さくやこの

松丹子

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第二章 ふくらむつぼみ

70 結婚願望

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「で、そういうアキはどうなの。サクヤくん、しょっちゅう会ってるんだろ」
 阿久津さんの言葉に、私は横目で視線を返した。
 阿久津さんはビールを飲み干して店員さんに追加を頼んだ。阿久津さんは昔からビールと日本酒が好きだ。
「これだけ長いこと俺らを飲みに誘わないんだから、相当しょっちゅう飲みに行ってると見た」
 私はうーんと首を傾げる。
「行ってるというかーー」
「え。もしかして」
「今、一緒に住んでるんで」
 阿久津さんと神崎さんは、ぽかんと口を開けたまま言葉を失った。
「おま、報告ねぇぞ!」
 どついてくる阿久津さんに上目遣いの視線を送り、
「やっぱり阿久津さんって」
 阿久津さんは言葉に備えるように眉を寄せた。
「私のこと好きだったとかーー痛てっ」
「寝言は寝てから言え」
「私の寝顔を見られるところに阿久津さんいないじゃないですか」
「そう来たか」
 私の切り替えしに笑ったのは神崎さんだ。
「でも同棲してたとは知らなかったな。それでも結婚はないってのか?」
「ないですねぇ」
「分かんねぇなぁ」
 阿久津さんが呆れる。神崎さんが嘆息した。
「彩乃も名取さんも気にしてたぞ」
 私はまばたきをして神崎さんの顔を見る。
「気にしてたって、どうして?」
「海外勤務」
 神崎さんはようやくビールを飲み干した。
「打診、あったんだろ」
 手を上げて店員さんを呼ぶと、ハイボールを頼む。
 私は手元の焼酎グラスを少し揺らした。中の氷が当たってコツコツと音を立てる。
「ありましたけど」
「行くんだろ」
「行けるなら行きますけど」
「だから気にしてんだよ、あの二人が」
 神崎さんは言いながら、卓に広がるつまみから、もろきゅうを口に運んだ。しゃくしゃくしゃく、と小さな音が聞こえる。
「どうして?」
 私が首を傾げると、神崎さんは盛大に嘆息した。
「まあ、いいけどさ。彼、優しそうだから、ちゃんと相談しろよ」
「相談ーー」
 私は逆側に首を傾げる。
「はあ。まあ、そうします」
「気のない返事だなぁ」
 神崎さんは呆れ顔だ。
 咲也との関係について気にしてるんだろうか。神崎さんたちには彼氏彼女になったと宣言したのを思い出す。でも、そうだとしても、遠恋なんてよく聞く話だし。基本的には二、三年って決まってるし。それで駄目になる関係なら、その程度ってことじゃないの?
 思いながらも、無難なことを口にする。
「咲也も応援してくれてますよ」
「応援してくれてると思ってたら三十直前でフラれたってパターンもあるぞ」
「え、何ですかそれ。誰かの体験談?」
「弟の友達」
 神崎さんは言いながら、運ばれてきたハイボールを受けとった。私は思わず笑う。
「俺と仕事とどっちが大事なのって?笑えるー。そんな男、別れて正解じゃないですか」
「他人事なら笑えるだろうけどな。まあ、今は無事別の男と結婚したよ」
「あー、こないだ結婚祝い送るとか言ってたやつ?」
「そうそう」
 言って神崎さんはスマホをタップする。ほら、と見せてくれたのは、晴れやかな表情で微笑むお嬢様然とした新婦と、眼鏡をかけて緊張した面持ちで立つ新郎の写真だった。
 幸せそうな写真は、私とは別世界に見える。
 私はへぇーと見て、ん、と首を傾げる。
「ーーって、弟の友達と何で仲良しなんですか」
「あ?え?ああ、そういやそうだな……何でだろう」
 ふと気づいて考えはじめた神崎さんを見て、阿久津さんが口を開く。
「アキ、そこはいちいち突っ込むな。収拾がつかなくなる」
「分かりました、仕様ですね。了解です」
 私は神崎さんにスマホを返し、また焼酎を口にした。
「他人の結婚式見て、いいなー、とかもないんだな」
 なるほどそれを確認したかったのか、と私は納得しつつ笑う。
「ないですねぇ。全然」
「咲也くんも?」
 私はわずかに視線を落とした。
「ないんじゃないですか。多分」
 私も咲也も、結婚に夢など見ていない。夢を抱けるような環境に育たなかったからだ。
 しかしーー家族が欲しいか、と聞かれれば、また別かもしれない。最近、そう思う。
 少なくとも、咲也と共に暮らす毎日は、私にとって初めて経験するほど居心地のいいものだ。
 私は一杯目の焼酎を飲み干し、ニ杯目に手をかけた。
「神崎さん」
「何だよ」
「夫婦って何でしょうね」
 神崎さんは目に見えてうろたえた。私は笑う。
「何で、夫婦になりたいって思うんだろう」
 考えれば考えるほど、結婚というものがよく分からなくなる。
 神崎さんは嘆息した。
「結構たまってんのな」
「たまってるっていうか、詰まってます。流れが滞ってる感じ」
 私が笑うと、神崎さんは少しだけ考えてから、言った。
「名取さんと話してみたら。あの人も結婚願望がなかったのを、ジョーが必死に口説き落としたみたいだから」
 言いながらハイボールを傾け、おまけのように付け足す。
「どうして結婚願望がなかったのかは、知らないけどな」
 私はふぅんと気のない返事をした。
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