兵たちに分かれた。
ヒイラギはそう言う理由に見当を付けると、自分の見張りの位置で気を引き締めた。
「少年。……っと、俺から何か言う必要はなさそうだな」
フェンディーが剣と盾を手にした状態で気にかけてくれた。
「大丈夫です。ありがとうございます。
……おそらくですけど、昼間に助けた男たちですよね」
考えていた警戒の理由を確かめるために、フェンディーに問いかける。
「そうだと思うぜ。賊の仲間か、脅されてやった罪のない人たちかはわからんが。
野営を決めたところで無理やりそれっぽい理由で出て行って、今も戻らないことを考えると。
十中八九、この場所を知らせに走っていったんだろうな」
珍しい手口とまではいかないが、実際に体験するのは初めてだとフェンディーは付け足す。
「ですが、こんな風に警戒されているところに、本当にやってくるんでしょうか」
「普通ならしないな。そんなときに来るなんて自殺行為だ。
ただ、襲ってくるやつらも……いる」
「自信があるんでしょうか」
「かもしれないな。通り名は傭兵じゃなくてもつくからな。
こういう傭兵の集団をつぶすことで、悪名を轟かせたいと考える狂人もいるさ」
「――賊が来たぞ!!!!!」
ヒイラギとフェンディーが見張っている方向とは反対側から大声が飛ぶ。
振り返ると、丘の向こうからかなりの数の松明の炎が近づいてくるのが見えた。
ヒイラギは白銀の剣を抜く。
初めての護衛依頼。命を守る戦いが始まろうとしていた。
子供にはわかりやすく、大人には美しくみせることで、幅広い世代に人気を博している。
そのため、知名度が高く、その規模も年々大きくなってきているようだ。
現在は劇に携わるメンバーが20人強おり、こうした移動中にも発声練習や小道具の作成など、日々努力を重ねている。
ヒイラギたちはその護衛として、メンバー全員の命を守ること。
メンバーが乗る馬車と道具を積んでいる荷馬車、食料や貴重品を載せている荷馬車を守ることが使命だ。
護衛の初日はそうした細かい話を、フェンディーが道すがら教えてくれた。
そんな暇があるほど何事もなかった日中を過ごすと、夕食の時間がやってきた。
最初のあいさつにあった通り、食事の支度は団員の人たちが手際よくやってくれた。
焚火を囲みながら、野菜がしっかりと煮込まれたスープを飲んでいると、隣にフェンディーがやってきた。
「初めての依頼はどうだ? 昼間は何もなかったが、油断しちゃあダメだぞ」
「はい、もちろんです。依頼は初めてですが、旅はそうではないので、心得ているつもりです」
「そうか。ノデトラム公国には行ったことあるのか?」
温かいスープをすすると、野菜を口に運ぶフェンディー。
ヒイラギも野菜を口に入れると、噛む間もなく溶けてなくなった。
「ありますよ。昔、父と一緒に訪れました」
「いい国だよな。シーナリーム王国もいいところだとは思うけどよ。
小さな国だが活気があって、平和で」
「……そうですね。どこもそういう風に平和だったら、僕たち傭兵はいらないんですけどね」
「はは。もし傭兵がなくなったら、俺は大工にでもなろうか」
笑いじわを深くしながら、金づちを振るマネをする。
そしてスープを一気に飲み干すと、立ち上がった。
「邪魔して悪かったな。今晩の見張りは俺たちの班じゃないから、ゆっくり休めよ」
「はい。昼間に引き続き、色々話してくださってありがとうございました」
軽く手を挙げると、フェンディーは食器を団員の元へと返しに行った。
ヒイラギはまだ残っているスープを口にする。
焚火を見ていると、その味がわからなくなっていった。
護衛2日目。
この日も、ヒイラギたちの班長がずっこけたこと以外は何も起こらず、順調に西へと進んだ。
今までは森の中を進んでいたが、ようやくそれを抜けて新緑に染まった平原へと出た。
明日からは今まで以上に歩みが進むだろう。
今日も用意されたスープを飲む。
2日目ということもあってか、仲を深めた傭兵どうしで語り合っているところも出始めていた。
その様子を見てか、ルカタ団長がある提案をした。
「皆さん。護衛していただきありがとうございます。
まだこれからも旅は続きますので、退屈な夜も訪れることでしょう。
そこでご提案なのですが、今夜から毎晩、私たちの劇を披露させていただいてもよろしいでしょうか。
私たちにとってもよい練習になりますし、皆さんにとっても、多少の暇つぶしにはなるかと思いますよ。
ああ、もちろんお代をいただくようなことはいたしません。
まあ、見張りの方々は、そちらに専念していただきたいと願いますけども」
はははと短い笑いが各所で起こる。
反対する声は特に出なかった。
むしろタダで人気の劇を見られるとあって、普段そういうものに興味のなさそうな傭兵すらも乗り気だった。
