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本編
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坂下は三年間学級委員で通した。
あゆみも生徒会を担った二年の夏から三年の夏以外は同様で、一年時はクラスが一緒だったこともあって、気のおけない関係であることは一見して分かった。
坂下は冬彦と同じ小学校の出身で、テストの点数を競い合った中だ。国立大学に進学し、今はシンクタンク系の研究者と言ったか。いずれにせよ、幼いときから成績と素行のよい男だった。
馬鹿がつくほど真面目な気質のあゆみと坂下のカップルは、他の生徒たちにはあまり関心の対象にならなかった。意外性がなかったことや、打ち解けた雰囲気から薄々察しがついていたからでもある。
二人にひそかに憧れを抱く人間が皆無だったとは思わない。しかし、二人がつき合いはじめたということは、噂らしい噂ではなく事実として広がって行った。
日頃情報に聡い冬彦がそれを知ったのは、二人がつき合い始めてから一ヶ月ほど経った頃だった。
夏祭りで手を繋いで歩く二人を見つけたのだ。
「……え、もしかして」
「あれ、小野田知らなかった?」
隣にいた花田が、意外そうな顔で冬彦を見上げた。彼は高校に入ってから身長が急激に伸びたが、中学時代は女子と変わらない身長だった。
「……知らねぇよ」
呟きは掠れた。格好悪く感じて眉を寄せ、二人がこちらに気づく前にその場を離れようと思ったのだが、それより先に二人がこちらに気づいてしまった。
「あ、小野田くん」
紺色の浴衣を着たあゆみは、短い髪に小さな髪飾りをつけていた。
通っていた中学は制服規定がなかった。男子と変わらないズボンとTシャツで通学していたあゆみの女らしい姿など見たこともなかった冬彦は、髪についた蝶の飾りの違和感に眉を寄せた。
あゆみは坂下の横顔と繋いだ手を見比べて一瞬たじろいだ後、ふわりと微笑んだ。
「あの……じゃあね」
その頬は紅潮していた。
冬彦は心中で舌打ちする。
控えめに言って、おもしろくなかった。
が、それがどうしてなのかはわからない。
ただ単に、日頃自分のことを口うるさく追い立てる女がおしとやかにしているのが似合わないと思ったのに違いない。
ーー今でもそう思っている。
* * *
二人がいつ別れたのかは知らないし、知る必要も興味もない。
しかし、高校入学後もまだつき合いが続いていたのは知っている。
たまたま街中で見かけたからだ。
冬彦はその日、夏休み明けに行われる体育祭に向けた実行委員会で帰宅が遅くなった。
当然自分で望んで立候補したのではなかったが、先生から指名されたのだ。
中学のときさんざん教師を困らせた冬彦だったが、高校生活は大学進学、ゆくは就職へと直結している。教師の手を患わせて内申を落とすよりは、むしろ点数稼ぎをしておく方が賢いだろうという打算だけで引き受けた。
最寄り駅から家へ歩いていた光彦は、暗くなりはじめた公園に高校生のカップルを見つけた。
後ろ姿だけだったが、その制服は別々の学校のものだとすぐ分かった。
ショートカットが伸びかけた女の髪は、笑い声に合わせて細かく揺れていた。
隣で笑っていた男が、不意にその肩を引き寄せた。
きらりと、夕陽を受けて光ったのが、男の眼鏡だと気づきーー
冬彦はとっさにきびすを返して走り出した。
同級生のキスシーンなど、のぞき見する趣味はない。
だが、残像はまぶたの裏にくっきりと刻まれていた。
息を吸い、吐きながら、足を大きく踏み出す。
部活には入っていない冬彦だが、運動は得意だ。小中学校では欠かさずリレーの選手に選ばれた。
コンクリートで舗装された道は、地面に足裏がつく度、痺れのような衝撃を跳ね返してくる。
腹の底で何かが暴れていた。
