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第一章 白銀成長編
第三十九話 背負う命へ
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「あなたの言う死が存在しない世界は、確かに僕の理想とする世界に近いです」
ヒイラギは剣を下ろして、生気のない男へと向き合う。
「僕は目の前で命が奪われないように力を尽くしてきました。願わくば、すべての命を守りたいとも考えています」
「それはよき考えです。では、協力してくださるのですね」
優しく迎え入れるかのような声色になる生の女神。
その声に対して、ヒイラギは首を横に振った。
「僕がシーナリーム王国に来たばかりの頃だったら、協力していたかもしれません」
ヒイラギは思い返す。
森でオニキスやナーランに出会ったときのこと。
新参大会で多くの仲間と出会い、成長したこと。
初依頼で自分の力のなさを痛感したこと。
そして、命を守ろうと必死に戦ってきたことを。
「あなたの元へたどり着くまでに、ソジュさんたちに出会いました。彼らは僕たちのためを思って全力で戦ってくれました」
悔しさから顔を歪めるソジュの姿が脳裏にはっきりと浮かぶ。
「さっきまでここで戦っていた賊たちは、多くの命を奪ってきました。僕はそんな彼らが奪った命も背負うと決めたのです」
白銀の剣へと視線を移すと、最後にこう言い切った。
「それらの命をないがしろにしたあなたに、協力することはできません。たとえその先に死のない世界があったとしてもです」
棒立ちでヒイラギの言うことを聞いていた生の女神レーヴェレは、一歩ヒイラギへと近づいていた。
「命を背負うと言いましたか。人の子ひとりに背負える命は、自分の命、ただひとつです。生の女神が断言します」
先ほどまでの平静を保っていたときとは違い、重圧のかかる強い語気へと変わった。
「他の命を背負えるほど、人の子の生に力はありません。生を与えられた瞬間の、一番強いときですら不可能なのです」
あまりの圧に耐えきれず、一瞬だけ男から目を離した。
その次の瞬間には、男はすっと紫色の剣先をヒイラギの胸元へと押し当てていた。
そしてそのまま背中の方まで貫き通した。
誰も、ヒイラギ本人ですら、刺される瞬間まで男が移動したことすら認識できていなかった。
「ヒイラギ!!」
ジョンの叫びとほぼ同時に、コンとオニキスが女神へと飛びかかった。
「あなたがたは少しお待ちくださいね。お先に死んでいただいてもよいのですけど」
無造作に横振りされた死をもたらす盾を間一髪で避けたふたりは、そのまま距離を取らざるをえず奥歯をかんだ。
それを虚ろな目で見届けた痩せた男は、ヒイラギへと視線を戻す。
「本当に命を背負えるか、試してみてください」
言葉が終わると同時に、賊を蘇らせたときと同じ光が剣から発せられると、その光がヒイラギの体を包み込んだ。
「……!!」
ドクン、と。ヒイラギは自分の心臓が大きく鼓動する音を聞いた。
波が打ち寄せるような大きなノイズが、聴覚をひっかきまわし始めた。
何かを思考しようとすると、自分ではない他の誰かの考えに圧迫された。
白銀の剣を持っていないほうの手が、勝手に開閉を繰り替えし、腕を振り始めた。
「ゴホッ! ゲホッ……!!」
息を吸おうとした瞬間に息を吐く気持ちの悪い感覚に、大きくむせかえった。
だんだんと苦しさの増していくヒイラギを眺めている痩せた男――生の女神レーヴェレは、それでも剣を抜こうとはしなかった。
ヒイラギが悶えている間も、コンとオニキスが攻めたてているが、触れただけで死んでしまう盾のせいで、思うように攻撃ができていなかった。
「どうですか。これがあなたの背負おうとしている命というものです。どれだけ無謀なことを言っていたかおわかりになりましたか」
全身を痙攣させているヒイラギは、耳や鼻から血を流しながらも、男の瞳を真っすぐに睨め付けていた。
