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本編
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櫻井と別れた後、冬彦は昼食を摂ろうと、駅ビルの中にある洋食屋に入った。
時間は午後3時を回っている。昼時を外したレストランは客も少なく、ゆっくりできそうだった。
年かさの店員が注文を取りに来て、もう既に日替わりランチは終わっていることを告げられ、ほとんど選択肢のないメニュー表から一つを選ぶ。
オーダーを復誦した店員は、冬彦が頷くのを見てメニューを受け取り、一礼して去った。
きびすを返した店員の背を見てから、冬彦はメールをチェックしようとスマホをジャケットの内ポケットから取り出す。父からの連絡があった。
着信時刻は約2時間前。父にとっては昼休みの終わり頃か。
日頃は連絡を寄越さない父だ。昨日の今日でもあり、一体何だろうと緊張しながらメッセージを開くと、簡潔な一文が目に入った。
【今夜、予定あるか】
無愛想にしてもずいぶんだ。これでは安堵するに至らない。
冬彦は苦笑する。
【別に無いけど】
求められたことだけを答えて、懐にスマホをしまった。注文の品が運ばれて来る。冬彦が微笑と共に受けとると、店員もにこりと笑顔を返して来た。
タイミングを逃したからか、あまり空腹を感じていなかったのが、料理から立ち上る湯気と匂いを前にすると食欲がわいてきた。
もともと、あまり食にこだわりがある方ではない。気分に影響されやすいのだ。気の滅入ることが続いていたので食欲も低下気味だったが、とりあえず父から連絡があったのなら何かしら展開に動きもあるだろう。関係が硬直してしまう方がよほど怖いものだろう。
終業後に来るだろうと思っていた父からの返事は、思ったよりも早く来た。
【19時に○駅で】
最後の一口を咀嚼する間に届いたメッセージに、嘆息しながら了解の旨を返す。どことなく気分が重くなったことに気づいて苦笑した。
ちょうど店員が食後のコーヒーを持ってきてくれたところだった。店員は、代わりに空いた食器を下げていく。
暖かく立ち上る湯気と香ばしい香りをかぎながら、スマホを懐におさめた。
父は元々多弁な方ではない。いやむしろ無口な方であり、無駄口をきかない代わりに必要なことすら口にしない。
一方の母はよく話す人だった。どこが本旨か分からないほど、のべつ幕ない語りように、父がうんざりしていると気づいてからは、冬彦が父に代わって母の無駄話を聞くようになった。
そうなったのはいつからだったか、冬彦はもう覚えてすらいない。それこそ子どもの頃の話だ。
そしてその習慣が今になっても続いていたわけだが、よかれと思って始めたはずのそれが、むしろ夫婦の亀裂を大きくしたのではないか。大人になった今、うっすらと感じる罪悪感はあながち的外れてはいないだろう。
もしも冬彦がそうしなければ、そこで夫婦がぶつかり合う機会になったかもしれず、結果として今とは違う関係に収まったかもしれない。
しかしそれも今となっては可能性の問題だ。世間体を気にする両親の性格を考えれば、冬彦がいなかったからといって離婚やそれに準じる決断をしたとは思えず、一方で仲のいい夫婦になれたとも思えない。
息子の冬彦から見てすら、どうして一緒になりえたのかと不思議に思うほどなのだ。
今夜、父がどんな話をするつもりかは分からないが、あゆみと共に在りたいという冬彦の決意は変わらない。
目的が明確なら相手を恐れる必要もない。
それが半ば自分に言い聞かせていると気づきつつ、冬彦は息をついてコーヒーを引き寄せる。口をつけたカップを傾けると、苦みが口内に広がった。
香りと共に、それが冬彦を落ち着かせた。
目を閉じてその香りに浸る。
逃げる気はない。
向き合う覚悟はした。
ゆっくりと目を開くと、コーヒーの表面に自分の顔が写っている。
