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第二章 はなれる
75 練習試合(1)
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「……神崎。男の子って言ったよね」
橘が呆れたように言う。
翌日の正午、ヒカルの練習試合に足を運んだ。橘もつき合うと言うので、まあそこそこ美人だし応援されれば嬉しいかもなと連れていったのだがーー
「いや、ほんとにそう思ってて……思うだろ?」
俺は一ヶ月気付かなかった事実にうろたえ、視線をさ迷わせる。
「まあ、仕方ないけど。あんたって、そういうとこあるし」
橘は深々と嘆息した。
ーー確かに、女子ならあの身長でセンターも頷ける。
考えてみればいろいろと符号するのだが、そもそもヒカルが男であると思い込んでいたので、あまり気にしていなかったのだ。
一年はま新しいユニフォームに身を包み、大きい数字を胸や背に纏っている。ユニフォームは男女でサイズ感が違い、女子のそれは上半身のわずかな凹凸を拾い上げられる程度にはフィット感がある。
その中にあって、短髪で女子らしい柔らかさを感じない身体つきとはいえ、ヒカルは間違いなく女子だった。
「ほんとに来てくれたんだ」
ヒカルは懐いた犬さながら、俺に気づいて駆け寄って来る。
「おう」
お前女子だったんだな、といらんことを言いそうになるので、それ以上の挨拶は控えた。
「このお姉さんがカノジョ?東京にいるんじゃないの?」
ヒカルが目を丸くして橘に首を傾げて見せた。
そんな仕種したことあったか?さすがにそれを見れば俺だって女子だと気づいたはず。ーーいや、例によって無関心で流していたかもしれない。
「まぁな」
答えつつ、ついしげしげとヒカルを観察していると、橘に肘で突かれた。
「こんにちは。ヒカルちゃん、だっけ?橘彩乃といいます。昨日こっちに来たんだ。いつもは東京にいるよ」
橘はにこりと優等生スマイルを浮かべて見せる。ヒカルもぺこりと頭を下げて名乗り、俺に笑いかけた。
「美人さんじゃん」
今度はヒカルから、うりうりと肘でつつかれる。
「行かなくていいのかよ。そろそろ始まるんだろ」
俺がコート脇に集まった少女達を示すと、少女たちがきゃーと悲鳴を上げた。少女たちだけでなく、体育館中の視線が集まったのを感じる。
うっわ。居づれー。
俺は上げた指を早々に下ろしてコートのポケットに突っ込んだ。
「アイドルのつもりで手でも振ってあげれば?」
隣で噴き出した橘が言う。てめぇ、他人事だと思って。
「みんな楽しみにしてたんだ。東京から来たカッコイイお兄さん」
「お前なぁ。訳わかんねぇ前評判立てるなよ」
「だって、みんなが聞いてくるから。誰に似てるって」
ヒカルが口にした俳優の名前は、確かに時々言われるものだ。嘆息しながら後ろ頭をかいた。
「ほら、さっさと行けよ」
しっしっと追い払うようにすると、ヒカルは笑った。
「人の練習試合をデート場所にするのが悪い」
「こいつが勝手についてきただけだ」
「何よそれ。……まあ、確かにそうかもしれないけど」
橘が反論しようとしたが、語尾が尻すぼみになる。ついつい俺が笑って橘の後ろ頭をぽんと叩くと、また少女たちの声が挙がった。
ーー下手に動くのはやめとこう。
居心地の悪さを感じながら、俺はまたポケットに手を突っ込み、黙って会場横に並んでいるパイプ椅子に足を向けた。
ヒカルの学年は6人と聞いていたが、他の5人はミニバス経験者なのだろう。ボールの扱い方が手慣れていた。
身長の関係か、スタートメンバーで出ていたヒカルは、途中でベンチにいたもう一人と代わった。
バスケは5人チームだ。5人は恐らく小学生のときにみんなでチームを組んでいたのだろうが、一人だけ未経験者として混ざっていてるのはやりづらかろう。それでもバスケをやりたいと思ったのは、父親との繋がりがあるからか。
