44 / 85
第二章 本日は前田ワールドにご来場くださり、誠にありがとうございます。
44 前田という男と、吉田という女についての考察。
しおりを挟む
とにかく淡々と仕事を終わらせた私は、淡々と挨拶をして帰宅した。不思議にすっきりした気持ちは言葉にはならないままで、それがわずかに喉元にひっかかる。
今日夕飯どうしようかなぁ。
考えてみるけどあんまり食欲がない。じゃあ大好きなアイスでもと思うけどやっぱりあんまりピンと来ない。アイスを食べる気にならないなんて、弟たちが聞いたら本気で心配するだろうな。そう思いながらわずかに笑う。
前田とは研修のときからぶつかってばかりだ。一度だけプレゼンのチームが一緒になったことがあり、全く協調性のない前田は何も言わなかったかと思えば決まりかけたところで致命的な欠点を指摘したりした。最初から言えよと思いつつ、持ち前の笑顔で乗り切ろうとしていた私は、途中でぶち切れた。確かにあんたは正しいこと言ってるけど、ものには言いようってもんがあるでしょう。
前田は言った。正しいことを端的に言って何が悪いの。回りくどい言い方したって結果が同じなら短い方がいいでしょ。
私は机を叩いて身を乗り出した。
私たちは感情を持つ人間なのよ。あんたみたいに機械仕掛けみたいな人間ばっかりじゃないの。端的な表現は必要なときもあるけど、オブラートに包んだ物言いだって必要なときがあるわ。社会人にもなってそんなことも分からないの?
前田は鼻で笑った。
じゃあ、吉田さんのその物言いは、俺を傷つける可能性を考えて言ってるわけ?
ドキッとした。
感情に身を任せた私の言葉が、前田にどう届くかーーそのとき私は考えもしていなかったから。
私は身を強張らせて黙り込み、静かに椅子に座った。他の同期が気を使って、なだめてくれたり冗談を言ったりして、その研修は無事に終わった。
ーー私、あのときどうしたんだっけ。
前田に謝った方がいいような気がした。謝らなきゃ、と思った。
思ったのは覚えているけれどーー謝った記憶はない。気持ちはあったけど、なんだか気まずくて、そう、飲み会でもなんとなく遠くの席に座ったりして、それで研修が終わるのを待っていたような気がする。
ずるい自分の過去の姿が、ひたすらに苦い。
前田が言うことは正しい。ーーいつも正しい。的確だ。だからこそ人を傷つける。怒らせる。それでも彼は飄々としている。まるで自分には感情はないと言うかのように。ーー本当は怒りも悲しみも感じるだろうに。
ーー俺、好きだよ。吉田さんのこと。
その言葉だけが、頭をぐるぐる回りつづける。
本当に前田が言ったのかなぁ。
もしかして私の空耳だったりしない?
そう思うほどに、淡泊な。
それでも、投げつけられたようないい加減な言い方ではなかった。
大切な言葉を吐き出すような含みを感じた。
ーーでもそれも、私が勝手に感じ取っただけかもしれない。
「顔、見とけばよかった」
あのとき前田は、あの言葉を、どういう顔で言ったんだろう。どういう目をして言ったんだろう。
それを見ていたらーーここまで、混乱することはなかったんじゃないか。
いや、でもあいつのことだ、きっとそれも見越していたんだろう。顔を見られないと分かっていて、言葉を残し、去ったのだろう。その言葉が私にどういう影響を与えるかも考えずに。
私は嘆息した。こういうときはお宝画像を見よう。ちょっとエネルギーが欲しい。
スマホを操作すると、マサトさんファミリーの写真を映し出す。ファミリーデーで撮ったスポーツキャップ姿にたどり着いたとき、マサトさんの不思議な言動を思い出した。
レイラちゃんの見た前田とのやりとりと、私が見たやりとり、そして別れ際の笑顔(と頭ポン←私的に最重要事項)。
全部前田絡みなのだと今は分かるがーーあの後こうなることも、もしかしてマサトさんにはお見通し?
今まで人を好きになったことがない訳じゃない。でも、前田への感覚は今までのどれとも違って、全然違って、正直混乱しているのだ。
前田に対して毎回感じていたのは、怒りの感情のはず。ーーなのに、ビジネスライクなつき合いになる可能性に気づいたとき、感じたぽっかりは何なんだろう。
前田とずっと喧嘩してたいってこと?……まさか。
あまりに馬鹿げた発想に笑う。
スマホの写真はマサトさんとアヤノさんのペアショットにたどり着く。そういえばこの後、二人の痴話喧嘩が始まったんだったと思い出す。なんだったかな、献立に関するくだらない言い合いだったーーポテトは野菜かどうか、とかそういう。
ーー仲良し夫婦ですね。
私が笑うと、アヤノさんも苦笑した。
ーー昔から、くだらないことでしょっちゅう言い合ってるの。
ーーお前が強情だからだろ。
ーーそっちだって頑固な癖に。
二人の言い合いは私の笑い声で遮られた。こんな平和な言い合いなら、いくらでも聞いていられる。
ーーいいなぁ。私も出会えるのかなぁ。
ーー出会えるでしょ。私だって会えたんだから。
アヤノさんが晴れやかに笑う姿に抱いた憧景。
気兼ねなく気持ちをぶつけ合えるパートナー。
ーー気兼ねなく。
私は嘆息した。
今日夕飯どうしようかなぁ。
考えてみるけどあんまり食欲がない。じゃあ大好きなアイスでもと思うけどやっぱりあんまりピンと来ない。アイスを食べる気にならないなんて、弟たちが聞いたら本気で心配するだろうな。そう思いながらわずかに笑う。
前田とは研修のときからぶつかってばかりだ。一度だけプレゼンのチームが一緒になったことがあり、全く協調性のない前田は何も言わなかったかと思えば決まりかけたところで致命的な欠点を指摘したりした。最初から言えよと思いつつ、持ち前の笑顔で乗り切ろうとしていた私は、途中でぶち切れた。確かにあんたは正しいこと言ってるけど、ものには言いようってもんがあるでしょう。
前田は言った。正しいことを端的に言って何が悪いの。回りくどい言い方したって結果が同じなら短い方がいいでしょ。
私は机を叩いて身を乗り出した。
私たちは感情を持つ人間なのよ。あんたみたいに機械仕掛けみたいな人間ばっかりじゃないの。端的な表現は必要なときもあるけど、オブラートに包んだ物言いだって必要なときがあるわ。社会人にもなってそんなことも分からないの?
