上 下
42 / 48
第一章 白銀成長編

第四十二話 幕切れへ

しおりを挟む
 薄暗い森に甲高い音が響き、怪しげな紫色の剣が宙を舞う。
 剣も盾もその手から失った細身の男は、白目をむいてその場に崩れ落ちた。

「っはぁ。はぁ……」

 肩で大きく呼吸をするヒイラギ。
 その呼吸に合わせるように、髪が鈍い銀色へとゆっくり戻っていく。

「これで終わった……っすか」

 ヒイラギ以上に荒い呼吸をするコンは、自分の足元に倒れている男を見て、安堵しきれずにいる。
 男から発せられていた本能的に忌避したくなるような威圧感は、今は微塵も感じられない。
 それが逆に不安をあおっていた。
 
 白銀色の剣をしまうと、ヒイラギはできる限り優しい口調で話し始めた。

「終わったと思います。少なくとも、この男性は|からは抜け出しました」

 首元に手を当て、痩せきっている男性が生きていることを確認して、ヒイラギは遠くに落ちている紫色の剣へと視線を向けた。

「女神や神は物に宿やどるそうです」

 ヒイラギは、不変の女神パーメントから授かった知識を、コンへと丁寧に説明した。

 女神や神は物に宿り、その物を通すことで人間に干渉することができる。
 女神や神が宿った物は、その女神や神が持つ力や性質を持つようになる。

「なので、今地面に落ちている盾と剣には触らないようにしてくださいね。触るとしたら、直接ではなく棒とか何かで動かすしかないですね」
「なんだか信じられないような話っすけど……。実際こうやって体験しちゃったっすから、疑いようもないっすね……」

 さっきまでの状況を思い返したコンは、ヒイラギの話を素直に受け入れた。

「信じてくださりありがとうございます。そして……。先ほどは一撃を入れていただいて本当に助かりました」

 深々と頭を下げたヒイラギを見て、コンは頭をかいた。

「絶対に戻ってくる! って言ったすからね。俺、自分で言ったことは絶対に守るっすよ!」

 ジョンを抱えて飛び出しあと、森の出口付近で運よく傭兵の一団に遭遇し、ジョンを預けてそのまま戻ってきたとコンは語った。
 そこでコンは何かを思い出し、ヒイラギへと問いかける。

「そういえば、あの時、死の盾が直撃していたように見えたっすけど……」
「実は直撃はしてなかったのですよ。僕の服を不変の力で鎧のようにして、直撃を回避したのです」
「うーん……。もう俺、よくわかんないっすけど、ヒイラギくんが無事だったっすから、なんでもいいっす!」

 自分で聞いておきながら早々に思考を放棄したコンだった。

 
 
「どうやらすべて終わった後のようだ。遅れてしまってすまない」

 話が終わってすぐに、コンが遭遇したという傭兵の一団が到着した。
 それを率いていたのは、装飾の少ないこん棒を手にした、傭兵部門第一位のスリーク・ドライだった。
 その団体の道案内を終えたオニキスもヒイラギたちと合流した。

「いえ。来ていただいてありがとうございます。皆さんにすぐに伝えてほしいのですが、落ちている剣と盾には直接触れないようにお願いします」
「わかった。すぐに伝える」

 言うやいなや整列して待機していた傭兵の集団のもとへと戻り、そしてすぐに帰ってきた。

「伝え終えた。忠告に感謝する」

 訳や理由を一切聞かないスリークと傭兵の一団に、困ったようにヒイラギは笑った。

「ありがとうございます。それで、ジョンさんはご無事でしょうか」
「一番足の速い者に王国へ運ぶよう指示を出した。もともと外傷も少なかった。命に関わることはないだろう」
 
 相変わらずの観察眼を披露するスリーク。

「ってことは! すべてが丸く収まったってことっすよね! やっぱり!」

 コンは手で丸を作った。
 ヒイラギはそれを見て、次にオニキスを見て、優しく口角を上げた。

「ええ。今回の依頼、傭兵失踪しっそうの元凶を探し出して討伐をする。無事に完了ですね」
「よっしゃあ!!」

 コンの喜びと元気に満ち溢れた声が、薄暗い森を颯爽さっそうと駆け抜けていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「壮絶な依頼だったにもかかわらず、誰ひとり欠けることなく再び集合してくれたことを嬉しく思う」
 
 傭兵会会長兼本部長のオルドウスは、本当に喜んでいるのかわかりにくい表情でそう告げた。
 圧迫感のある防音部屋には、オルドウスのほか、ヒイラギ、ジョン、コン、オニキス、そしてスリークの6人が集まっていた。

「本来ならばまだ休養を取ってもらいたいところだが、耳に入れておきたい情報があったため、無理に集合をかけさせてもらった」

 今回は資料などが用意されていないため、何を言い出すのか誰にもわからなかった。
 防音がしっかりしているせいか、耳鳴りがいやに気になった。

「まず、例のあの男だが。意識を取り戻し、順調に回復していっている」

 ヒイラギは安堵の息を小さく吐いた。

「君たちと戦ったことを含め、ここまでの記憶がないことを除いて順調だ。何か聞き出せればと思ったが仕方がない」

 オルドウスはどうやら、この一件には裏があるのではないかと踏んでいるようだった。

(たまたま王国近くの森に潜伏していたとも考えられるけど……。何かが動いてる情報でもオルドウスさんはつかんでいるのかな)

「次の報告事項だが、例の剣と盾が博物館に展示されることになった」
「!? いや、ちょっと待ってください! 危険すぎます!」

 思わず大きな声を出すヒイラギ。
 ジョンやオニキス、スリークも口には出さなかったものの、怪訝けげんそうな表情になる。

「そうっすよ! ヒイラギくんの忠告、オルドウスさんにも伝わってるっすよね!」
「もちろんだ。その点も含めては強く反対した」

 オルドウスの鋭い目つきが、より一層切れ味を増した。

「それでも、展示することを決定したようだ。こうなってはもうくつがえらない。依頼がない限りは護衛をつけることもできない」

 全員が言葉を失ったことを確認して、オルドウスは重々しく続けた。

「そのうち、一般にも情報が公開されるだろう。……これはが、気にかけておいてほしい。もちろん、私も常に注意しておく」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 ――剣と盾の展示が始まってから1週間後、何者かによって剣と盾が強奪されるという事件が王国を騒がせる。
 犯人不明、どこへ持ち去られたかも不明のまま、一般の人々の記憶から薄れていくのだった。

 
 第一章 白銀成長編 完
 第二章へと続く
しおりを挟む

処理中です...