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第2章 王子様は低空飛行
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遠藤さんとの食事は、正直とても楽しかった。
人に気を遣わせず場を盛り上げられる人なのだ。にこにこして愛想がよくて、まさに営業向き。百貨店の仕事は天職みたいなもんだろう、なんて思ったことを素直に口にしたら、「褒め上手だね。どーぞ一献」とワインのボトルを傾けられた。
私もアルコールは苦手じゃない。「このカクテル珍しいでしょう」「このワイン美味しいよ」とアルコールメニューを開く遠藤さんこそ勧め上手で、ついついお酒が進んだ。
「……西野、あんまり調子に乗ると後悔するぞ」
「するならもうしてるー」
本気と冗談が半々の言葉を返して笑う。確かにふわふわして、気持ちがよくなっている。
「お酒は楽しいのがいちばーん」
「そうそう、そうだね」
「遠藤さんが勧めてくれたの、どれもおいしーい」
「ほんと? よかった」
にこり、と微笑む甘いマスク。アルコールで濡れた唇に、ダウンライトが反射している。
これが曽根と再会する前ならば、「ちょっとホテルへどうですか」なんて誘っていたかもしれない。
曽根はむすっとしたまま、食事を続けている。
ちょっとくらいその表情を緩めたらどうよ!
なんだかむしゃくしゃして、曽根の肩をぺしぺし叩いた。
「曽根ってば。なんでそんなむすっとしてんの。もうちょっとくらい、にこってしてもいいじゃないよぅ」
「俺の顔は元からこうだ。放っとけ」
「そうだけどぉ。知ってるけどぉ」
百貨店員のくせにぃ。
ぶーぶー言いながら唇を尖らせ、据わった目を遠藤さんに向ける。
「こいつ、大丈夫なんですか? お客さんにらみつけたりしてません?」
「あはははは、最初は結構言われてたけどな。最近はそれなりに」
「遠藤さんも苦労しますよねぇ。こんな不機嫌面の男の教育係なんて」
「売り場が同じってだけだよ」
遠藤さんは笑いながら、「そろそろお茶にしておこうね」と店員さんにウーロン茶をリクエストする。私は残ったワインボトルに手を伸ばした。
「もったいないから飲みますっ」
「俺が飲むから」
私がつかんだワインボトルを、私の手の上からやんわり抑えられる。暖かくて大きな手は、曽根のそれともまた違う。穏やかな目に見つめられて、不覚にもどきりとした。
「……遠藤さんて、遊んでますね」
「マルヤマ百貨店の遊び人だそうだからね」
「俺はナンパ師って言ったんすよ」
曽根が半眼でワインを口にする。それがなくなるのを見て取って、遠藤さんがワインボトルを掲げた。
「まあ飲みたまえ、若者よ」
「……」
曽根は黙ってワインを受ける。店員さんがお茶を2つ、持ってきてくれた。遠藤さんが立ち上がる。
「俺、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「はーい。いってらっしゃーい」
私が手を挙げると、遠藤さんは笑いながら席を立った。
曽根と二人になり、無言で飲み物を口に運ぶ。
沈黙を破ったのは、曽根だった。
「……似てない、ちょっと」
「は?」
「……小川先輩に」
私はぽかんとする。
「……誰が?」
「遠藤さん」
「やす……小川先輩に?」
「そう」
私は思わず、考え込んだ。
康広くんの気弱そうな微笑み。華奢な身体つき。身長だってそんなに高くない。
一方の遠藤さんは、確かにたれ目ではあるけれど、自信にあふれた笑顔だ。康広くんはもちろん、曽根よりも背が高くて、私と頭一つ分は違う。何かスポーツをしていたのだろう、スタイルがいいのはスーツを着ていても分かった。
「……どこが?」
本気で眉を寄せた私に、曽根がうろたえた。
「ニコニコしてるとことか……」
「まあ愛想はいいよね。確かに」
「話し上手なとことか……」
「まあ、あんたに比べたら大体の人は話し上手だよね」
曽根がぎゅっと眉を寄せて唇を尖らせる。他に似ているところを探そうとしているのだろうか。
私は苦笑した。
「……で、”小川先輩”に似た人を紹介してくれて、どうしようと思ってたわけ」
曽根はちらりと目を上げたけれど、何も言わずにワインを飲み干し、お茶をぐいぐい飲んでいく。
「曽根?」
「別に」
お茶を飲み干して、曽根は言った。
「別に、なんでも。お前が興味ないなら、別にいい」
むっつりしたまま言われて、ため息をつく。
……気を使ってくれた、つもりなんだろうか。
おおいに、ズレにズレた気遣いだけれど。
机の上に置いた曽根のスマホが揺れて、二人してびくりと身体を震わせた。
曽根が眉を寄せてスマホを開く。「遠藤さんだ」と呟いてメッセージを確認すると、「はぁ……?」といら立ったような声を出した。
「なに?」
覗き込んだ私に、曽根が黙って画面を見せてくれる。
【悪いけど、同期から飲みの誘いがあって先に出ました。会計は済ませたからあとはご自由に。西野さんの分は俺がおごるけど、曽根ちゃんは後で請求するからよろしく】
それを見た私は、思わず笑いそうになった。
「この先輩には敵いそうにないねぇ、”曽根ちゃん”」
「うるせーよ」
ますますむっつりした曽根の頬は、少し紅潮しているように見える。
それがアルコールのせいか、羞恥心のせいか、気持ちのいいお酒を楽しんだ私には分からなかった。
人に気を遣わせず場を盛り上げられる人なのだ。にこにこして愛想がよくて、まさに営業向き。百貨店の仕事は天職みたいなもんだろう、なんて思ったことを素直に口にしたら、「褒め上手だね。どーぞ一献」とワインのボトルを傾けられた。
私もアルコールは苦手じゃない。「このカクテル珍しいでしょう」「このワイン美味しいよ」とアルコールメニューを開く遠藤さんこそ勧め上手で、ついついお酒が進んだ。
「……西野、あんまり調子に乗ると後悔するぞ」
「するならもうしてるー」
本気と冗談が半々の言葉を返して笑う。確かにふわふわして、気持ちがよくなっている。
「お酒は楽しいのがいちばーん」
「そうそう、そうだね」
「遠藤さんが勧めてくれたの、どれもおいしーい」
「ほんと? よかった」
にこり、と微笑む甘いマスク。アルコールで濡れた唇に、ダウンライトが反射している。
これが曽根と再会する前ならば、「ちょっとホテルへどうですか」なんて誘っていたかもしれない。
曽根はむすっとしたまま、食事を続けている。
ちょっとくらいその表情を緩めたらどうよ!