前田は鼻で笑った。
じゃあ、吉田さんのその物言いは、俺を傷つける可能性を考えて言ってるわけ?
ドキッとした。
感情に身を任せた私の言葉が、前田にどう届くかーーそのとき私は考えもしていなかったから。
私は身を強張らせて黙り込み、静かに椅子に座った。他の同期が気を使って、なだめてくれたり冗談を言ったりして、その研修は無事に終わった。
ーー私、あのときどうしたんだっけ。
前田に謝った方がいいような気がした。謝らなきゃ、と思った。
思ったのは覚えているけれどーー謝った記憶はない。気持ちはあったけど、なんだか気まずくて、そう、飲み会でもなんとなく遠くの席に座ったりして、それで研修が終わるのを待っていたような気がする。
ずるい自分の過去の姿が、ひたすらに苦い。
前田が言うことは正しい。ーーいつも正しい。的確だ。だからこそ人を傷つける。怒らせる。それでも彼は飄々としている。まるで自分には感情はないと言うかのように。ーー本当は怒りも悲しみも感じるだろうに。
ーー俺、好きだよ。吉田さんのこと。
その言葉だけが、頭をぐるぐる回りつづける。
本当に前田が言ったのかなぁ。
もしかして私の空耳だったりしない?
そう思うほどに、淡泊な。
それでも、投げつけられたようないい加減な言い方ではなかった。
大切な言葉を吐き出すような含みを感じた。
ーーでもそれも、私が勝手に感じ取っただけかもしれない。
「顔、見とけばよかった」
あのとき前田は、あの言葉を、どういう顔で言ったんだろう。どういう目をして言ったんだろう。
それを見ていたらーーここまで、混乱することはなかったんじゃないか。
いや、でもあいつのことだ、きっとそれも見越していたんだろう。顔を見られないと分かっていて、言葉を残し、去ったのだろう。その言葉が私にどういう影響を与えるかも考えずに。
私は嘆息した。こういうときはお宝画像を見よう。ちょっとエネルギーが欲しい。
スマホを操作すると、マサトさんファミリーの写真を映し出す。ファミリーデーで撮ったスポーツキャップ姿にたどり着いたとき、マサトさんの不思議な言動を思い出した。
レイラちゃんの見た前田とのやりとりと、私が見たやりとり、そして別れ際の笑顔(と頭ポン←私的に最重要事項)。
全部前田絡みなのだと今は分かるがーーあの後こうなることも、もしかしてマサトさんにはお見通し?
今まで人を好きになったことがない訳じゃない。でも、前田への感覚は今までのどれとも違って、全然違って、正直混乱しているのだ。
前田に対して毎回感じていたのは、怒りの感情のはず。ーーなのに、ビジネスライクなつき合いになる可能性に気づいたとき、感じたぽっかりは何なんだろう。
前田とずっと喧嘩してたいってこと?……まさか。
あまりに馬鹿げた発想に笑う。
スマホの写真はマサトさんとアヤノさんのペアショットにたどり着く。そういえばこの後、二人の痴話喧嘩が始まったんだったと思い出す。なんだったかな、献立に関するくだらない言い合いだったーーポテトは野菜かどうか、とかそういう。
ーー仲良し夫婦ですね。
私が笑うと、アヤノさんも苦笑した。
ーー昔から、くだらないことでしょっちゅう言い合ってるの。
ーーお前が強情だからだろ。
ーーそっちだって頑固な癖に。
二人の言い合いは私の笑い声で遮られた。こんな平和な言い合いなら、いくらでも聞いていられる。
ーーいいなぁ。私も出会えるのかなぁ。
ーー出会えるでしょ。私だって会えたんだから。
アヤノさんが晴れやかに笑う姿に抱いた憧景。
気兼ねなく気持ちをぶつけ合えるパートナー。
ーー気兼ねなく。
私は嘆息した。
0
あなたにおすすめの小説
令嬢は鞭を振るが逃げられない
ロキ
恋愛
ある日右手にアザができたリリー。
そしてその右手は喋り出す。
「俺の名前はルイスだ。訳あってお前の右手に宿っちまった。まぁ、よろしく頼む」
急に喋り出した右手は私に運命の相手がいることを話し、その運命の相手が迎えにくるまでの護衛だと言った。
私これからどうしましょう・・・。
これは増える変態から逃げたいリリーとリリーが好き過ぎるヒーローの話の予定です。
毎日更新目指してます!
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
【完結】結婚式の隣の席
山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。
ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。
「幸せになってやろう」
過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
【完結】エレクトラの婚約者
buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー
エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。
父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。
そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。
エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。
もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが……
11万字とちょっと長め。
謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。
タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。
まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる