68 / 126
第二章 はなれる
68 隣にいる理由
しおりを挟む
「そういや、仕事、しにくくない?」
「何のこと?」
橘は首を傾げた。その髪が剥き出しの肩にさらりと落ちる。
それをゆっくりと掬い上げ、肩を撫でる。
「俺とのこと、広まってるって聞いたけど」
橘は俺の顔を見たまま一瞬固まり、
「っ、えっ?」
うろたえた。
ーーなんだ、こいつ知らなかったのか。
「……ごめん、聞かなかったことにして」
「えっ?えっ?うそ、皆知ってるの?何で?」
顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる様は、財務でバシバシ他部署の予算を切り捨てる冷静さの欠片も感じられない。
「何で、だろうなぁ」
俺は気のない相槌を打ちながら、その髪をゆるゆると撫でつづけていた。
「……ごめん」
力無い声に視線をやると、今にも泣きそうな橘の顔が目に入る。
「何だよ。どうした?」
困惑した俺に、橘は俯いて告げた。
「私のせいよね、きっと……浮かれちゃったりしてたから」
橘は自責の念が篭ったため息をつき、顔を覆った。
「年甲斐もなくはしゃいで……恥ずかしい」
俺は思わず目を反らす。
「お前は悪くないよ」
橘はちらりと目を上げた。
「……俺も他人のこと言えないから」
江原さんに阿久津。二人もバレれば十分すぎるってもんだ。
「橘が、仕事、やりにくくないならいいんだ。俺みたいなのと噂になると、変な目で見られたりするかもなーと思ってさ」
今までの人付き合いがかなり適当だった自覚は十分ある。一応、社内の女とは二人になる機会を避けるようにしていたので、手は出していないのだがーー橘を除き。
ーー結局、二人で飲みに行った時点で、こいつはまた別のくくりだったのかもしれない。
いまさらながら気づく。
「俺みたいのって、何?」
橘はきょとんとして首を傾げた。その表情が、なんともいとけない。
「神崎こそ、私みたいのと噂立って、肩身が狭くない?ーー尻に敷かれてとか、女の趣味が悪いとか、そういうこと言われたり……」
「しねぇよ。被害妄想強すぎ」
俺は鼻で笑うと、橘の肩に口づけた。
「な、何」
「いや、寒そうだから」
「だ、大丈夫よ」
言ってふとんを被る。
「こうすればいいだけじゃない」
「……うん、そうだけど」
するり、と腕を回した。わずかに触れる柔らかな膨らみ。ふくよかとは言えない身体。
「俺は、どうでもいいよ。お前がどこの大学出てても、俺より昇進しても、給料よくても、気にしない」
橘がくすりと笑った。ーーその声に、晴々しさを感じる。
「それ、全部有り得る話よね。ーー少なくても今の給料は私の方がもらってるわ」
「残業代で上回ってたって、うらやましくねぇよ」
俺が唇を尖らせると、橘は確かにとまた笑う。
「神崎」
橘が呼んだ。
「いつまでその呼び方なの?」
俺が問うと、腕の中の橘がぴくりと震える。
「マーシー」
「うわ、仕事思い出すからやめて」
「……政人」
俺は満足して、髪の上から橘の額に口づけた。
「……あのね」
橘はゆっくりと俺にしがみつきながら囁く。
「私、怖いの」
俺が首を傾げると、橘は俺の裸の胸に顔を埋めた。
「……あんまり好きになりすぎちゃうと、神崎がいなくなったら、腑抜けになっちゃいそうで」
「何で、いなくなること前提なの」
「だって、神崎、モテるもん。老若男女問わずみんなが憧れて……そうでしょ?」
俺が否定も肯定もせずいると、橘はふぅ、とため息をついた。
「……何で、私の隣にいてくれるの?」
「何で、って……」
橘のさらりとした髪を掬い撫でながら、俺は考えた。
「最初は勘弁しろよと思ったけど」
さらさらと、髪は指先を滑り落ちていく。
「……お前って、仕事できるくせに、時々変に不完全というか」
少女のように戸惑い、照れ、笑う顔。
「……放っておけねぇなと思って」
面倒くさい。今までならそれで一蹴していたようなものなのに。
橘は俺の背中に手を回した。冷えた指先と熱い胸に挟まれて、自分の中の男が騒ぐ。
「放っておかないで」
ーーおけるかよ。
俺は苦笑すると、橘の唇に乱暴に吸い付いた。
「何のこと?」
橘は首を傾げた。その髪が剥き出しの肩にさらりと落ちる。
それをゆっくりと掬い上げ、肩を撫でる。
「俺とのこと、広まってるって聞いたけど」
橘は俺の顔を見たまま一瞬固まり、
「っ、えっ?」
うろたえた。
ーーなんだ、こいつ知らなかったのか。
「……ごめん、聞かなかったことにして」
「えっ?えっ?うそ、皆知ってるの?何で?」
顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる様は、財務でバシバシ他部署の予算を切り捨てる冷静さの欠片も感じられない。
「何で、だろうなぁ」
俺は気のない相槌を打ちながら、その髪をゆるゆると撫でつづけていた。
「……ごめん」
力無い声に視線をやると、今にも泣きそうな橘の顔が目に入る。
「何だよ。どうした?」
困惑した俺に、橘は俯いて告げた。
「私のせいよね、きっと……浮かれちゃったりしてたから」
橘は自責の念が篭ったため息をつき、顔を覆った。
「年甲斐もなくはしゃいで……恥ずかしい」
俺は思わず目を反らす。
「お前は悪くないよ」
橘はちらりと目を上げた。
「……俺も他人のこと言えないから」
江原さんに阿久津。二人もバレれば十分すぎるってもんだ。
「橘が、仕事、やりにくくないならいいんだ。俺みたいなのと噂になると、変な目で見られたりするかもなーと思ってさ」
今までの人付き合いがかなり適当だった自覚は十分ある。一応、社内の女とは二人になる機会を避けるようにしていたので、手は出していないのだがーー橘を除き。
ーー結局、二人で飲みに行った時点で、こいつはまた別のくくりだったのかもしれない。
いまさらながら気づく。
「俺みたいのって、何?」
橘はきょとんとして首を傾げた。その表情が、なんともいとけない。
「神崎こそ、私みたいのと噂立って、肩身が狭くない?ーー尻に敷かれてとか、女の趣味が悪いとか、そういうこと言われたり……」
「しねぇよ。被害妄想強すぎ」
俺は鼻で笑うと、橘の肩に口づけた。
「な、何」
「いや、寒そうだから」
「だ、大丈夫よ」
言ってふとんを被る。
「こうすればいいだけじゃない」
「……うん、そうだけど」
するり、と腕を回した。わずかに触れる柔らかな膨らみ。ふくよかとは言えない身体。
「俺は、どうでもいいよ。お前がどこの大学出てても、俺より昇進しても、給料よくても、気にしない」
橘がくすりと笑った。ーーその声に、晴々しさを感じる。
「それ、全部有り得る話よね。ーー少なくても今の給料は私の方がもらってるわ」
「残業代で上回ってたって、うらやましくねぇよ」
俺が唇を尖らせると、橘は確かにとまた笑う。
「神崎」
橘が呼んだ。
「いつまでその呼び方なの?」
俺が問うと、腕の中の橘がぴくりと震える。
「マーシー」
「うわ、仕事思い出すからやめて」
「……政人」
俺は満足して、髪の上から橘の額に口づけた。
「……あのね」
橘はゆっくりと俺にしがみつきながら囁く。
「私、怖いの」
俺が首を傾げると、橘は俺の裸の胸に顔を埋めた。
「……あんまり好きになりすぎちゃうと、神崎がいなくなったら、腑抜けになっちゃいそうで」
「何で、いなくなること前提なの」
「だって、神崎、モテるもん。老若男女問わずみんなが憧れて……そうでしょ?」
俺が否定も肯定もせずいると、橘はふぅ、とため息をついた。
「……何で、私の隣にいてくれるの?」
「何で、って……」
橘のさらりとした髪を掬い撫でながら、俺は考えた。
「最初は勘弁しろよと思ったけど」
さらさらと、髪は指先を滑り落ちていく。
「……お前って、仕事できるくせに、時々変に不完全というか」
少女のように戸惑い、照れ、笑う顔。
「……放っておけねぇなと思って」
面倒くさい。今までならそれで一蹴していたようなものなのに。
橘は俺の背中に手を回した。冷えた指先と熱い胸に挟まれて、自分の中の男が騒ぐ。
「放っておかないで」
ーーおけるかよ。
俺は苦笑すると、橘の唇に乱暴に吸い付いた。
2
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
先輩、お久しぶりです
吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社
秘書課
×
藤井昂良 大手不動産会社
経営企画本部
『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。
もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』
大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。
誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。
もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。
――それも同じ会社で働いていた!?
音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。
打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる