キレ者弁護士は生徒会長に甘えたい

松丹子

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本編

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『よー、小野田。ちゃんとあゆみと話した?』

 坂下から連絡があったのは翌日の夜だった。一人でウィークリーマンションの一室にいた冬彦は、嘆息して呆れる。

「あのなー。何なの、お前のそのお節介」

 キャラ違うだろ、と口を尖らせると、坂下は電話の向こうでくすくすと笑う。

『小野田の弱みを握れるならいくらでもお節介焼いてやるよ』
「ああ……そういうことね」

 それならまあ、話はわからなくもない。
 勉強だけは絶対に負けないと息巻いていた坂下は、未だに冬彦をライバル視しているのかもしれないし、冬彦自身、どこか坂下には闘志に似たものを感じている。

『で、水曜の夜って空いてる?』
「はぁ? 何だそれ」
『ノー残業デーだから、帰りやすいんだよね。飲みに行こうよ』
「……って、お前家どこよ」
『都内。職場も』
「行く用ないんだけど。わざわざ出てこいっての?」
『いいじゃんよー。俺と小野田さんの仲だろ』
「どんな仲だよ」
『そんな嫌がんなって。言っておきたいこともいろいろあんだよ』

 坂下が笑う。冬彦は観念して、スケジュール帳の水曜の夜にサカシタと書き込んだ。

 * * *

 坂下と会う日は一日部屋に引きこもっていた冬彦だったが、日が傾いて来た頃になってようやく外へ出た。
 暦はもう9月になっている。ついこの間まで、風は肌にまとわりつくような湿度を孕んでいたが、今日はだいぶさらりと感じた。
 坂下とは駅で待ち合わせた。宣言通り定時で上がったのか、十分前についた冬彦よりも先に駅に来ていた坂下は、冬彦を見つけて手を上げた。
 週中の夜とはいえ、都心の交通要所のその駅はだいぶ賑わっている。
 立ち並ぶ柱の横に立つ坂下の周りにも、人を待っているらしい男女がちらほらと見えた。

「お疲れ」
「うん。わざわざどーも」
「どういたしまして」

 坂下にとっては帰路の乗り換え駅らしいが、冬彦にとってはわざわざ家から出てきたのである。坂下の社交辞令に、あえて社交辞令を無視して返すと、坂下は笑った。

「さて。あんまり長くは飲めないから。適当に入るか」

 言って歩き出す坂下の横顔を冬彦はちらりと見やり、嘆息する。

「妊婦を家に残してるからな」
「そうそう。ーーまあ、妻は気にしてないんだけどさ」

 冬彦の方に目を向けずに微笑む坂下は、同い年とは思えない落ち着きを感じる。
 若年寄とまで揶揄された彼が落ち着いて見えるのは昔からだ。そういう意味では、今さらどうこう思うものでもないのだが、元の風格だけでなく、父親になる自覚が加わっているのかもしれない。
 などと思うのは勘繰りすぎか。

「……順調なの、奥さん」
「じゃなきゃ飲みに誘ったりしないっしょ」
「まあそれもそうだ」

 歩きながら交わす会話は、いまいち長く続かない。考えてみれば二人は在学中もさして会話を交わさなかった。
 それぞれつき合いの深い友人も異なる。冬彦が比較的騒がしいクラスメイトに囲まれていた一方で、坂下は落ち着いたグループの中心にいた。
 それぞれ、別の集団に囲まれていたのだ。
 そう思い出すと、今二人でこうして街中を歩いているのはどこか不思議な気もする。
 駅を出ると、連なるビルの一階にバルが見えた。坂下は指で店を示し、ここでいいかと尋ねる。特段の異見もない冬彦は黙って頷いた。
 中に入ると暖色のライトが黒い天井から垂れ下がっている。カウンターは十席ほど、机の席は4、50人分ほどありそうだ。
 なかなかの賑わいだが、満席とまではいかない。近づいてきた店員に二人だと告げると、にこりと笑顔で奥へと誘導された。
 案内された四人がけ用の椅子を引き、向き合って腰掛ける。天井と同じく黒い壁には、ところどころに落書きのような英字があった。
 席についた冬彦がぼんやりとそれを眺めていると、坂下が眉を上げた。

「飲み物は? ビールでいい?」
「ああ。何でも」

 坂下は頷いて、店員にビールを二つ頼んだ。ビジネスバッグを隣の椅子の上に置く。
 冬彦は頬杖をついて坂下を見た。

「……で、要件は?」
「せめて飲み物来るのくらい待てよ」
「早く帰らなきゃいけないみたいだからねぇ、豊クンは」
「キモっ。豊クンてなにーー」

 渋面になって言いかけて、坂下はぷはっと噴き出した。

「あー、そう。あゆみがそう呼んでるから拗ねてんの?」
「るっせぇ、黙れ」

 その呼び方はやめろと言いたい気持ちを押し隠し、睨みつけるように言うと、坂下は楽しげに笑った。

「ま、いいけどさ。あゆみに怒られたんだよね。小野田くんに変なこと吹き込んだでしょうって。そんなつもりもないんだけどなぁ」

 坂下が言ったとき、ジョッキが二つ運ばれて来た。
 それぞれの前に置かれたジョッキを手にし、坂下が眼鏡越しに冬彦を見つめる。

「お疲れ。ひとまず乾杯」

 坂下が持ち上げたジョッキに、冬彦は黙って自分のそれを合わせた。
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