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第2章 王子様は低空飛行
20
私は笑ってごまかそうとした。
「いや、私の話なんかみんな聞いても」
「えー、気になるよねぇ。だって在校時ずうっと、小川先輩小川先輩って追いかけてたじゃん。それだけ好きだった先輩が後輩と婚約って、ショックでかいんじゃないの、やっぱり?」
先輩は笑っていたけど、その目は据わっている。私はうろたえた。
「あんた、愛里に相手にされなかったからってひがんでんじゃないの?」
「マジか。ウケる」
後ろから、私を援護する先輩の声がした。私は反応に困りながら、あいまいなあいづちを打つ。
「どうなの、愛里ちゃん。憧れの先輩が取られちゃった気分は」
さらにマイクを差し出される。私の吐息すら拾いそうな距離にマイクヘッドがあった。震える呼吸を噛み殺そうと思うのに、高鳴る動悸が呼吸の回数を増やす。
ピエロになれというのか。私に、ここで。
やめましょうよ、そういうの。
冗談めかしてそう言おうと、息を吸った瞬間、気づく。
会場の空気は、私に言い逃れを許してくれそうにない。
そんな。なんで。
好奇の視線が私を四方からつつく。
どうして、そこまで……私を追い込むの。
『やっぱり、美晴ちゃんのこと妬んだりしてるの? それとも、振り向いてくれなかった小川くんを恨んだり?』
康広くんを恨むというなら、恨んでいる。
私を一度、受け入れておいて……突き落としたこと。
そしてこの期に及んでもまだ、私に気弱な笑顔を向けてくること。
私が当然それを叶えてくれるだろうという態度で、頼み事をしてくること。
怒ってもいい。ここで、ぶち壊してやってもいいんだ。
先輩たちには引かれるかもしれないけど、分かってくれない人はそこまでだ。
二度と関わらなくても、私の生活は変わらない。
セックスがさして上手くないことを匂わせてもいい。
信じて待っていたら、外に女を作られたと話してもいい。
私をピエロにしようとするなら、いっそ堕ちてやってもーー
息を吸ったとき、腰を引き寄せられた。
はっと見上げると、曽根がビール片手に私を見下ろしている。
これという表情は浮かんでいなかったけれど、その目は私をしっかり見据えていた。
康広くんとは違って、曽根は私を見てくれている。
唇を引き結ぶ。
『……そうですね』
私は、静かに答えた。
あえて笑顔を浮かべようともしなかったし、明るく盛り上げようともしなかった。
『驚きましたけど……小川先輩はもう、ただの思い出ですから』
そして曽根をちらりと見上げる。
語りすぎになる前に、康広くんと美晴ちゃんの方を向いて微笑む。
『お幸せに』
言って、曽根が持ったビールを横取りした。
「私にも飲ませてよ」
「お前にはお茶があるだろ」
「めでたいときにはお酒って決まってるでしょ」
グラスに残ったビールを掲げて、改めてマイクを掴んだ。
「二人に続いて、みんな幸せになりましょー! かんぱーい!」
会場はどっと笑いで震えて、グラスの重なる音が響く。
私がビールを口にすると、曽根があきれた顔をしていた。
「ったく……仕方ねぇ奴」
口先ではそう言いながら、その目は優しい。
なんだ。意外と分かりやすい奴なんだ。
今さらながらにそう気づいて、その腕に腕を絡める。
曽根がうろたえると同時に、周囲がざわついた。
「ちょっとちょっと、なに? ずいぶんくっついちゃって。どういうことなの!?」
「まさか二人も熱愛中なわけ?」
騒ぎ立てる周りに笑って、曽根を見上げる。
「だって。どう思う?」
「知らねぇよ。勝手にしろ」
勝手に?
だったら。
私は背伸びをして、その頬にキスをする。
ひゅーひゅー、と茶化す声や「マジか!」と嘆く声があがる。
曽根が驚いた顔で私を見下ろし、「っ、お前な」と顔を赤くした。
「勝手にしろって言ったじゃん」
私が飲もうすると、「返せ」と横取りされる。
「私のお酒はぁ?」
「自分で持ってこい」
「意地悪」
唇を尖らせる。曽根はむくれたままビールを口に含む。
不意にくいと顎を掴み上げられて、唇が重なった。
流れ込んでくる温いビールを、どうにか飲み込む。
ぞくりと身体に甘い痺れが走った。
わ。わ。
ヤバい。
……好き。
私を見下ろした曽根が眉を寄せる。十年前はその目つきの悪さに苛立っていたのに、今やすっかり骨抜きにされている。
曽根が上体を屈めて、私の耳元で囁いた。
「何、こんなとこでエロい顔してんだ。バーカ」
とたんに私の顔が赤くなる。
「あ、あんたこそ、ば、バカじゃないの」
私は顔を赤くしたまま肩を叩く。
みんながはやしたてた。
「ちょっとちょっとー。二人の世界に入ってるんですけど」
「こらこら、今日の主役はお前らじゃないぞ」
曽根は残ったビールを飲み干して、机にグラスを置く。
「それもそーですね」
ぽつりと言って、どうするかと思いきや、私の肩を引き寄せた。
「……曽根?」
「主役じゃないなら、抜けても構わないだろ」
当然のように曽根が言う。私が唖然としている間に、曽根はとっととドアへ歩き出した。
「ま、え、曽根?」
「じゅーぶん義理は果たしたろ」
スタスタ迷わず進んでいったドアの前には、驚いた顔の純が立っている。
「こいつ、連れてくから」
「えっ、ああ……」
純が戸惑ってから、笑う。
「うん。愛里のこと、泣かせるなよ、曽根」
曽根はふんと鼻を鳴らして、ドアを開けた。