強張ったその表情を見て取って、ふと込み上げた笑いを手で隠した。
時間は午後3時を回っている。昼時を外したレストランは客も少なく、ゆっくりできそうだった。
年かさの店員が注文を取りに来て、もう既に日替わりランチは終わっていることを告げられ、ほとんど選択肢のないメニュー表から一つを選ぶ。
オーダーを復誦した店員は、冬彦が頷くのを見てメニューを受け取り、一礼して去った。
きびすを返した店員の背を見てから、冬彦はメールをチェックしようとスマホをジャケットの内ポケットから取り出す。父からの連絡があった。
着信時刻は約2時間前。父にとっては昼休みの終わり頃か。
日頃は連絡を寄越さない父だ。昨日の今日でもあり、一体何だろうと緊張しながらメッセージを開くと、簡潔な一文が目に入った。
【今夜、予定あるか】
無愛想にしてもずいぶんだ。これでは安堵するに至らない。
冬彦は苦笑する。
【別に無いけど】
求められたことだけを答えて、懐にスマホをしまった。注文の品が運ばれて来る。冬彦が微笑と共に受けとると、店員もにこりと笑顔を返して来た。
タイミングを逃したからか、あまり空腹を感じていなかったのが、料理から立ち上る湯気と匂いを前にすると食欲がわいてきた。
もともと、あまり食にこだわりがある方ではない。気分に影響されやすいのだ。気の滅入ることが続いていたので食欲も低下気味だったが、とりあえず父から連絡があったのなら何かしら展開に動きもあるだろう。関係が硬直してしまう方がよほど怖いものだろう。
終業後に来るだろうと思っていた父からの返事は、思ったよりも早く来た。
【19時に○駅で】
最後の一口を咀嚼する間に届いたメッセージに、嘆息しながら了解の旨を返す。どことなく気分が重くなったことに気づいて苦笑した。
ちょうど店員が食後のコーヒーを持ってきてくれたところだった。店員は、代わりに空いた食器を下げていく。
暖かく立ち上る湯気と香ばしい香りをかぎながら、スマホを懐におさめた。
父は元々多弁な方ではない。いやむしろ無口な方であり、無駄口をきかない代わりに必要なことすら口にしない。
一方の母はよく話す人だった。どこが本旨か分からないほど、のべつ幕ない語りように、父がうんざりしていると気づいてからは、冬彦が父に代わって母の無駄話を聞くようになった。
そうなったのはいつからだったか、冬彦はもう覚えてすらいない。それこそ子どもの頃の話だ。
そしてその習慣が今になっても続いていたわけだが、よかれと思って始めたはずのそれが、むしろ夫婦の亀裂を大きくしたのではないか。大人になった今、うっすらと感じる罪悪感はあながち的外れてはいないだろう。
もしも冬彦がそうしなければ、そこで夫婦がぶつかり合う機会になったかもしれず、結果として今とは違う関係に収まったかもしれない。
しかしそれも今となっては可能性の問題だ。世間体を気にする両親の性格を考えれば、冬彦がいなかったからといって離婚やそれに準じる決断をしたとは思えず、一方で仲のいい夫婦になれたとも思えない。
息子の冬彦から見てすら、どうして一緒になりえたのかと不思議に思うほどなのだ。
今夜、父がどんな話をするつもりかは分からないが、あゆみと共に在りたいという冬彦の決意は変わらない。
目的が明確なら相手を恐れる必要もない。
それが半ば自分に言い聞かせていると気づきつつ、冬彦は息をついてコーヒーを引き寄せる。口をつけたカップを傾けると、苦みが口内に広がった。
香りと共に、それが冬彦を落ち着かせた。
目を閉じてその香りに浸る。
逃げる気はない。
向き合う覚悟はした。
ゆっくりと目を開くと、コーヒーの表面に自分の顔が写っている。
強張ったその表情を見て取って、ふと込み上げた笑いを手で隠した。
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