初恋旅行に出かけます

松丹子

文字の大きさ
15 / 56
第二部

02 手紙

しおりを挟む
「お、おはよう。ぐっちゃん」
 睡眠不足で机にぐったりしていた私は、声をかけられて顔を上げた。
 そこには神妙な表情のマイコとユウがいる。
「……おはよぉ」
 答えながら首を傾げた。
「どうかした?」
「い、いや、別に、その」
 二人はうろたえながら、お互いに言葉を譲り合うように目くばせしている。
 何やってんだろ。
 そのやりとりをぼんやり見ていたら、斜め後ろの席の山ちゃんがぽつりと言った。
「合格発表、どうだったのか気になるんやろ」
「ちょ、山ちゃん!」
「い、いいんよぐっちゃん、無理に言わんでもいいんよ。まだ二次試験もあるんやし、まだ次もがんばれば、きっと大丈夫ーー」
「ああ」
 私は笑った。すっかり忘れていた。
「ごめんごめん。受かったよ」
 一瞬の間。
 その後、
「なんやってー!?」
「ぐっちゃんおめでとー!」
「しーっ、しーっ」
 まだ結果が出てない子もいるのだ。そんなに大声で囃し立てられては困る。慌てて口に人差し指を添えたが、二人はきゃぁきゃぁ言って跳ねている。
「おめでと」
 山ちゃんの声が聞こえた。振り向くと、目を反らされる。
「がんばっとったし、大丈夫やろうと思っとったけどな」
 その頬の色から、照れているらしいと読み取り、私は微笑んだ。
「ありがと」
 山ちゃんはますます照れたようだ。トイレ、と言って席を立つ。にやにやしながらマイコとユウがそれを見送った。
「……で? いつ会うの?」
「何が?」
「初恋の人!」
 大声で言われて、クラス中の目がこちらへ向いた。私は慌ててマイコの肩を叩く。
「ちょ、何言ってるの!」
「だってそうやろ? 初恋の人やろ?」
 マイコをつかまえようと伸ばした手は、ひらりとかわされた。にやにやしながらマイコが私を見ている。
「東京行ったら会いたい放題やん」
「ち、違、そういうつもりじゃ」
 視界の端に、山ちゃんが立ち止まってこちらを見ているのが見えた。
 トイレ! トイレ行くんじゃないの!?
 心の中でつっこむ私の様子も気にせず、マイコとユウはきゃっきゃと盛り上がっている。
「あなたに会うためにがんばりました! って言うんやろ!」
「あんなにイケメンやしなぁ。そりゃ、がんばるわ」
「うちらも会いたいくらいやもんね」
 ああああ! もう!
 クラスメイトの視線が、興味深げに私たちのやりとりを見ている。
「二人とも落ち着いてよ!」
「うちらは落ち着いてるよ」
「顔、真っ赤なのぐっちゃんやん」
 これは! 生理現象というか!
 ぐぬぬ、と喉の奥で唸る。
 そのとき、予鈴が鳴った。
「ほ、ホームルーム始まるよ。ほら」
 私は言って、かばんの中から筆箱を取り出す。
 そのとき、かばんの中から、封筒がはらりと滑り落ちた。
「っあ!」
 慌てて拾い上げて、鞄に戻す。
 ユウとマイコが目をまたたかせてから見合わせ、更に悪い笑顔になった。
「何やの、今の!」
「ラブレター!?」
「違う、違うってばー!!」
 言っていると、先生が入ってきた。マイコとユウは笑いながら自分の席に向かう。
 私はすっかり消耗して、机上に置いた鞄にぐったりと寄り掛かった。
 結局トイレに行きそびれた山ちゃんが、私の横を通りつつちらりと見下ろして来る。
「……なに」
「なんでも」
 何か言いたげな視線のまま、山ちゃんは肩をすくめて自分の席へ戻った。
 私は深々と息を吐き出した。

 便箋は、試験が終わった後、大学近くの文房具屋さんで買ったものだ。
 可愛いデザインのものとも迷ったけど、シンプルなものにした。
 空の写真と飛行機のシルエットをモチーフにしたレターセット。
 神崎さんに送るには、あんまりごちゃごちゃしているのも、可愛すぎるのも似合わない気がしたから。
 空。
 神崎さんのいる関東と、私のいる九州を繋ぐ、空。
 そう思いながら、選んだ。
 手紙は最初、気合を入れてカラーペンで書き始めてみたら、誤字脱字だらけになって契り捨てた。諦めてシャーペンで書き始めたら、今度は何度も消しゴムをかけることになった。でも、もう書き直す気力もなくなって、封筒に入れた。
 入れた後も気になって、二度三度と取り出して確認した。これじゃ眠れないと気づいて封をしたのが深夜二時。でも、その後も結局、あれこれ考えてしまってうまく眠れなかった。
 今朝は早めに出てコンビニで切手を買って投函するつもりだったのに、おかげで珍しく寝坊した。ばたばたと家を出たら、コンビニに寄る時間なんてなくなってしまった。
だからまだ鞄の中に入ったままだし、ついでに私は寝不足なわけだ。
 先生の点呼を聞きながら、私は頬杖をつく。
 神崎さんの手紙には、自分のスマホの連絡先も書いた。
 メッセージ、くれるかな。
 もしかしたら、電話、くれるかも。
 そんな妄想に浸りながら、緩んで来る頬を手で隠す。
 さりげなくそうしたつもりだったけど、先生には見えていたらしい。
「受験が終わったやつも、そうじゃないやつも、卒業まで気を抜くなよ。一気に解放されるからハメを外して痛い目見る奴が誰かしらおるからな。交通事故やら何やら、気をつけるように」
 おもいっきり私を見て言うものだから、私は肩をすくめた。
 マイコとユウが自分の席でくつくつ笑ったので、先生はそちらもひと睨みして、ホームルームは終わった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

さくやこの

松丹子
ライト文芸
結婚に夢も希望も抱いていない江原あきらが出会ったのは、年下の青年、大澤咲也。 花見で意気投合した二人は、だんだんと互いを理解し、寄り添っていく。 訳あって仕事に生きるバリキャリ志向のOLと、同性愛者の青年のお話。 性、結婚、親子と夫婦、自立と依存、生と死ーー 語り口はライトですが内容はやや重めです。 *関連作品 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点) 『物狂ほしや色と情』(ヨーコ視点)  読まなくても問題はありませんが、時系列的に本作品が後のため、前著のネタバレを含みます。

色づく景色に君がいた

松丹子
現代文学
あの頃の僕は、ただただ真面目に日々を過ごしていた。 それをつまらないと思っていたつもりも、味気なく思ったこともない。 だけど、君が僕の前に現れたとき、僕の世界は急激に色づいていった。 そして「大人」になった今、僕は彼と再会する。 *タグ確認推奨 関連作品(本作単体でもお楽しみ頂けます) 「明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)」(妹・橘礼奈) 「キミがいてくれるなら(you are my hero)」(兄・橘悠人)

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

【完結】結婚式の隣の席

山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。 ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。 「幸せになってやろう」 過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。 ★シリアス8:コミカル2 【詳細あらすじ】  50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。  次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。  鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。  みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。  惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...