何でもいいから、叫び出したかった。
訳がわからず奥歯を噛み締めた。
そして気付けば、家まで全力疾走していた。
あゆみも生徒会を担った二年の夏から三年の夏以外は同様で、一年時はクラスが一緒だったこともあって、気のおけない関係であることは一見して分かった。
坂下は冬彦と同じ小学校の出身で、テストの点数を競い合った中だ。国立大学に進学し、今はシンクタンク系の研究者と言ったか。いずれにせよ、幼いときから成績と素行のよい男だった。
馬鹿がつくほど真面目な気質のあゆみと坂下のカップルは、他の生徒たちにはあまり関心の対象にならなかった。意外性がなかったことや、打ち解けた雰囲気から薄々察しがついていたからでもある。
二人にひそかに憧れを抱く人間が皆無だったとは思わない。しかし、二人がつき合いはじめたということは、噂らしい噂ではなく事実として広がって行った。
日頃情報に聡い冬彦がそれを知ったのは、二人がつき合い始めてから一ヶ月ほど経った頃だった。
夏祭りで手を繋いで歩く二人を見つけたのだ。
「……え、もしかして」
「あれ、小野田知らなかった?」
隣にいた花田が、意外そうな顔で冬彦を見上げた。彼は高校に入ってから身長が急激に伸びたが、中学時代は女子と変わらない身長だった。
「……知らねぇよ」
呟きは掠れた。格好悪く感じて眉を寄せ、二人がこちらに気づく前にその場を離れようと思ったのだが、それより先に二人がこちらに気づいてしまった。
「あ、小野田くん」
紺色の浴衣を着たあゆみは、短い髪に小さな髪飾りをつけていた。
通っていた中学は制服規定がなかった。男子と変わらないズボンとTシャツで通学していたあゆみの女らしい姿など見たこともなかった冬彦は、髪についた蝶の飾りの違和感に眉を寄せた。
あゆみは坂下の横顔と繋いだ手を見比べて一瞬たじろいだ後、ふわりと微笑んだ。
「あの……じゃあね」
その頬は紅潮していた。
冬彦は心中で舌打ちする。
控えめに言って、おもしろくなかった。
が、それがどうしてなのかはわからない。
ただ単に、日頃自分のことを口うるさく追い立てる女がおしとやかにしているのが似合わないと思ったのに違いない。
ーー今でもそう思っている。
* * *
二人がいつ別れたのかは知らないし、知る必要も興味もない。
しかし、高校入学後もまだつき合いが続いていたのは知っている。
たまたま街中で見かけたからだ。
冬彦はその日、夏休み明けに行われる体育祭に向けた実行委員会で帰宅が遅くなった。
当然自分で望んで立候補したのではなかったが、先生から指名されたのだ。
中学のときさんざん教師を困らせた冬彦だったが、高校生活は大学進学、ゆくは就職へと直結している。教師の手を患わせて内申を落とすよりは、むしろ点数稼ぎをしておく方が賢いだろうという打算だけで引き受けた。
最寄り駅から家へ歩いていた光彦は、暗くなりはじめた公園に高校生のカップルを見つけた。
後ろ姿だけだったが、その制服は別々の学校のものだとすぐ分かった。
ショートカットが伸びかけた女の髪は、笑い声に合わせて細かく揺れていた。
隣で笑っていた男が、不意にその肩を引き寄せた。
きらりと、夕陽を受けて光ったのが、男の眼鏡だと気づきーー
冬彦はとっさにきびすを返して走り出した。
同級生のキスシーンなど、のぞき見する趣味はない。
だが、残像はまぶたの裏にくっきりと刻まれていた。
息を吸い、吐きながら、足を大きく踏み出す。
部活には入っていない冬彦だが、運動は得意だ。小中学校では欠かさずリレーの選手に選ばれた。
コンクリートで舗装された道は、地面に足裏がつく度、痺れのような衝撃を跳ね返してくる。
腹の底で何かが暴れていた。
何でもいいから、叫び出したかった。
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