なんだかむしゃくしゃして、曽根の肩をぺしぺし叩いた。
「曽根ってば。なんでそんなむすっとしてんの。もうちょっとくらい、にこってしてもいいじゃないよぅ」
「俺の顔は元からこうだ。放っとけ」
「そうだけどぉ。知ってるけどぉ」
百貨店員のくせにぃ。
ぶーぶー言いながら唇を尖らせ、据わった目を遠藤さんに向ける。
「こいつ、大丈夫なんですか? お客さんにらみつけたりしてません?」
「あはははは、最初は結構言われてたけどな。最近はそれなりに」
「遠藤さんも苦労しますよねぇ。こんな不機嫌面の男の教育係なんて」
「売り場が同じってだけだよ」
遠藤さんは笑いながら、「そろそろお茶にしておこうね」と店員さんにウーロン茶をリクエストする。私は残ったワインボトルに手を伸ばした。
「もったいないから飲みますっ」
「俺が飲むから」
私がつかんだワインボトルを、私の手の上からやんわり抑えられる。暖かくて大きな手は、曽根のそれともまた違う。穏やかな目に見つめられて、不覚にもどきりとした。
「……遠藤さんて、遊んでますね」
「マルヤマ百貨店の遊び人だそうだからね」
「俺はナンパ師って言ったんすよ」
曽根が半眼でワインを口にする。それがなくなるのを見て取って、遠藤さんがワインボトルを掲げた。
「まあ飲みたまえ、若者よ」
「……」
曽根は黙ってワインを受ける。店員さんがお茶を2つ、持ってきてくれた。遠藤さんが立ち上がる。
「俺、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「はーい。いってらっしゃーい」
私が手を挙げると、遠藤さんは笑いながら席を立った。
曽根と二人になり、無言で飲み物を口に運ぶ。
沈黙を破ったのは、曽根だった。
「……似てない、ちょっと」
「は?」
「……小川先輩に」
私はぽかんとする。
「……誰が?」
「遠藤さん」
「やす……小川先輩に?」
「そう」
私は思わず、考え込んだ。
康広くんの気弱そうな微笑み。華奢な身体つき。身長だってそんなに高くない。
一方の遠藤さんは、確かにたれ目ではあるけれど、自信にあふれた笑顔だ。康広くんはもちろん、曽根よりも背が高くて、私と頭一つ分は違う。何かスポーツをしていたのだろう、スタイルがいいのはスーツを着ていても分かった。
「……どこが?」
本気で眉を寄せた私に、曽根がうろたえた。
「ニコニコしてるとことか……」
「まあ愛想はいいよね。確かに」
「話し上手なとことか……」
「まあ、あんたに比べたら大体の人は話し上手だよね」
曽根がぎゅっと眉を寄せて唇を尖らせる。他に似ているところを探そうとしているのだろうか。
私は苦笑した。
「……で、”小川先輩”に似た人を紹介してくれて、どうしようと思ってたわけ」
曽根はちらりと目を上げたけれど、何も言わずにワインを飲み干し、お茶をぐいぐい飲んでいく。
「曽根?」
「別に」
お茶を飲み干して、曽根は言った。
「別に、なんでも。お前が興味ないなら、別にいい」
むっつりしたまま言われて、ため息をつく。
……気を使ってくれた、つもりなんだろうか。
おおいに、ズレにズレた気遣いだけれど。
机の上に置いた曽根のスマホが揺れて、二人してびくりと身体を震わせた。
曽根が眉を寄せてスマホを開く。「遠藤さんだ」と呟いてメッセージを確認すると、「はぁ……?」といら立ったような声を出した。
「なに?」
覗き込んだ私に、曽根が黙って画面を見せてくれる。
【悪いけど、同期から飲みの誘いがあって先に出ました。会計は済ませたからあとはご自由に。西野さんの分は俺がおごるけど、曽根ちゃんは後で請求するからよろしく】
それを見た私は、思わず笑いそうになった。
「この先輩には敵いそうにないねぇ、”曽根ちゃん”」
「うるせーよ」
ますますむっつりした曽根の頬は、少し紅潮しているように見える。
それがアルコールのせいか、羞恥心のせいか、気持ちのいいお酒を楽しんだ私には分からなかった。
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