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番外編② 花田先生と事務員さん
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宴会が終わり、一同が撤収した後、幹事三人は忘れ物の確認のために会場に残っていた。
「よし、大丈夫だな」
「大丈夫そうですね。よかった。俺、ちょっとトイレ行って来ていいですか?」
「ああ、先外出てるね」
「すみません。すぐ行きます」
杉田が手洗いに行くのを見送り、康太は横目で加地を確認して入口へ歩き出す。加地も黙って後ろをついてきた。
店の外に出ると、真っ暗な中を居酒屋の明かりがあちこち照らし出している。そのせいか、逆に空は真っ黒に見えた。
夏らしい生温い風が肌にまとわりつく。不愉快な湿度に眉を寄せそうになり、堪えた。
沈黙しているのもどうかと、康太は口を開く。
「……リトマス紙、届いたんですね」
「あっ、あ、そう、そうなんです」
加地はなぜか思い切りうろたえて、落ち着かなげにわたわたした。
「あの、すみません、夏休みに入る前に用意できなくて……」
「いや、いいけど。来たの知らなかったんで」
「き、今日来ました。納品が遅れてて、催促して。ほんとすみません」
ぺこりと頭を下げる。そのつむじを見ながら、康太は若干の居心地の悪さを感じた。
加地は腰が低い。低すぎて、ただでさえ身長差がある康太から見えるのは、いつもその頭ばかりだ。
「いや、いいですけど」
言いながら、さっきも同じような反応をしたなと思う。
加地は康太が機嫌を損ねたと思ったのか、また、すみません、と謝った。
苛立ちと悪寒の間のような感情が、康太の心を撫でる。
(あああああ。謝んな。気分悪ィ)
まるで自分がいじめてでもいるようだ。
愛想がいい、人当たりがいい、と褒められる花田康太が。
(つーか、まあそういう褒められ方しかしない俺だよね)
そう思うといいとも悪いとも思えない。ヘラヘラした自分をときに嫌悪することもある。
「お待たせしましたー! あれ? どうかしました?」
杉山が明るい顔でやってきた。康太は内心安堵しながらそれを笑う。
「杉山先生、出すもの出してスッキリしました? 晴れやかな顔ですね」
「あはは。それもあるし、面倒ごとが終わったのもあるし」
杉山は笑って、店の外を指差した。
「幹事お疲れさまってことで、一軒行きません?」
杉山の笑顔。加地の困惑。
いずれの顔も、一瞬後に康太に向く。
(まあ、後輩の恋路のためか……)
「じゃ、一杯だけ、行きますか」
康太は笑顔で答えて、加地を見やった。
「加地さんはどうします? 帰るなら駅まで送りますけど」
「ぁっ、あ、あ……えと、一杯だけなら、行きます……」
(別に嫌なら嫌でもいいのに)
心中の言葉は表に出さず、康太はにこりと笑って歩き出した。
* * *
「加地さんはどうして学校事務やってるの?」
届いた飲み物で乾杯すると、杉山が加地に尋ねた。
杉山と康太が隣り合い、杉山の前に加地が座っている。
斜めの席は康太にとって都合がよかった。基本的に二人に会話してもらえばいいからだ。
加地はグラスを両手で包んだまま、口もつけず困った顔をする。
「え、えっと。公務員になりたくて……でも、行政事務だと、いろんなことしなくちゃいけないから、向いてないかなと……」
「あ、そうなんだ。消去法みたいな?」
「え……と、まあ……そうなるかも……」
杉山の言いぶりに悪気はないのだが、加地の言葉はだんだんと小さくなった。無自覚なのかうつむいた加地を、康太は何もいわずに横目で見やる。
(消去法、ねぇ)
言うにしても他に言いようがあるだろう、と心中わずかに苛立つ。
康太とて、理想論者な訳ではない。夢や希望や理想だけでは教師はやっていけない。
しかし、夢も希望も理想もなければ、続けて行ける仕事でもないと、康太は思っている。
少なくとも、一定の責任感を持つ人間ならば。
学校を聖域だなどと馬鹿げたことをいうつもりはない。その一方で、仕方なく足を運ぶ職場だと思われるのも腹立たしかった。
命懸けとはいかずとも、学校や生徒、教師という仕事に、それなりのエネルギーは注いでいる。
そこには少なからず矜持もあって、侮辱を笑って受け入れられる器量はなかった。
「あ、あの。花田先生は、どうして、教師に……」
一人でちびちびと酒を飲み進める康太に、加地がおずおずと声をかけた。
それが初めて彼女から自分にかけられた言葉だと気づいたが、ちらりと上げた目が合うなり、俯かれる。
(だったら話しかけんなよ)
苛立ちは増した。康太は口の端を引き上げる。
「どうしてだったかなぁ。忘れちゃいました」
言って、残ったビールを喉に流し込む。
二人とは違い、会話に参加していなかった康太の飲み物はだいぶ少なくなっていた。
康太は着信に気づいた体でスマホをタップし、杉山と加地を見やる。
「あー、すみませんけど先帰ります。ちょっと今日中に連絡取らなきゃいけない件があって」
「え、そんなのここででも……」
「資料が家にあるんですよね。少し多めに置いてくから、まあ二人で楽しんで」
康太は言って、財布から五千円札を出すと机に置いた。口先では康太を止めようとした杉山は、実際には加地と二人になれるチャンスを喜んでいるとわかる。
康太は微笑んだ。
「加地さん、危なくないようにちゃんと送ってもらってね。杉山先生も無理強いはしないように」
