モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

文字の大きさ
21 / 126
第一章 ちかづく

21 憧れ

しおりを挟む
「ケーキ食うたら、バスケしよ、バスケ」
 真新しいボールを大事そうに抱えながら、口をもぐもぐさせて栄太郎が言った。
「栄太。ボール置いて食べなさい」
 姉が何度目かの注意をするが、一向に聞く様子はない。
 とにかく嬉しくて仕方ないらしい。
 我が家には、俺が使っていたゴム製のバスケットボールがあったが、公園で遊べるようになった頃から栄太郎の遊び道具の一つになっていた。
 俺が小学生の頃から使っていたボールだから、擦れてほとんど凹凸がなくなっている。
「ごめんね、姉さん。渡すタイミング間違ったみたいだ」
 苦笑しながら隼人がコーヒーを口に運んだ。俺はケーキを食べ終わり、ごちそうさま、と手を合わせる。
「ちょっと、政人。相変わらず食べるの早い。もっと味わって食べてよ」
「味わってるよ。一口がでかいだけ。ちまちま食ったって美味くないだろ」
 俺は唇を尖らせる姉に言って、残りのコーヒーを味わう。
 口の中に残った甘さを、コーヒーの苦みが消していく。
「俺もこれで最後や!」
 栄太郎が最後の一口を無理やり口に突っ込んだ。
「お前はちゃんと咬んで食え。じゃなきゃでかくなんねぇぞ」
 栄太郎が俺に言い返そうと口を開きかけたところで、
「栄太郎。口の中に物を入れて話さない」
 ぴしり、と姉が言った。栄太郎は黙り込んで咀嚼に集中する。
「何でバスケやりたがってんだ」
「そりゃ、あんたの影響でしょ」
 俺が疑問に思ったことをぽつりと言うと、間髪開けず姉が返した。
 眉を寄せて首を傾げる。
「どうして」
 俺がバスケしてるところを栄太郎が見たのは、1度か2度くらいだ。
 近所の公園には、珍しくバスケのゴールが一つ設置してある。
 その公園で栄太郎がよちよち追いかけるボールを横からかっさらい、ドリブル、シュート。
 途中から追いかける対象を失った栄太郎は、悔しがって泣き、俺は姉にこっぴどく叱られた。大人げがない、というのだ。
 そんな風だから、あまりいい思い出にはなっていないだろう、と思っていたのだが。
「私だって、むしろ空手とか、剣道とか、弓道とか、どう、って勧めたわよ。当然でしょ」
 姉は不服げにやれやれと嘆息し、呟くように続けた。
「無自覚に、人を惹きつけるのよね。相変わらず」
 その言葉に、俺は困惑しながら肩をすくめる。
 いや、だいぶ自覚的になったと思っているのだがーー特に女には。
「食うた!政人、行くで!」
「行くでじゃねぇよ。何様だ。第一、寒いだろうが」
「政人がオッサンみたいなこと言うてる!」
「うるせぇよ」
 悪いか。お前からすりゃ立派なオッサンだ、くそガキめ。
「行こうよ、兄さん。久々に1on1しよう」
 爽やかに笑って言うのは隼人。好青年面の無駄遣いだと思いながら、仕方ねぇなと腰を上げる。
「1on1やないで!1on2や!」
「何だそれ」
「俺と隼人兄ちゃん対、政人に決まっとるやろ」
「あのなぁ」
 肩をまわしながら苦笑した。
「俺が負けるわけねぇだろ。見てろよ、ガキ」
「負けへんで!な、隼人兄ちゃん」
 意気込む栄太郎に、隼人は微笑んで頷いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

処理中です...