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第二章
第五十三話 沈みゆき、夜へ
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フォグとの模擬戦が終了した後、連続して5人の若い騎士団員とヒイラギは戦った。
そのすべてで勝利を収め、初老の騎士や騎士団員たちと和やかに会話をしていた。
ヒイラギはにこやかに対応していたが、内心では冷や汗をかいていた。
(フォグも含めて、彼らは4つの盾剣術だけをその身に叩き込まれていた。その動き以外の練度は低いけど、4つの型の練度は非常に高かった)
談笑している騎士団員たちをそれとなく眺める。
(……つまりは、いつでも戦い自体はできるということ。けれども、これだけでは戦争を仕掛けてくる証拠にはならないから、もう少し何か情報がほしいな)
「いやはや。それにしてもお強かったです。彼らにとっても得難いよき訓練になったことでしょう」
初老の騎士は非常に満足そうな表情をしている。
「お力になれたのならば光栄です。私も、よい経験をさせていただきました。特にあの4つの盾剣術。誰もかれもがあの練度で繰り出せるとは驚きました」
「訓練長が徹底的に教え込んでいますから。我ら騎士団員は”個”の力ではなく”集”としての強さが求められます。”集”の力で民を守る。そのための騎士団です」
優しい眼差しとその声色には、グルーマス王国騎士団のひとりとしての誇りが織り交ぜられていた。
「そうなると、本来であれば複数人対私で模擬戦を行うべきでしたか」
「いえいえ。お強い方との個人戦を経験しておくのも必要なことです。それに、いくら”白銀の守護者”様とはいえ、それではさすがに模擬戦が成り立たないかと思います」
見下されていると捉えられかねない言葉であったが、本当にただそう思っているだけであることをヒイラギは推察した。
さらに、真骨頂ともいえる集団戦を意図的に見せなかったのではないことも今の会話から感じ取った。
周りにいる騎士団員たちも、他国へ攻め入ることを知って気負っているような様子は微塵もなかった。
(……また今夜、スリークさんとナーランさんに会って話そう。僕は、少なくとも、彼らは戦争を仕掛けようとしていることを知らないと思う)
「そうですね。さすがにここまで訓練された方々を複数人相手にするのは難しそうです」
少し姿勢を正して、初老の騎士へと会釈をした。
「貴重なお時間をいただきありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします。訓練長殿にもよろしくお伝えください」
「はい。こちらこそありがとうございました。あなた様であればいつでもいらしてください」
初老の騎士と握手をしたあと、先輩騎士団員にもみくちゃにされていたフォグへと声をかけた。
「じゃあフォグ。僕はここで帰るよ。この機会を作ってくれてありがとう」
「ありがとうございます! ぼくはこのまま訓練していきますね! また今夜お会いしましょう!」
そうして、両手を振って見送ってくれた。
騎士団本部を出てそのまま歩き、人通りがまばらなところまでくると、ヒイラギは大きく息を吐いた。
そこで改めて、自分が思っていた以上に気を張っていたことに気付いた。
(落ち着いたころ、フォグには事情を説明してしっかりと謝ろう)
うつむきながら歩く。
(あぁ……。大した情報、得られなかったなぁ……。こういうの向いていないんだろうな……)
大勢の命を守るためとはいえ、自信を慕ってくれているフォグをだましたこと。そこまでしても成果が薄っぺらだったこと。
真面目なヒイラギにはかなり堪える内容だった。
「そんなに落ち込むことないと思うよ……ぜ。アクロ君のお陰でこっちがとっても動きやすかったぜ」
急に肩を組まれ、小声でそう告げられた。
自分の顔のすぐ横に、見慣れたナーランの顔があった。