そういうことで、この日から毎夜、簡単な劇が行われることになった。
「この大陸には様々な神話が語り継がれておりますが、今回披露いたしますのは、『不変の女神と、生と死の男女神』でございます。
短い時間ではございますが、どうかお楽しみください」
必要最低限の大道具と背景が置かれた舞台に、衣装に着替えた役者たちが登場する。
語りを交えて行われるその劇は、生と死、それに属さない不変をそれぞれ象徴した神が、思想の違いから仲違いする話だった。
「ああ、人の子らよ。生と死がある儚き者らよ。せめて私の眼前で、その命を散らすことなかれ」
白いシースルーを羽織った女性の役者が、不変の女神であるパーメントを神秘的に演じる。
「我が与えるは平等な死。万物に終わりあり。それこそ唯一絶対の価値なり」
黒い大きな盾を持った男性が演じるのは、荘厳な死の男神であるスードートゥだ。
「始まりは喜び。終わりは恐怖。終わりなきは絶望。生の瞬間にのみぞ輝きあり」
紫色の剣にすがりつく女性は、生の女神であるレーヴェレ。
「この尊き3柱は最初こそ、互いの役目、互いの存在を認めておりました。
しかしあるとき、不変の女神と生の女神は、死の男神にそれぞれの感情を抱いてしまうのです」
「目の前で命が消えていく。なにゆえ人は死を迎えるか。
スードートゥよ。死の神よ。私はあなたが恐ろしい。
身を隠さねば彼の者に、不変の終わりを告げられよう」
シースルーを振り乱し、舞台からはけていく。
「生誕すればみな滅びゆく。終わりを下すは誰ぞ。
スードートゥよ。死の神よ。私はあなたが恨めしい。
その力さえもこの手にあれば、命の循環思うまま」
紫色の剣を手にすると、死の男神の背後に忍び寄り、その喉元をかき切った。
「死の男神は哀れにも、生の女神によって死を与えられてしまいました。
生の女神は生と死の女神となって、今もこの世界の生き死にを司られておられるとか」
語りが締めの言葉を述べ終えた。
おとなしめだがしっかりとした拍手が届けられる。
ヒイラギは白銀の剣が収められている鞘をそっとなでると、拍手に加わった。
護衛3日目。
この日の昼間は、飢えて倒れていた数人の男性を介抱した以外、やはり何も起こらなかった。
助けてもらった男たちは、恩返しをしたいと言い出し、平原で獣を狩ると言って飛び出していった。
日がほとんど落ちかけており、野営の場所を決定したタイミングだったが、どうしてもと言って聞かなかったのだ。
それから数時間が経った。
「あの男たち全然戻ってこねえな。探しに行くか?」
「馬鹿言え。俺らの為すべきことは、演劇旅団の人たちを守ることだ。
今日たまたま助けたやつらに割く時間も人員もないさ」
傭兵たちが判断に迷っていると、ルカタ団長と3人の班長が話し合いを終えて馬車の中から出てきた。
そして、ルカタ団長が通る声で全員に向けて話し始めた。
「皆さん。今晩はより厳重に警戒をお願いいたします。
襲撃を受ける可能性が高いとのことですので、迎え撃つ用意をしてください」
その言葉を聞いて、困惑する傭兵たちと顔つきが変わる傭兵たちに分かれた。
ヒイラギはそう言う理由に見当を付けると、自分の見張りの位置で気を引き締めた。
「少年。……っと、俺から何か言う必要はなさそうだな」
フェンディーが剣と盾を手にした状態で気にかけてくれた。
「大丈夫です。ありがとうございます。
……おそらくですけど、昼間に助けた男たちですよね」
考えていた警戒の理由を確かめるために、フェンディーに問いかける。
「そうだと思うぜ。賊の仲間か、脅されてやった罪のない人たちかはわからんが。
野営を決めたところで無理やりそれっぽい理由で出て行って、今も戻らないことを考えると。
十中八九、この場所を知らせに走っていったんだろうな」
珍しい手口とまではいかないが、実際に体験するのは初めてだとフェンディーは付け足す。
「ですが、こんな風に警戒されているところに、本当にやってくるんでしょうか」
「普通ならしないな。そんなときに来るなんて自殺行為だ。
ただ、襲ってくるやつらも……いる」
「自信があるんでしょうか」
「かもしれないな。通り名は傭兵じゃなくてもつくからな。
こういう傭兵の集団をつぶすことで、悪名を轟かせたいと考える狂人もいるさ」
「――賊が来たぞ!!!!!」
ヒイラギとフェンディーが見張っている方向とは反対側から大声が飛ぶ。
振り返ると、丘の向こうからかなりの数の松明の炎が近づいてくるのが見えた。
ヒイラギは白銀の剣を抜く。
初めての護衛依頼。命を守る戦いが始まろうとしていた。
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