「はーい、花田先生」
杉山が笑って頷く前で、加地が曖昧に頷いた。
「よし、大丈夫だな」
「大丈夫そうですね。よかった。俺、ちょっとトイレ行って来ていいですか?」
「ああ、先外出てるね」
「すみません。すぐ行きます」
杉田が手洗いに行くのを見送り、康太は横目で加地を確認して入口へ歩き出す。加地も黙って後ろをついてきた。
店の外に出ると、真っ暗な中を居酒屋の明かりがあちこち照らし出している。そのせいか、逆に空は真っ黒に見えた。
夏らしい生温い風が肌にまとわりつく。不愉快な湿度に眉を寄せそうになり、堪えた。
沈黙しているのもどうかと、康太は口を開く。
「……リトマス紙、届いたんですね」
「あっ、あ、そう、そうなんです」
加地はなぜか思い切りうろたえて、落ち着かなげにわたわたした。
「あの、すみません、夏休みに入る前に用意できなくて……」
「いや、いいけど。来たの知らなかったんで」
「き、今日来ました。納品が遅れてて、催促して。ほんとすみません」
ぺこりと頭を下げる。そのつむじを見ながら、康太は若干の居心地の悪さを感じた。
加地は腰が低い。低すぎて、ただでさえ身長差がある康太から見えるのは、いつもその頭ばかりだ。
「いや、いいですけど」
言いながら、さっきも同じような反応をしたなと思う。
加地は康太が機嫌を損ねたと思ったのか、また、すみません、と謝った。
苛立ちと悪寒の間のような感情が、康太の心を撫でる。
(あああああ。謝んな。気分悪ィ)
まるで自分がいじめてでもいるようだ。
愛想がいい、人当たりがいい、と褒められる花田康太が。
(つーか、まあそういう褒められ方しかしない俺だよね)
そう思うといいとも悪いとも思えない。ヘラヘラした自分をときに嫌悪することもある。
「お待たせしましたー! あれ? どうかしました?」
杉山が明るい顔でやってきた。康太は内心安堵しながらそれを笑う。
「杉山先生、出すもの出してスッキリしました? 晴れやかな顔ですね」
「あはは。それもあるし、面倒ごとが終わったのもあるし」
杉山は笑って、店の外を指差した。
「幹事お疲れさまってことで、一軒行きません?」
杉山の笑顔。加地の困惑。
いずれの顔も、一瞬後に康太に向く。
(まあ、後輩の恋路のためか……)
「じゃ、一杯だけ、行きますか」
康太は笑顔で答えて、加地を見やった。
「加地さんはどうします? 帰るなら駅まで送りますけど」
「ぁっ、あ、あ……えと、一杯だけなら、行きます……」
(別に嫌なら嫌でもいいのに)
心中の言葉は表に出さず、康太はにこりと笑って歩き出した。
* * *
「加地さんはどうして学校事務やってるの?」
届いた飲み物で乾杯すると、杉山が加地に尋ねた。
杉山と康太が隣り合い、杉山の前に加地が座っている。
斜めの席は康太にとって都合がよかった。基本的に二人に会話してもらえばいいからだ。
加地はグラスを両手で包んだまま、口もつけず困った顔をする。
「え、えっと。公務員になりたくて……でも、行政事務だと、いろんなことしなくちゃいけないから、向いてないかなと……」
「あ、そうなんだ。消去法みたいな?」
「え……と、まあ……そうなるかも……」
杉山の言いぶりに悪気はないのだが、加地の言葉はだんだんと小さくなった。無自覚なのかうつむいた加地を、康太は何もいわずに横目で見やる。
(消去法、ねぇ)
言うにしても他に言いようがあるだろう、と心中わずかに苛立つ。
康太とて、理想論者な訳ではない。夢や希望や理想だけでは教師はやっていけない。
しかし、夢も希望も理想もなければ、続けて行ける仕事でもないと、康太は思っている。
少なくとも、一定の責任感を持つ人間ならば。
学校を聖域だなどと馬鹿げたことをいうつもりはない。その一方で、仕方なく足を運ぶ職場だと思われるのも腹立たしかった。
命懸けとはいかずとも、学校や生徒、教師という仕事に、それなりのエネルギーは注いでいる。
そこには少なからず矜持もあって、侮辱を笑って受け入れられる器量はなかった。
「あ、あの。花田先生は、どうして、教師に……」
一人でちびちびと酒を飲み進める康太に、加地がおずおずと声をかけた。
それが初めて彼女から自分にかけられた言葉だと気づいたが、ちらりと上げた目が合うなり、俯かれる。
(だったら話しかけんなよ)
苛立ちは増した。康太は口の端を引き上げる。
「どうしてだったかなぁ。忘れちゃいました」
言って、残ったビールを喉に流し込む。
二人とは違い、会話に参加していなかった康太の飲み物はだいぶ少なくなっていた。
康太は着信に気づいた体でスマホをタップし、杉山と加地を見やる。
「あー、すみませんけど先帰ります。ちょっと今日中に連絡取らなきゃいけない件があって」
「え、そんなのここででも……」
「資料が家にあるんですよね。少し多めに置いてくから、まあ二人で楽しんで」
康太は言って、財布から五千円札を出すと机に置いた。口先では康太を止めようとした杉山は、実際には加地と二人になれるチャンスを喜んでいるとわかる。
康太は微笑んだ。
「加地さん、危なくないようにちゃんと送ってもらってね。杉山先生も無理強いはしないように」
「はーい、花田先生」
杉山が笑って頷く前で、加地が曖昧に頷いた。
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