モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

31 悪魔の微笑み

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「ごちそうさまでした。美味しかったです。食べすぎて苦しいくらい」
 香子ちゃんが晴れ晴れとした顔で笑った。おせちを作った母と姉が嬉しそうに微笑む。
「私も来年は教えてもらいたいな、おせち作り」
「いいね。俺もやってみようかな。一緒に作れたら楽しそう」
「そうね。人手が増えると助かるわ」
 相変わらずの隼人と香子ちゃんに、母が微笑みながら賛成した。
 まだ4時前だが、冬の日没は早い。そろそろ日差しが夕陽の色を帯びはじめている。
 栄太郎は早々に大人の会話に飽きて携帯ゲーム機で遊び始めていたが、会食が終わる気配を察して頭を上げた。
「香子姉ちゃん、もう帰るの?」
「うん、そろそろ。栄太郎くん、会えて嬉しかったよ」
 香子ちゃんが栄太郎の頭を撫でる。栄太郎は照れ臭そうに笑った。
「俺も駅まで送ったる!」
「え?こら、待ちなさい!」
 姉の制止も聞かず、ぴょこんと椅子を降りてコートを取りに行った。姉が苦笑する。
「もう……またお邪魔虫になるつもりかしら」
「いいですよ、嬉しいです」
「いいけど、俺、香子ちゃんを実家に送り届けて来るから、また誰か一人来てくれないと」
「じゃあ、今度は私がーー」
 姉が言いかけたとき、栄太郎がコートを持ってリビングに戻って来た。
「忘れてたー!」
 俺に走り寄る片手には、何かカードケースのようなものを持っている。
「政人、あの姉ちゃんと友達なんやろ?これ、落としはったで」
 嫌な予感がしながらそれを受け取ると、案の定、ICカード入りの定期入れだ。
「この……ガキ」
 俺は脱力感に襲われながら、栄太郎のこめかみに両拳を当てた。
「なーんーであの場で速やかに言わねぇんだ!忘れてたじゃねぇ!」
「痛い!痛いで!暴力反対!」
 お前の母さんから俺が食らった技の数々に比べれば、こんなの暴力の内に入らねぇよ。
 思いながらも手を下げ、嘆息する。
「ったく……電源着けてりゃいいけど」
 バッテリー切れそうだとか言ってたからな。
 ズボンのポケットからスマホを取り出して、メッセージを送った。
「これ、ないと帰れへん?」
 心配する顔はさすがに小学生に成り立ての幼さを感じさせる。
「まあ、ガキに怒るような奴じゃねぇけど」
「政人とは違うなぁ」
「うるせぇよ。黙って反省してろ」
 言い終わるより先に、俺のスマホが電話の着信を告げる。橘だ。
「もしもし」
『もしもし?ちょうど今、駅前で探してたとこ。よかったぁー』
 俺が口を開こうとしたとき、橘の慌てる声がした。
『あっ、バッテリー切れちゃう。いいや、会社で受け取るーー』
「今から駅まで持ってくから待ってろ」
 橘の声を遮って言った。
「いいな、待ってろよ」
 橘は一瞬驚いたように黙ってから、ふと笑い、
『ーーう』
 ん、は電話が切れた音で消えた。
 ほっと息をついたとき、他の目が全て興味深そうに こちらを見ていることに気づいた。
「息子がご迷惑かけたことは」
 美しい笑顔の姉に、俺の背を変な汗が伝う。
「母親として、ちゃんとご挨拶しないとねぇ」
 うふふ、と笑うその顔は、ほとんど悪魔のように見えた。
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