「アクロ君はよく頑張ってくれたぜ。これで、俺たちの依頼は達成だぜ」
「達成……? つまり、噂の真偽がはっきりしたということですか」
「そうだぜ。ここじゃこれ以上は話せないから、また今夜話すぜ」
そう言ってバッとヒイラギの肩から手を外すと、ドドドドドドと走り去っていった。
ナーランの背中が見えなくなって、ヒイラギは右手を頭に当てた。
「もしかして、囮にされた?」
すっきりしないままフォグの家に戻ると、フォグの父、レンティスが昼食を用意してくれていた。
礼を言ってから、丁寧に盛り付けられた野菜を口にする。
ヒイラギが食べ始めたのを見て、レンティスも料理に手を伸ばす。
「……ヒイラギさん。私たち父子はあなた様のお陰でこうして生きております」
食事の途中で、食器を置いて静かに語り始めた。
「今回、あなた様に再会できたこと、本当に嬉しく思っています」
座った状態で深々と頭を下げる。
「…………」
ヒイラギは黙って話を聞いていた。
「ですから、私にも息子にも、何の遠慮もいりません。あなた様からの願いごとであれば、どんなことでも喜んで力になります」
力になれることがあれば、ですけどね。と、申し訳なさそうに笑った。
ヒイラギはレンティスと目を合わせ、反らし、目をつぶる。
ひと呼吸程度の間があいたところで目を開く。
その顔に微笑みを乗せて、ありがとうございます。と返した。
「そんな、滅相もない……うぅ」
再び泣き出してしまったレンティスをなだめながら、ヒイラギは自身の不甲斐なさを恥じたのだった。
それからは、夜の密会に備えて仮眠を取り、起きてからはレンティスと一緒に家事を行った。
レンティスはさすがにもう涙は流さなかったが、ヒイラギの動作ひとつひとつに深い感謝の言葉を伝えていた。
そうして時間は流れ、また少したくましくなったと思われるフォグが帰宅し、夕食の時間になった。
そこでの話題は昼間の模擬戦の話。フォグがとてつもなく誇張して話し、ヒイラギがそれを訂正し、レンティスが拝むといった構図だった。
和気あいあいとした時間を過ごして、父子が眠りについたころ。
幸せを壊す者が、窓から入ってきた。
そのすべてで勝利を収め、初老の騎士や騎士団員たちと和やかに会話をしていた。
ヒイラギはにこやかに対応していたが、内心では冷や汗をかいていた。
(フォグも含めて、彼らは4つの盾剣術だけをその身に叩き込まれていた。その動き以外の練度は低いけど、4つの型の練度は非常に高かった)
談笑している騎士団員たちをそれとなく眺める。
(……つまりは、いつでも戦い自体はできるということ。けれども、これだけでは戦争を仕掛けてくる証拠にはならないから、もう少し何か情報がほしいな)
「いやはや。それにしてもお強かったです。彼らにとっても得難いよき訓練になったことでしょう」
初老の騎士は非常に満足そうな表情をしている。
「お力になれたのならば光栄です。私も、よい経験をさせていただきました。特にあの4つの盾剣術。誰もかれもがあの練度で繰り出せるとは驚きました」
「訓練長が徹底的に教え込んでいますから。我ら騎士団員は”個”の力ではなく”集”としての強さが求められます。”集”の力で民を守る。そのための騎士団です」
優しい眼差しとその声色には、グルーマス王国騎士団のひとりとしての誇りが織り交ぜられていた。
「そうなると、本来であれば複数人対私で模擬戦を行うべきでしたか」
「いえいえ。お強い方との個人戦を経験しておくのも必要なことです。それに、いくら”白銀の守護者”様とはいえ、それではさすがに模擬戦が成り立たないかと思います」
見下されていると捉えられかねない言葉であったが、本当にただそう思っているだけであることをヒイラギは推察した。
さらに、真骨頂ともいえる集団戦を意図的に見せなかったのではないことも今の会話から感じ取った。
周りにいる騎士団員たちも、他国へ攻め入ることを知って気負っているような様子は微塵もなかった。