その目が気に食わなかったのか、女神の威圧感がさらに大きくなった。
「今はたったひとつの生命力を注いでいますが、そこまで虚勢を張られるのでしたら」
紫色の剣が再び光った。
「もうひとつ増やして差し上げます」
紫色の剣の光が強くなったとき、ガキィンと金属の打ち鳴らされる音が響いた。
何の音かと女神が確認する間に、大きな盾を持ったジョンが、ヒイラギを庇うように割り込んでいた。
ジョンはそのまま力任せにヒイラギを腕で押しのけ、紫の剣から解放する。
「邪魔をしないでください。まずはこの人の子に、命についてわからせなければなりません」
言い方は平静なものへと戻っていたが、圧迫感は依然として強かった。
ジョンは強張る体を動かす。
「女神自ら命についてお教えいただかなくとも、俺たちが教えておきますよ。命はひとりで背負わず、仲間で背負うってことをな」
はっきりと言い切ったジョンは、大きな盾を女神の前へと突き出した。
そして盾の持ち手のところをいじると、盾の外側に黒い粉がまかれた。
ジョンは盾の後ろに入り、身構え、手斧についている鉱石と盾についている鉱石を激しく打ち付けた。
爆発。
一瞬散った火花が黒い粉へと瞬く間に燃え広がって、大きな音と共に爆発した。
これが”堅固爆砕”の通り名をもつジョンの奥の手である。
「女神に効果があるかわからんが、目くらましくらいにはなっていてほしいな」
爆発の衝撃を受け止めてしびれていたが、根性で体を動かして、突き飛ばしたヒイラギの元まで下がった。
あお向けに倒れているヒイラギは白目を向いており、顔面は血だらけだった。
しかし、白銀の剣はしっかりと握ったまま、歯を食いしばっていた。
「何をされたか俺にはわからないが、必ず立ち上がってくれよ」
本当はそばに付き添ってあげたかったジョンだが、黒煙の中にたたずむ人影を見て、それはできないと諦めた。
「コン! オニキス! やるぞ!」
ジョンが吠える。
生の女神対ジョン・コン・オニキスの戦いが始まろうとしているなか、意識を失ったヒイラギは、いつか見た、白銀の剣が浮いている空間にいたのだった。
ヒイラギは剣を下ろして、生気のない男へと向き合う。
「僕は目の前で命が奪われないように力を尽くしてきました。願わくば、すべての命を守りたいとも考えています」
「それはよき考えです。では、協力してくださるのですね」
優しく迎え入れるかのような声色になる生の女神。
その声に対して、ヒイラギは首を横に振った。
「僕がシーナリーム王国に来たばかりの頃だったら、協力していたかもしれません」
ヒイラギは思い返す。
森でオニキスやナーランに出会ったときのこと。
新参大会で多くの仲間と出会い、成長したこと。
初依頼で自分の力のなさを痛感したこと。
そして、命を守ろうと必死に戦ってきたことを。
「あなたの元へたどり着くまでに、ソジュさんたちに出会いました。彼らは僕たちのためを思って全力で戦ってくれました」
悔しさから顔を歪めるソジュの姿が脳裏にはっきりと浮かぶ。
「さっきまでここで戦っていた賊たちは、多くの命を奪ってきました。僕はそんな彼らが奪った命も背負うと決めたのです」
白銀の剣へと視線を移すと、最後にこう言い切った。
「それらの命をないがしろにしたあなたに、協力することはできません。たとえその先に死のない世界があったとしてもです」
棒立ちでヒイラギの言うことを聞いていた生の女神レーヴェレは、一歩ヒイラギへと近づいていた。
「命を背負うと言いましたか。人の子ひとりに背負える命は、自分の命、ただひとつです。生の女神が断言します」
先ほどまでの平静を保っていたときとは違い、重圧のかかる強い語気へと変わった。
「他の命を背負えるほど、人の子の生に力はありません。生を与えられた瞬間の、一番強いときですら不可能なのです」
あまりの圧に耐えきれず、一瞬だけ男から目を離した。
その次の瞬間には、男はすっと紫色の剣先をヒイラギの胸元へと押し当てていた。
そしてそのまま背中の方まで貫き通した。
誰も、ヒイラギ本人ですら、刺される瞬間まで男が移動したことすら認識できていなかった。
「ヒイラギ!!」
ジョンの叫びとほぼ同時に、コンとオニキスが女神へと飛びかかった。
「あなたがたは少しお待ちくださいね。お先に死んでいただいてもよいのですけど」
無造作に横振りされた死をもたらす盾を間一髪で避けたふたりは、そのまま距離を取らざるをえず奥歯をかんだ。
それを虚ろな目で見届けた痩せた男は、ヒイラギへと視線を戻す。
「本当に命を背負えるか、試してみてください」
言葉が終わると同時に、賊を蘇らせたときと同じ光が剣から発せられると、その光がヒイラギの体を包み込んだ。
「……!!」
ドクン、と。ヒイラギは自分の心臓が大きく鼓動する音を聞いた。
波が打ち寄せるような大きなノイズが、聴覚をひっかきまわし始めた。
何かを思考しようとすると、自分ではない他の誰かの考えに圧迫された。
白銀の剣を持っていないほうの手が、勝手に開閉を繰り替えし、腕を振り始めた。
「ゴホッ! ゲホッ……!!」
息を吸おうとした瞬間に息を吐く気持ちの悪い感覚に、大きくむせかえった。
だんだんと苦しさの増していくヒイラギを眺めている痩せた男――生の女神レーヴェレは、それでも剣を抜こうとはしなかった。
ヒイラギが悶えている間も、コンとオニキスが攻めたてているが、触れただけで死んでしまう盾のせいで、思うように攻撃ができていなかった。
「どうですか。これがあなたの背負おうとしている命というものです。どれだけ無謀なことを言っていたかおわかりになりましたか」
全身を痙攣させているヒイラギは、耳や鼻から血を流しながらも、男の瞳を真っすぐに睨め付けていた。
その目が気に食わなかったのか、女神の威圧感がさらに大きくなった。
「今はたったひとつの生命力を注いでいますが、そこまで虚勢を張られるのでしたら」
紫色の剣が再び光った。
「もうひとつ増やして差し上げます」
紫色の剣の光が強くなったとき、ガキィンと金属の打ち鳴らされる音が響いた。
何の音かと女神が確認する間に、大きな盾を持ったジョンが、ヒイラギを庇うように割り込んでいた。
ジョンはそのまま力任せにヒイラギを腕で押しのけ、紫の剣から解放する。
「邪魔をしないでください。まずはこの人の子に、命についてわからせなければなりません」
言い方は平静なものへと戻っていたが、圧迫感は依然として強かった。
ジョンは強張る体を動かす。
「女神自ら命についてお教えいただかなくとも、俺たちが教えておきますよ。命はひとりで背負わず、仲間で背負うってことをな」
はっきりと言い切ったジョンは、大きな盾を女神の前へと突き出した。
そして盾の持ち手のところをいじると、盾の外側に黒い粉がまかれた。
ジョンは盾の後ろに入り、身構え、手斧についている鉱石と盾についている鉱石を激しく打ち付けた。
爆発。
一瞬散った火花が黒い粉へと瞬く間に燃え広がって、大きな音と共に爆発した。
これが”堅固爆砕”の通り名をもつジョンの奥の手である。
「女神に効果があるかわからんが、目くらましくらいにはなっていてほしいな」
爆発の衝撃を受け止めてしびれていたが、根性で体を動かして、突き飛ばしたヒイラギの元まで下がった。
あお向けに倒れているヒイラギは白目を向いており、顔面は血だらけだった。
しかし、白銀の剣はしっかりと握ったまま、歯を食いしばっていた。
「何をされたか俺にはわからないが、必ず立ち上がってくれよ」
本当はそばに付き添ってあげたかったジョンだが、黒煙の中にたたずむ人影を見て、それはできないと諦めた。
「コン! オニキス! やるぞ!」
ジョンが吠える。
生の女神対ジョン・コン・オニキスの戦いが始まろうとしているなか、意識を失ったヒイラギは、いつか見た、白銀の剣が浮いている空間にいたのだった。
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