そんなことを思いながら試合を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「お兄さん、山口ヒカルとどういう関係なん?」
振り向くと、ユニフォームにジャージを羽織った男子が立っている。そこそこ整った顔立ちで、それなりに女子の目を引くタイプに違いない。髪をワックスで散らして大人ぶっているのが微笑ましいが、あまり好意的とは思えない表情に、浮かんだのは苦笑だった。
「どういうって……たまにバスケ教えてるだけだよ」
「ふぅん」
少年は気に入らなそうに相づちを打ちながら、俺の姿を値踏みするように眺めた。隣の橘にもちらりと目線を投げる。
「じゃあ、バスケできんだ」
「まあ、中坊とやるくらいにはな」
少年は俺の足元を見た。体育館履きがわりのバッシュ。
「じゃあ、これ終わったら俺と勝負しよ」
一年の試合は正規の試合の半分だけで、いわゆるミニ試合だ。机上で表示された残り時間はあと二分を切っている。
「部外者が練習試合邪魔するわけにはいかないだろ」
体育館はあまり広くない。普段はコートをギリギリ2面取るのだろうが、練習試合では真ん中にコートをとり、椅子を並べてある。試合が終わればモップをかけ、また次の試合に備えるはずだ。
「この後は昼休みやけん。俺が後でモップがけすれば大丈夫。寒いけん身体あっためんと怪我するよ」
「怪我って。本気でやるつもりか?」
「当然やろ。お兄さんも手ぇ抜いたらいかんよ」
おもむろにストレッチを始める少年に、俺は呆れて嘆息した。
「しっかたねぇなぁ」
嘆息して、靴紐を結び直す。
「大丈夫?」
「まー、大丈夫だろ」
橘は俺の顔をしげしげと見てから、困ったように笑った。
「何だよ」
「変につき合いがいいよね、相変わらず」
絡まれやすいのは自覚してるが、そういう見方もあるのかと思ったとき、試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
橘が呆れたように言う。
翌日の正午、ヒカルの練習試合に足を運んだ。橘もつき合うと言うので、まあそこそこ美人だし応援されれば嬉しいかもなと連れていったのだがーー
「いや、ほんとにそう思ってて……思うだろ?」
俺は一ヶ月気付かなかった事実にうろたえ、視線をさ迷わせる。
「まあ、仕方ないけど。あんたって、そういうとこあるし」
橘は深々と嘆息した。
ーー確かに、女子ならあの身長でセンターも頷ける。
考えてみればいろいろと符号するのだが、そもそもヒカルが男であると思い込んでいたので、あまり気にしていなかったのだ。
一年はま新しいユニフォームに身を包み、大きい数字を胸や背に纏っている。ユニフォームは男女でサイズ感が違い、女子のそれは上半身のわずかな凹凸を拾い上げられる程度にはフィット感がある。
その中にあって、短髪で女子らしい柔らかさを感じない身体つきとはいえ、ヒカルは間違いなく女子だった。
「ほんとに来てくれたんだ」
ヒカルは懐いた犬さながら、俺に気づいて駆け寄って来る。
「おう」
お前女子だったんだな、といらんことを言いそうになるので、それ以上の挨拶は控えた。
「このお姉さんがカノジョ?東京にいるんじゃないの?」
ヒカルが目を丸くして橘に首を傾げて見せた。
そんな仕種したことあったか?さすがにそれを見れば俺だって女子だと気づいたはず。ーーいや、例によって無関心で流していたかもしれない。
「まぁな」
答えつつ、ついしげしげとヒカルを観察していると、橘に肘で突かれた。
「こんにちは。ヒカルちゃん、だっけ?橘彩乃といいます。昨日こっちに来たんだ。いつもは東京にいるよ」
橘はにこりと優等生スマイルを浮かべて見せる。ヒカルもぺこりと頭を下げて名乗り、俺に笑いかけた。
「美人さんじゃん」
今度はヒカルから、うりうりと肘でつつかれる。
「行かなくていいのかよ。そろそろ始まるんだろ」
俺がコート脇に集まった少女達を示すと、少女たちがきゃーと悲鳴を上げた。少女たちだけでなく、体育館中の視線が集まったのを感じる。
うっわ。居づれー。
俺は上げた指を早々に下ろしてコートのポケットに突っ込んだ。
「アイドルのつもりで手でも振ってあげれば?」
隣で噴き出した橘が言う。てめぇ、他人事だと思って。
「みんな楽しみにしてたんだ。東京から来たカッコイイお兄さん」
「お前なぁ。訳わかんねぇ前評判立てるなよ」
「だって、みんなが聞いてくるから。誰に似てるって」
ヒカルが口にした俳優の名前は、確かに時々言われるものだ。嘆息しながら後ろ頭をかいた。
「ほら、さっさと行けよ」
しっしっと追い払うようにすると、ヒカルは笑った。
「人の練習試合をデート場所にするのが悪い」
「こいつが勝手についてきただけだ」
「何よそれ。……まあ、確かにそうかもしれないけど」
橘が反論しようとしたが、語尾が尻すぼみになる。ついつい俺が笑って橘の後ろ頭をぽんと叩くと、また少女たちの声が挙がった。
ーー下手に動くのはやめとこう。
居心地の悪さを感じながら、俺はまたポケットに手を突っ込み、黙って会場横に並んでいるパイプ椅子に足を向けた。
ヒカルの学年は6人と聞いていたが、他の5人はミニバス経験者なのだろう。ボールの扱い方が手慣れていた。
身長の関係か、スタートメンバーで出ていたヒカルは、途中でベンチにいたもう一人と代わった。
バスケは5人チームだ。5人は恐らく小学生のときにみんなでチームを組んでいたのだろうが、一人だけ未経験者として混ざっていてるのはやりづらかろう。それでもバスケをやりたいと思ったのは、父親との繋がりがあるからか。
そんなことを思いながら試合を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「お兄さん、山口ヒカルとどういう関係なん?」
振り向くと、ユニフォームにジャージを羽織った男子が立っている。そこそこ整った顔立ちで、それなりに女子の目を引くタイプに違いない。髪をワックスで散らして大人ぶっているのが微笑ましいが、あまり好意的とは思えない表情に、浮かんだのは苦笑だった。
「どういうって……たまにバスケ教えてるだけだよ」
「ふぅん」
少年は気に入らなそうに相づちを打ちながら、俺の姿を値踏みするように眺めた。隣の橘にもちらりと目線を投げる。
「じゃあ、バスケできんだ」
「まあ、中坊とやるくらいにはな」
少年は俺の足元を見た。体育館履きがわりのバッシュ。
「じゃあ、これ終わったら俺と勝負しよ」
一年の試合は正規の試合の半分だけで、いわゆるミニ試合だ。机上で表示された残り時間はあと二分を切っている。
「部外者が練習試合邪魔するわけにはいかないだろ」
体育館はあまり広くない。普段はコートをギリギリ2面取るのだろうが、練習試合では真ん中にコートをとり、椅子を並べてある。試合が終わればモップをかけ、また次の試合に備えるはずだ。
「この後は昼休みやけん。俺が後でモップがけすれば大丈夫。寒いけん身体あっためんと怪我するよ」
「怪我って。本気でやるつもりか?」
「当然やろ。お兄さんも手ぇ抜いたらいかんよ」
おもむろにストレッチを始める少年に、俺は呆れて嘆息した。
「しっかたねぇなぁ」
嘆息して、靴紐を結び直す。
「大丈夫?」
「まー、大丈夫だろ」
橘は俺の顔をしげしげと見てから、困ったように笑った。
「何だよ」
「変につき合いがいいよね、相変わらず」
絡まれやすいのは自覚してるが、そういう見方もあるのかと思ったとき、試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
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