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本編
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しおりを挟む翌朝、起き上がろうとするあゆみを制して冬彦が朝食の準備をした。
ベッドに横たわったままぼんやりと冬彦を眺めるあゆみは、ときどき目が合うとくすぐったそうに笑う。
その顔を確認する度、冬彦も微笑みを返し、また手元に視線を戻した。
多忙であまり自炊する時間も取れないのであろうあゆみの家には、食材がたくさんあるわけではない。とりあえず冷蔵庫にあった卵で目玉焼きを作り、食パンを焼いて紅茶をいれた。
「できたよ」
「うん」
声をかける頃には、あゆみも起き上がって身支度を整えている。乱視がほとんどないので、家の中では眼鏡がなくてもあまり差し支えないと言うあゆみは、ざっくりと髪を結わえて朝食の並んだ座卓までやってきた。
「美味しそう。ありがとう」
「どういたしまして」
目が合い、どちらからともなく笑う。手を合わせると、いただきますと口の中でつぶやいて食べはじめた。
「そういえば、先週一中の先生に会ったんだけど」
「一中って、花田んとこな」
「そうそう」
あゆみは口の中のパンを飲み込み、改めて口を開いた。
「その先生、前までうちの学校だったから仲良いんだけど。例の事故起こした子、どうしてますかって聞いたの。ちょうど花田くんと同じ学年担当してるから」
冬彦は軽く相槌を打ち、視線で先を促した。
あゆみも頷き返して続ける。
「今、リハビリしてるんだって。元通りの生活に戻るのはしばらくかかるかもしれないけど、がんばれば後遺症もほとんど出ないんじゃないかって言ってたよ」
「そうか」
冬彦はほっとして表情を緩めた。あゆみも頷いて微笑む。
「花田くん、担任だからほとんど毎日病院に行ってるみたい。プリント渡したり、どこまで進んだって話ししたり……他の生徒も顔出してるみたいだけどね。花田くんがバテないかって先生が心配してた」
冬彦は苦笑した。
確かに花田はそうとなると徹底してお節介を焼くタイプで、何だかんだ言って面倒見がいい。
だからこそ冬彦とも、憎まれ口を叩きながらつかず離れずでつき合って来れたのだろう。
「また連絡してあげて」
「忙しいなら、邪魔だろ」
「そんなことないと思うよ」
あゆみは首を傾げた。
「返事はしばらくないかもしれないけど。気にかけてくれてる人がいるって、嬉しいし力になるものでしょ」
冬彦はまっすぐなあゆみの目を見て、手元に目線を落とした。
照れ臭さにわずかに唇が尖る。
「……だったら、お前が連絡すれば」
「私がしたって意味ないよー」
「じゃあ俺だって意味ないだろ」
「ええー」
子どもじみた言い合いに、あゆみはけらけら笑った。
「だって花田くんにとって冬彦くんは、憧れだし親友でしょ。そう言ってたよ」
冬彦は動きを止めた。
あゆみがあっと口を手で塞ぎ、わたわたと慌てだす。
「や、やだ。今のなし。聞かなかったことにして」
「……言ってたって」
「だから聞かなかったことにして!」
あゆみが頬を赤くして慌てている様が可笑しくて笑うと、恨めしげな目で冬彦を見てきた。
「冬彦くん、ついつい色々話しちゃう。言っちゃ駄目って言われてたのに」
「そりゃどうも」
冬彦は笑いながら食パンを口に押し込む。上に塗られたイチゴのジャムの甘さと酸味が口に広がった。
「い、一応言っておくけど、私、そんなに口軽くないんだよ」
あゆみは補足するように言って、紅茶の入ったカップを手元に引き寄せる。
両手でカップを持ち上げて、ふぅと息を吹きかけた。
そのまま口に運ぶ姿を見ながら、冬彦は微笑む。
「あゆみには、ついつい色々話しちゃう、んだな。花田も」
カップの淵に口をつけたままのあゆみが目をまたたかせた。顔半分が隠れているせいで、その目の曇りなさが際立つ。
冬彦はふと笑うと、自分もコップに手を伸ばした。黙ったまま紅茶を口に含む。
紅茶の香りに包まれた沈黙が、一瞬、二人を包んだ。
「……今日、一度実家に帰るから」
冬彦の静かな声が、沈黙を破った。
あゆみの目が一瞬泳ぎ、冬彦をとらえる。
「……うん」
あゆみは言葉に迷ったらしいが、ただ頷いただけで次の言葉を待った。
冬彦は一度唇に力を込めて引き結び、解いて微笑む。
「がんばったら、今日もここに戻ってきていい?」
あゆみは一瞬目を見開いて、困ったようにまばたきした。
だんだんとその頬が赤く染まる。
両手で持ったカップに口元を隠し、頷いた。
「……待ってる」
「ありがとう」
なら、がんばれる。
冬彦が笑うと、あゆみがますます照れ臭そうにした。
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