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第三章 きみのとなり
113 彩乃の両親
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翌週、指輪を決めるまでに、双方が親に報告しておくことに決めて迎えた週明けの朝。
【アーヤがひどい顔】
名取さんから端的な社内メッセージが届いた。端的すぎて思わず笑ってしまう。
【夕飯、うち来る?】
橘に送ると、行く、と簡単な答えがあった。
橘の顔は夕方になっても若干むくんでいた。目元がひどいから今日は眼鏡で通したとむくれている。
「なに、親御さんになんか言われた?」
俺が作った夕飯を食べ、人心地ついた後、苦笑しながら問うと、橘は気まずそうに頷いた。
「元カレと比較されたとか」
「うん……まあ、そんなとこ」
学歴、年収、地位。それら全てが娘より劣っている男。
娘本人が気にしなくても、娘を育てた親にとっては大問題。それも分かる気がする。大事に育てた一人娘なのだから。
「さっさと結婚しろとか言いながら、いざ娘がその気になった人には会おうともしないだなんて」
憤慨する橘を宥めようと苦笑する。
「まあ、大事な娘だからだろ」
橘は、でも、と首を振った。
「会えば絶対分かるのに。神崎がどれくらいーー私なんかにはもったいないくらい素敵な人だって、分かるのに」
後半はほとんど涙声になっている。目も潤んで今にも涙が落ちそうだった。
「親の言うことなんか知らない。自分の伴侶くらい、自分で決めさせてもらうわ」
激して言う橘の頭を撫でる。俺の不足した面が彼女の強がりを引き出してしまったことに、胸が痛んだ。
「お前の気持ちは嬉しいけど。急なことだからご両親も驚いてるんだろ。心の準備ができるまで待つから。親子の仲、そんな簡単に切り裂く必要ねぇだろ」
「やだ。私は待てない」
俺のフォローにも、橘は子供のようにかぶりを振る。
「ちゃんとーーはやく、私のものにしたいの」
言った途端、涙の堤防が決壊した。しがみついてくる橘を抱き留めながら、俺は嘆息する。
「ごめんね」
腕の中で、橘が言った。
「傷つけたよね。ごめん」
俺は苦笑して、橘の頭を撫でた。
「本当のことだから」
フォローのつもりで言ったが、その意味を成していないと気づく。
「えーと」
何か気の利いたことをと、頭を回転させる。
「橘よりも昇進して見せます、って言うとか」
泣きじゃくっていた橘が、ぴたりと動きを止めた。
「橘よりもいい年収もらえる会社に転職するとか」
橘の震えが先ほどと違うものに変わった。それが分かってほっとする。
「そんなの、神崎のキャラじゃない」
困ったような顔で笑う橘は、顔を上げて俺を見た。笑いで震えるその肩を撫でながら微笑む。
「だって、学歴はどうしようもないだろ。あ、じゃあ俺がT大に入り直す」
「なにそれ」
橘はケラケラ笑った。ひとしきり笑うと、改めて俺に抱き着いてくる。
「ありがとう」
「何が?」
「いろいろ」
とりあえずはそれで落ち着いたらしい。橘は俺の胸から顔を離すと、表情を引き締めて、よーし、と気合いを入れた。
「私だって、言われっぱなしで黙ってる女じゃないですからね」
ふんと胸を張って言う。
俺は笑った。
「よかった」
「何が?」
「お前が単純で」
橘は無言で俺の頬をつねった。
【アーヤがひどい顔】
名取さんから端的な社内メッセージが届いた。端的すぎて思わず笑ってしまう。
【夕飯、うち来る?】
橘に送ると、行く、と簡単な答えがあった。
橘の顔は夕方になっても若干むくんでいた。目元がひどいから今日は眼鏡で通したとむくれている。
「なに、親御さんになんか言われた?」
俺が作った夕飯を食べ、人心地ついた後、苦笑しながら問うと、橘は気まずそうに頷いた。
「元カレと比較されたとか」
「うん……まあ、そんなとこ」
学歴、年収、地位。それら全てが娘より劣っている男。
娘本人が気にしなくても、娘を育てた親にとっては大問題。それも分かる気がする。大事に育てた一人娘なのだから。
「さっさと結婚しろとか言いながら、いざ娘がその気になった人には会おうともしないだなんて」
憤慨する橘を宥めようと苦笑する。
「まあ、大事な娘だからだろ」
橘は、でも、と首を振った。
「会えば絶対分かるのに。神崎がどれくらいーー私なんかにはもったいないくらい素敵な人だって、分かるのに」
後半はほとんど涙声になっている。目も潤んで今にも涙が落ちそうだった。
「親の言うことなんか知らない。自分の伴侶くらい、自分で決めさせてもらうわ」
激して言う橘の頭を撫でる。俺の不足した面が彼女の強がりを引き出してしまったことに、胸が痛んだ。
「お前の気持ちは嬉しいけど。急なことだからご両親も驚いてるんだろ。心の準備ができるまで待つから。親子の仲、そんな簡単に切り裂く必要ねぇだろ」
「やだ。私は待てない」
俺のフォローにも、橘は子供のようにかぶりを振る。
「ちゃんとーーはやく、私のものにしたいの」
言った途端、涙の堤防が決壊した。しがみついてくる橘を抱き留めながら、俺は嘆息する。
「ごめんね」
腕の中で、橘が言った。
「傷つけたよね。ごめん」
俺は苦笑して、橘の頭を撫でた。
「本当のことだから」
フォローのつもりで言ったが、その意味を成していないと気づく。
「えーと」
何か気の利いたことをと、頭を回転させる。
「橘よりも昇進して見せます、って言うとか」
泣きじゃくっていた橘が、ぴたりと動きを止めた。
「橘よりもいい年収もらえる会社に転職するとか」
橘の震えが先ほどと違うものに変わった。それが分かってほっとする。
「そんなの、神崎のキャラじゃない」
困ったような顔で笑う橘は、顔を上げて俺を見た。笑いで震えるその肩を撫でながら微笑む。
「だって、学歴はどうしようもないだろ。あ、じゃあ俺がT大に入り直す」
「なにそれ」
橘はケラケラ笑った。ひとしきり笑うと、改めて俺に抱き着いてくる。
「ありがとう」
「何が?」
「いろいろ」
とりあえずはそれで落ち着いたらしい。橘は俺の胸から顔を離すと、表情を引き締めて、よーし、と気合いを入れた。
「私だって、言われっぱなしで黙ってる女じゃないですからね」
ふんと胸を張って言う。
俺は笑った。
「よかった」
「何が?」
「お前が単純で」
橘は無言で俺の頬をつねった。
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