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本編
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梨華と約束した金曜の夜、冬彦はポロシャツとスラックスで待ち合わせ場所へ向かった。
改まった装いをする予定がある日ではないが、梨華は仕事帰りでオフィスカジュアルだろうから、並んで違和感があるような格好にならないよう、せいぜいクールビズだと言える程度のカジュアルさに留めたつもりだ。
女に配慮しているのか、自分が恥ずかしい想いをしないためなのかは自分でも分からないが、そんな自分に正直あきれる。
女と会えば女を楽しませる。ある程度その場を盛り上げる社交性を発揮する。抱けと言われれば抱くーー
誘いを断れない気質でもないが、明確に拒否する意思もない。だったら相手に巻かれておくかと、その程度の緩やかな決断だ。それがますますくだらない縁を引き寄せているのかもしれない。が、
(俺自身がくだらないんだ、くだらない人間しか寄って来なくて当然だ)
大人になればなるほど、出会う人間は、自分には到底及ばないほどの人格者で敬意の対象となるか、まるでその逆か、両極端になってきたような気がする。
そしてそのいずれにせよ、冬彦は踏み込んだ関係を築きたいと思えない。前者は自身の身勝手さや稚拙さを痛感させるだけだし、後者は同格に扱われたくないからだ。
そういう意味では、フラットな気持ちでつき合えるのは、少年時代に時を過ごした花田のような友達なのだった。
ーー中学んときってお互い剥き出しじゃん? 社会性とか、大人ぶった上っ面の仮面もなく向き合って、ぶつかり合ってた訳じゃん。気が楽だよな。
花田の言葉は、確かに一つの真実かもしれない。
思いながら改札前に立っていると、改札から出てきた梨華が目を輝かせて駆け寄って来た。
「こんばんは!」
「こんばんは」
にこり、と投げられた笑顔に、冬彦も笑顔を返す。
あえて無愛想に接して不愉快にさせるメリットもない。
仕事で小花柄のワンピースはさすがに着られなかったのか、シルクのような艶のあるライトグレーのトップスと紺色のレース地のコクーンスカート、足元は七センチピンヒールのエナメルベージュのシンプルなパンプスだった。
冬彦はこのパンプスを見る度、不思議に思う。艶といい色といい、エロスを感じるからだ。こういうものを履く女の心理というのはどういうものなのだろうーー
漂って行きそうになった思考を、微笑みを強めることで場につなぎ止める。
「今日の格好、可愛いね」
本当は「エロいね」と言いたかったのだが、さすがにそれを言うほど悪趣味でも場慣れしてなくもない。梨華は数度目をまたたかせて、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、こういう格好の方が好き?」
「こういうって?」
「うーんと、大人の女スタイルっていうか……」
冬彦がゆっくり歩き出すと、梨華もそれに従った。
先日と同じく、さりげなく掴めるようにしておいた肘に、梨華は当然のように手を添える。
「この前のは?」
「清楚なお嬢様系スタイル」
梨華はマスカラを施したまつげに縁取られた目を細めて笑った。冬彦はその黒い先端を見ながら微笑む。
「なるほど。……この前のより、そっちの方が君らしい気がするよ」
「そうかしら。ありがとう」
梨華は微笑んだが、褒められ慣れているのはその表情で分かった。
(要するに、俺からすればすぐヤれそうな女に見えるってだけだけど)
冬彦は思いながらも口にせず、にこりと笑顔を浮かべる。
「今日のお店は?」
「イタリアン。ありきたりすぎた?」
「そんなことないです。ありがとう」
店を予約したのは冬彦だ。日にちの連絡に次いで【お店どこにします?】と来た連絡に、【じゃあ俺が予約しておくよ】と返したのは冬彦の方だった。
梨華の言動は意図が見え見えで分かりやすいが、それなりの経験がある冬彦相手だからこそ梨華も意図を隠す気はないのだろう。
「嬉しい。ほんとに一緒に出かけてくれると思わなかったから」
「そうなの? だって、断る理由がないよ」
冬彦の言葉に、梨華は上目遣いで冬彦の目を見つめた。本心を探ろうとするその目に動揺もせず、冬彦は微笑みを崩さない。
「どうかした?」
「ううん。……何でもないです」
梨華は小さく首を振った。
ハーフアップにした髪が揺れ、甘い香りが鼻腔に届いた。
コロンか整髪料かシャンプーかは分からないが、それも彼女によく似合っている。
不意に、添えられた肘を中心として、彼女の世界にからめとられたような感覚を覚えた。
何もない自分は、こうして女にあっさりと染められる。
(お似合いといえば、そうなのかもしれないな)
冬彦は笑う。梨華は不思議そうな顔をした。
「……どうかしました?」
「何でもないよ」
冬彦は優しい微笑みを浮かべて、やんわりと梨華の手を肘から外し、その肩を抱いた。
「梨華ちゃんは飲めるの? ーー俺、結構飲む方なんだけど」
「飲めなくはないです。歩けなくなったら、介抱してもらおっかなぁ」
肩を抱かれた梨華が頬を染めて笑う。冬彦はそれに笑い声を返しながら、「姫がご所望なら」と冗談を返した。梨華は満足げに冬彦の肩に頭を寄せて笑った。
改まった装いをする予定がある日ではないが、梨華は仕事帰りでオフィスカジュアルだろうから、並んで違和感があるような格好にならないよう、せいぜいクールビズだと言える程度のカジュアルさに留めたつもりだ。
女に配慮しているのか、自分が恥ずかしい想いをしないためなのかは自分でも分からないが、そんな自分に正直あきれる。
女と会えば女を楽しませる。ある程度その場を盛り上げる社交性を発揮する。抱けと言われれば抱くーー
誘いを断れない気質でもないが、明確に拒否する意思もない。だったら相手に巻かれておくかと、その程度の緩やかな決断だ。それがますますくだらない縁を引き寄せているのかもしれない。が、
(俺自身がくだらないんだ、くだらない人間しか寄って来なくて当然だ)
大人になればなるほど、出会う人間は、自分には到底及ばないほどの人格者で敬意の対象となるか、まるでその逆か、両極端になってきたような気がする。
そしてそのいずれにせよ、冬彦は踏み込んだ関係を築きたいと思えない。前者は自身の身勝手さや稚拙さを痛感させるだけだし、後者は同格に扱われたくないからだ。
そういう意味では、フラットな気持ちでつき合えるのは、少年時代に時を過ごした花田のような友達なのだった。
ーー中学んときってお互い剥き出しじゃん? 社会性とか、大人ぶった上っ面の仮面もなく向き合って、ぶつかり合ってた訳じゃん。気が楽だよな。
花田の言葉は、確かに一つの真実かもしれない。
思いながら改札前に立っていると、改札から出てきた梨華が目を輝かせて駆け寄って来た。
「こんばんは!」
「こんばんは」
にこり、と投げられた笑顔に、冬彦も笑顔を返す。
あえて無愛想に接して不愉快にさせるメリットもない。
仕事で小花柄のワンピースはさすがに着られなかったのか、シルクのような艶のあるライトグレーのトップスと紺色のレース地のコクーンスカート、足元は七センチピンヒールのエナメルベージュのシンプルなパンプスだった。
冬彦はこのパンプスを見る度、不思議に思う。艶といい色といい、エロスを感じるからだ。こういうものを履く女の心理というのはどういうものなのだろうーー
漂って行きそうになった思考を、微笑みを強めることで場につなぎ止める。
「今日の格好、可愛いね」
本当は「エロいね」と言いたかったのだが、さすがにそれを言うほど悪趣味でも場慣れしてなくもない。梨華は数度目をまたたかせて、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、こういう格好の方が好き?」
「こういうって?」
「うーんと、大人の女スタイルっていうか……」
冬彦がゆっくり歩き出すと、梨華もそれに従った。
先日と同じく、さりげなく掴めるようにしておいた肘に、梨華は当然のように手を添える。
「この前のは?」
「清楚なお嬢様系スタイル」
梨華はマスカラを施したまつげに縁取られた目を細めて笑った。冬彦はその黒い先端を見ながら微笑む。
「なるほど。……この前のより、そっちの方が君らしい気がするよ」
「そうかしら。ありがとう」
梨華は微笑んだが、褒められ慣れているのはその表情で分かった。
(要するに、俺からすればすぐヤれそうな女に見えるってだけだけど)
冬彦は思いながらも口にせず、にこりと笑顔を浮かべる。
「今日のお店は?」
「イタリアン。ありきたりすぎた?」
「そんなことないです。ありがとう」
店を予約したのは冬彦だ。日にちの連絡に次いで【お店どこにします?】と来た連絡に、【じゃあ俺が予約しておくよ】と返したのは冬彦の方だった。
梨華の言動は意図が見え見えで分かりやすいが、それなりの経験がある冬彦相手だからこそ梨華も意図を隠す気はないのだろう。
「嬉しい。ほんとに一緒に出かけてくれると思わなかったから」
「そうなの? だって、断る理由がないよ」
冬彦の言葉に、梨華は上目遣いで冬彦の目を見つめた。本心を探ろうとするその目に動揺もせず、冬彦は微笑みを崩さない。
「どうかした?」
「ううん。……何でもないです」
梨華は小さく首を振った。
ハーフアップにした髪が揺れ、甘い香りが鼻腔に届いた。
コロンか整髪料かシャンプーかは分からないが、それも彼女によく似合っている。
不意に、添えられた肘を中心として、彼女の世界にからめとられたような感覚を覚えた。
何もない自分は、こうして女にあっさりと染められる。
(お似合いといえば、そうなのかもしれないな)
冬彦は笑う。梨華は不思議そうな顔をした。
「……どうかしました?」
「何でもないよ」
冬彦は優しい微笑みを浮かべて、やんわりと梨華の手を肘から外し、その肩を抱いた。
「梨華ちゃんは飲めるの? ーー俺、結構飲む方なんだけど」
「飲めなくはないです。歩けなくなったら、介抱してもらおっかなぁ」
肩を抱かれた梨華が頬を染めて笑う。冬彦はそれに笑い声を返しながら、「姫がご所望なら」と冗談を返した。梨華は満足げに冬彦の肩に頭を寄せて笑った。
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