キレ者弁護士は生徒会長に甘えたい

松丹子

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番外編② 花田先生と事務員さん

07

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 杉山と加地との飲み会は、同窓会の翌週の土曜になった。
 平日ではないのかと呆れた康太だったが、どうにも予定が合わなかったらしい。

「今週は俺が研修とか会議とかで、来週は加地さん夏期休暇らしくって」

 それなら仕方ないかと従いつつも、脱力感は禁じ得ない。
 もう二度とつき合わないから二人で勝手にやってくれと、釘を刺しておかなければ。

 夏の午後5時はまだ明るい。
 そんな中からビールをかっくらう幸せを感じつつ、キャッチボールになりきらない会話を繰り広げる後輩二人をちらりちらりと見ていた。

(そういや、小野田たち、どうしたかな)

 他人の恋路、という関連で紐づいて友人を思い出す。

(見たところ、小野田の方はアリアリな感じだったけど)

 素直に自覚するかどうかはともかく、もし小野田のスイッチが入ったなら、相良が陥落する日は近いだろう。

(ああ……こんなところでこんな奴らと飲んでいる場合ではない……)

 黙って酒を傾け、ときどきお愛想程度に相槌をうつ康太に、杉山が痺れを切らしたように話題を振った。

「花田先生、先週の同窓会、どうだったんです?」
「え? あー。楽しかったよ。みんなおっさんおばさんになってて」
「なんですか、それー」

 杉山はあまり酒に強くない。ビール数杯で頬を赤くし、テンションが上がっている。
 もしかしたら、加地との会話の緊張で余計そうなっているのかもしれないが。

「なんか、いい話ないんですか。同窓会で久々の再会、燃え上がる昔の恋! みたいな」
「あはははは」

 康太は笑い飛ばそうとしたが、口元に笑みを載せたままつぐんだ。

「えっ、えっ、あるんですか?」
「どうだろうね~」

 にやにやしている康太を、杉山が期待に満ちた目で見つめて来る。

「聞かせてくださいよー!」
「まあ、まだこれからだから。どうなるかはわからないよ」
「そんな大人な返事要らないですー!」

 さらにテンションが上がる杉山の前で、加地がうつむいたのが見えた。
 康太は首を傾げる。

「加地さん? どうかした? 気分悪い?」

 楽しいことを思い出したばかりで、康太も優しい気持ちになっている。
 日頃、彼女に対して心中に抱くマイナスイメージへの罪悪感も手伝って、声が優しくなった。
 が、加地はうつむいたまま、首を振る。

(あ、そ。俺には口も効きたくないですか)

 そうですか、そこまで嫌いですか。
 せっかく示した優しさを反故にされて、康太はわずかに唇を尖らせた。

「気分悪かったら言ってね」

 一応かけた声は、先ほどよりもぶっきらぼうになった。加地はそれに気づいたかどうかわからないほど、曖昧に頷いた。


 * * *


 案の定三人での飲み会は杉山の独断場になり、杉山の話を康太がほどほどに盛り上げ、加地が曖昧にあいづちを打つという形で3時間ほど過ごした。
 どことなく二次会を提案しそうな杉山の横顔を見て、康太はちょっと寝不足で体調が悪いからと適当なことを言った。
 康太が行かないと分かるや加地もほっとした顔をし、まだ九時にもならないのに解散になった。
 帰宅すると、妙な疲れが身体を襲う。
 大人のつき合いほど面倒なものもない、と最近思う。
 もやもやした気分を切り替えようと、スマホを取り出して気のおけない男の名前を表示した。
 コールすると、少しして不機嫌そうな声が応える。
 康太の口の端が自然と引き上がった。

「おっす。小野田、先週はお疲れ」

 応じる小野田はやたらと面倒くさそうだったが、いつものことだ。彼がそういう態度を取れば取るほど、康太はむしろ楽しくなってくる。
 自分でもその精神構造はいまいちよく分からないが、対小野田限定の事象である。多分、どこを突いても完璧にしか見えない悪友への一種歪んだ親愛の情なのだろうと理解している。
 同窓会の打ち上げに行こうと提案してみたが、小野田は無下に断った。

『どうせもう少しで夏休みも終わって新学期だから、その前に遊んどきたいだけだろ』
「おっふぅ。ご名答。さっすが敏腕弁護士サマサマ」
『別に敏腕じゃねぇ』
「飲み行こうよー。どっか遊びに行く? あっ、一泊旅行とか」
『ほざけ。男と二人で行って何が楽しい』
「ぐっは。刺さるぅ。色男は言うことが違うね』

 ぽんぽんと進む会話の中で、ちょっとかまをかけてみた。
 小野田の視線が、同窓会で相良を追っていたと。
 茶化すつもりだったのに、電話の向こうで間違いなく動揺が走った。
 あの冷静沈着な小野田が。
 一瞬の驚きの後、口元がにやりと歪む。

(何かあったな)

 直感だが確信する。
 本来ならば、こんな分かりやすい茶化しに動揺するような男ではない。

(本気か。まあ、そうかもな)

 相手に顔が見えないのを幸い、にやつきをそのままにする。
 動揺のせいかいまいち反応が鈍い小野田に、康太は笑った。

「ときどきお前が生徒と変わらないように思える」
『中坊と一緒にすんな』
「大して変わんねぇよ。だって俺ら、そんな成長した?」

 ふてくされる小野田に言うと、小野田は一瞬の沈黙の後、

『……さすがに自転車でチキンレースはやらねぇぞ』

 康太は思わず、噴き出した。

「なっつかしー。そりゃ違いない」

 度胸試しの坂下り。夏休みに数度、二人でやったものだ。
 坂の上にある市営プールの帰り道、下り坂をブレーキ無しで駆け下る。坂曲がりの坂を下った先には、交通量は少ないものの、ドライバーには知れた抜け道がある。
 懐かしさに、康太は笑ったが、次いで思い出した。

 そう、夏休みだ。
 中学二年生。
 うだるような暑さの中。
 アイス一つをかけての、チキンレース。

 駆け下る自転車。頬を殴る風。
 今なら何でもできそうだという高揚感。
 幼い二人。
 幼かった二人。

 ーーそして目の前で、小野田が飛んだ。

 小野田と話しながら上がった気持ちが、すとんと落ち着いた。
 二、三、言葉を交わして、電話を切る。
 確認のために、メッセージを送った。

【来週の土曜の夜、空けといて】

 その土曜に、自分の生徒が小野田と同じ目に遭うだなど、想像もせずに。
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