明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子

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.第2章 高校2年、夏休み

43 続・イトコ会(3)

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 祖父母へのプレゼントは、結局、ペアの折り畳み傘になった。
 祖父母が持っている傘は、昔ながらの形をしている。広げる前に手で伸ばさないと綺麗に広がらない。構造がシンプルなので壊れにくいのか、今でもそれを使っているのだ。
 プレゼントに選んだのは、ワンプッシュで広がる形の傘だ。薄暗くなる雨の日、少しでも明るい色をと、お揃いの水玉模様で緑と紫を選んだ。
 最初は便利グッズや面白グッズを手にしていた私たちだけれど、ふざけ始めた男性陣を見て、私と朝子ちゃんで無難な選択をしたのだった。
 栄太兄ですら本来の目的を忘れてあれこれ楽しみ出すのだから、男の人ってほんとに幾つになっても子どもらしい。
 会計を済ませたのはまたしても栄太兄だった。包んでもらうのを待つ間、朝子ちゃんが栄太兄に声をかける。

「1人いくら?」
「2千円。礼奈は千円でええで」
「え、でも。端数は?」
「俺が持つ」

 朝子ちゃんが「本当にいいの?」と首を傾げつつ2千円を差し出す。栄太兄は笑って受け取った。

「社会人は俺だけやねんで。学生からせびるなんてカッコ悪いことさせんでくれ」
「でも、お茶もごちそうになったし」
「あっ、そうだ、そうだよ」

 お札を2枚にして財布から出しかけた手を、上から栄太兄の手でおおわれた。
 あっさり私の両手を覆う大きな手にどきりとする。

「カッコ悪いことさせんなて言うてるやろ。千円しか受け取らへんで」

 栄太兄はいたずらっぽく私の目を覗き込む。その視線を受け止めきれず、唇を尖らせて1枚だけを引き抜いた。

「じゃあ、これ」
「まいど」
「栄太兄、俺たちはいくらー?」
「健人は3枚、他は2枚」
「えっ、俺だけ多め? なにそれ逆贔屓ー」
「現実の厳しさを教えてやろうという兄心や、ありがたく思え」

 栄太兄の軽口に、健人兄が「マジか」と眉を寄せる。「冗談に決まっとるやろ」と栄太兄が指を2本出すと、健人兄は「サンキュ」とその手にお金を乗せた。悠人兄も渡す。

「あ、しまった。現金持ち歩いてなかった。俺、アプリで払ってもいい?」
「だろうと思った。私が払うから、後でちょうだいよ」

 朝子ちゃんがあきれ顔で財布からお札を出す。「アプリでもええで」と言いながら、栄太兄はそれを受け取った。

「じゃ、プレゼントは朝子に預かってもらってええか。俺は行けへん可能性もあるし」
「うん、了解。お兄ちゃんじゃ失くすかもしれないしね」
「ええ、ええ。しっかり者の妹を持って幸せですよー」

 翔太くんが脱力した声音で言うと、誰からともなく笑った。
 お店の邪魔にならないところでのやりとりとはいえ、長身の男が並んでいるから何をするにも目立つ。さてどうしたものかと思っていたら、翔太くんが「俺、研究室に行くからこれで」と切り出した。

「あ、俺も予定ある。悠人兄は?」
「俺もバイト」
「なんや、お前らも忙しいなぁ」
「いいんじゃね、栄太兄、両手に小花で」
「健人。そこは素直に花って言いなよ」

 悠人兄の突っ込みに、健人兄は「しっつれー」と悪びれず笑った。

「あ、じゃあ、朝子ちゃんと打ち合わせしたら。私も明日早いから帰るよ」

 気を利かせたつもりで言ったら、朝子ちゃんが「え」とうろたえた。
 栄太兄が笑う。

「なんや、朝子。俺と出かけたいんか、出かけたくないんか」
「いや、あの、だって……」

 目で訴えられたけど、私は笑って気づかないふりをする。
 買い物に行く間に目にした、並んで歩く2人の後ろ姿が、まぶたに焼き付いて離れない。
 3人だけになって、あれを横で見ているのはまっぴらだった。

「お邪魔虫はこれにて退散。びしっ」

 剽軽ぶって敬礼すると、栄太兄が笑って私の頭を撫でた。
 くしゃりとハーフアップをつぶされて、困惑しながら睨み上げる。

「子ども扱いしないでよ」
「いや、すまん。相変わらず可愛えなぁと思ってつい」

 か、可愛い!?
 な、何よそれ! いつもそんなこと言わないくせに! どうして朝子ちゃんの前でそんなこと言うのよ!
 栄太兄の馬鹿! 鈍感! 女心が分からない人だな!

 何か言ってやろうと思うのに言葉にならない。口をぱくぱくしているうち、私の肩にぽんと手が乗った。

「じゃ、行くか。礼奈」

 仰ぎ見れば健人兄だ。余裕ありげな微笑で私を見下ろす表情は、全部お見通しとでも言うかのよう。
 私はむっとして、いら立ちの矛先を健人兄に向けた。

「私は家に行くもん」
「あ、ほんと? 残念」

 健人兄はにやりとして、眉を寄せた私の耳元でささやいた。

「ヨーコさんに呼ばれたんだけど。お前は行かないの?」

 ぱっ、と目を輝かせて健人兄の手をつかむ。

「ほんと? いいの? やった!」

 ついついぴょんぴょん飛び跳ねると、健人兄がくつくつ笑い、栄太兄がきょとんとした。

「……何や、今日一番楽しそうな顔やな」

 どことなく不服げな栄太兄を無視して、改めて敬礼する。

「じゃ、お疲れさまでしたっ! 行こ行こ、健人兄!」
「あーはいはい。悪いね、栄太兄」
「何や別に……まあ、ええけど……」

 煮え切らない表情のまま、栄太兄は首をひねる。私は健人兄の手を引っ張って、都内へ向かう電車へ乗り込んだ。
 先ほどまで感じていたモヤモヤはどこかへ飛んで行って、久々に会うヨーコさんにうきうきしている。

 嬉しい! ヨーコさんに会うのなんて、いつぶりだろ!

 目をキラキラさせている私を横目で見て、健人兄が苦笑した。私が首を傾げると、「いや」と笑う。

「お互い無自覚で鈍感だと、タチが悪いよなぁ」

 何のことを言っているんだろう。
 そう思いつつも、とりあえず馬鹿にされたらしいということだけは分かって、私は眉を寄せた。
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