「いや、私の話なんかみんな聞いても」
「えー、気になるよねぇ。だって在校時ずうっと、小川先輩小川先輩って追いかけてたじゃん。それだけ好きだった先輩が後輩と婚約って、ショックでかいんじゃないの、やっぱり?」
先輩は笑っていたけど、その目は据わっている。私はうろたえた。
「あんた、愛里に相手にされなかったからってひがんでんじゃないの?」
「マジか。ウケる」
後ろから、私を援護する先輩の声がした。私は反応に困りながら、あいまいなあいづちを打つ。
「どうなの、愛里ちゃん。憧れの先輩が取られちゃった気分は」
さらにマイクを差し出される。私の吐息すら拾いそうな距離にマイクヘッドがあった。震える呼吸を噛み殺そうと思うのに、高鳴る動悸が呼吸の回数を増やす。
ピエロになれというのか。私に、ここで。
やめましょうよ、そういうの。
冗談めかしてそう言おうと、息を吸った瞬間、気づく。
会場の空気は、私に言い逃れを許してくれそうにない。
そんな。なんで。
好奇の視線が私を四方からつつく。
どうして、そこまで……私を追い込むの。
『やっぱり、美晴ちゃんのこと妬んだりしてるの? それとも、振り向いてくれなかった小川くんを恨んだり?』
康広くんを恨むというなら、恨んでいる。
私を一度、受け入れておいて……突き落としたこと。
そしてこの期に及んでもまだ、私に気弱な笑顔を向けてくること。
私が当然それを叶えてくれるだろうという態度で、頼み事をしてくること。
怒ってもいい。ここで、ぶち壊してやってもいいんだ。
先輩たちには引かれるかもしれないけど、分かってくれない人はそこまでだ。
二度と関わらなくても、私の生活は変わらない。
セックスがさして上手くないことを匂わせてもいい。
信じて待っていたら、外に女を作られたと話してもいい。
私をピエロにしようとするなら、いっそ堕ちてやってもーー
息を吸ったとき、腰を引き寄せられた。
はっと見上げると、曽根がビール片手に私を見下ろしている。
これという表情は浮かんでいなかったけれど、その目は私をしっかり見据えていた。
康広くんとは違って、曽根は私を見てくれている。
唇を引き結ぶ。
『……そうですね』
私は、静かに答えた。
あえて笑顔を浮かべようともしなかったし、明るく盛り上げようともしなかった。
『驚きましたけど……小川先輩はもう、ただの思い出ですから』
そして曽根をちらりと見上げる。
語りすぎになる前に、康広くんと美晴ちゃんの方を向いて微笑む。
『お幸せに』
言って、曽根が持ったビールを横取りした。
「私にも飲ませてよ」
「お前にはお茶があるだろ」
「めでたいときにはお酒って決まってるでしょ」
グラスに残ったビールを掲げて、改めてマイクを掴んだ。
「二人に続いて、みんな幸せになりましょー! かんぱーい!」
会場はどっと笑いで震えて、グラスの重なる音が響く。
私がビールを口にすると、曽根があきれた顔をしていた。
「ったく……仕方ねぇ奴」
口先ではそう言いながら、その目は優しい。
なんだ。意外と分かりやすい奴なんだ。
今さらながらにそう気づいて、その腕に腕を絡める。
曽根がうろたえると同時に、周囲がざわついた。
「ちょっとちょっと、なに? ずいぶんくっついちゃって。どういうことなの!?」
「まさか二人も熱愛中なわけ?」
騒ぎ立てる周りに笑って、曽根を見上げる。
「だって。どう思う?」
「知らねぇよ。勝手にしろ」
勝手に?
だったら。
私は背伸びをして、その頬にキスをする。
ひゅーひゅー、と茶化す声や「マジか!」と嘆く声があがる。
曽根が驚いた顔で私を見下ろし、「っ、お前な」と顔を赤くした。
「勝手にしろって言ったじゃん」
私が飲もうすると、「返せ」と横取りされる。
「私のお酒はぁ?」
「自分で持ってこい」
「意地悪」
唇を尖らせる。曽根はむくれたままビールを口に含む。
不意にくいと顎を掴み上げられて、唇が重なった。
流れ込んでくる温いビールを、どうにか飲み込む。
ぞくりと身体に甘い痺れが走った。
わ。わ。
ヤバい。
……好き。
私を見下ろした曽根が眉を寄せる。十年前はその目つきの悪さに苛立っていたのに、今やすっかり骨抜きにされている。
曽根が上体を屈めて、私の耳元で囁いた。
「何、こんなとこでエロい顔してんだ。バーカ」
とたんに私の顔が赤くなる。
「あ、あんたこそ、ば、バカじゃないの」
私は顔を赤くしたまま肩を叩く。
みんながはやしたてた。
「ちょっとちょっとー。二人の世界に入ってるんですけど」
「こらこら、今日の主役はお前らじゃないぞ」
曽根は残ったビールを飲み干して、机にグラスを置く。
「それもそーですね」
ぽつりと言って、どうするかと思いきや、私の肩を引き寄せた。
「……曽根?」
「主役じゃないなら、抜けても構わないだろ」
当然のように曽根が言う。私が唖然としている間に、曽根はとっととドアへ歩き出した。
「ま、え、曽根?」
「じゅーぶん義理は果たしたろ」
スタスタ迷わず進んでいったドアの前には、驚いた顔の純が立っている。
「こいつ、連れてくから」
「えっ、ああ……」
純が戸惑ってから、笑う。
「うん。愛里のこと、泣かせるなよ、曽根」
曽根はふんと鼻を鳴らして、ドアを開けた。
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2025.4.19☑~