(……また今夜、スリークさんとナーランさんに会って話そう。僕は、少なくとも、彼らは戦争を仕掛けようとしていることを知らないと思う)
「そうですね。さすがにここまで訓練された方々を複数人相手にするのは難しそうです」
少し姿勢を正して、初老の騎士へと会釈をした。
「貴重なお時間をいただきありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします。訓練長殿にもよろしくお伝えください」
「はい。こちらこそありがとうございました。あなた様であればいつでもいらしてください」
初老の騎士と握手をしたあと、先輩騎士団員にもみくちゃにされていたフォグへと声をかけた。
「じゃあフォグ。僕はここで帰るよ。この機会を作ってくれてありがとう」
「ありがとうございます! ぼくはこのまま訓練していきますね! また今夜お会いしましょう!」
そうして、両手を振って見送ってくれた。
騎士団本部を出てそのまま歩き、人通りがまばらなところまでくると、ヒイラギは大きく息を吐いた。
そこで改めて、自分が思っていた以上に気を張っていたことに気付いた。
(落ち着いたころ、フォグには事情を説明してしっかりと謝ろう)
うつむきながら歩く。
(あぁ……。大した情報、得られなかったなぁ……。こういうの向いていないんだろうな……)
大勢の命を守るためとはいえ、自信を慕ってくれているフォグをだましたこと。そこまでしても成果が薄っぺらだったこと。
真面目なヒイラギにはかなり堪える内容だった。
「そんなに落ち込むことないと思うよ……ぜ。アクロ君のお陰でこっちがとっても動きやすかったぜ」
急に肩を組まれ、小声でそう告げられた。
自分の顔のすぐ横に、見慣れたナーランの顔があった。
「アクロ君はよく頑張ってくれたぜ。これで、俺たちの依頼は達成だぜ」
「達成……? つまり、噂の真偽がはっきりしたということですか」
「そうだぜ。ここじゃこれ以上は話せないから、また今夜話すぜ」
そう言ってバッとヒイラギの肩から手を外すと、ドドドドドドと走り去っていった。
ナーランの背中が見えなくなって、ヒイラギは右手を頭に当てた。
「もしかして、囮にされた?」
すっきりしないままフォグの家に戻ると、フォグの父、レンティスが昼食を用意してくれていた。
礼を言ってから、丁寧に盛り付けられた野菜を口にする。
ヒイラギが食べ始めたのを見て、レンティスも料理に手を伸ばす。
「……ヒイラギさん。私たち父子はあなた様のお陰でこうして生きております」
食事の途中で、食器を置いて静かに語り始めた。
「今回、あなた様に再会できたこと、本当に嬉しく思っています」
座った状態で深々と頭を下げる。
「…………」
ヒイラギは黙って話を聞いていた。
「ですから、私にも息子にも、何の遠慮もいりません。あなた様からの願いごとであれば、どんなことでも喜んで力になります」
力になれることがあれば、ですけどね。と、申し訳なさそうに笑った。
ヒイラギはレンティスと目を合わせ、反らし、目をつぶる。
ひと呼吸程度の間があいたところで目を開く。
その顔に微笑みを乗せて、ありがとうございます。と返した。
「そんな、滅相もない……うぅ」
再び泣き出してしまったレンティスをなだめながら、ヒイラギは自身の不甲斐なさを恥じたのだった。
それからは、夜の密会に備えて仮眠を取り、起きてからはレンティスと一緒に家事を行った。
レンティスはさすがにもう涙は流さなかったが、ヒイラギの動作ひとつひとつに深い感謝の言葉を伝えていた。
そうして時間は流れ、また少したくましくなったと思われるフォグが帰宅し、夕食の時間になった。
そこでの話題は昼間の模擬戦の話。フォグがとてつもなく誇張して話し、ヒイラギがそれを訂正し、レンティスが拝むといった構図だった。
和気あいあいとした時間を過ごして、父子が眠りについたころ。
幸せを壊す者が、窓から入ってきた。
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