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.第3章 高校2年、後期
73 定期演奏会前日(1)
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終業式の日、クラス解散後の午後を、私たち吹奏楽部は演奏会の準備にあてた。
定期演奏会の演目はトータルで1時間半ほど。
演奏会といっても、ただ演奏するだけじゃない。ちょっとした寸劇のようなものを挟んだり、全体をストーリー形式にしたり、ちょっとしたお楽しみ会形式なのが例年恒例だ。
12月という時季柄、クリスマスや年末をテーマにしたものが多くなりがちだけれど、今年はあえて少し外して設定した。
今年のテーマは「四季」。
でも、実際には自分たちの高校生活をイメージしている。
明るいマーチで入学の出会いを。アップテンポなJPOPのカバーで夏の楽しさを。緩急の激しいクラシックで秋の嵐を。唱歌をアレンジした静かな曲で冬の訪れを。
そして最後に、舞い散る桜をイメージして吹奏楽用に作曲された優しく切ない一曲を。
色んな曲を演奏したいね、と誰かが言って、みんなが賛同した。その方がみんな楽しめるだろうと他の誰かも言った。
コンクール以降、私たちの最大の目標は「楽しむ」ことになっている。精一杯ベストを尽くした上で、思い切り楽しもうーーあえて誰かが口にしなくても、みんなそう思っているのが分かった。
演奏会では、それぞれの楽器や部員の得意を加味して、メンバー編成を組んでいる。だから、5曲を全て楽器を演奏する部員はいない。
出番のない曲では、楽器の代わりに、演技や手拍子、ハミングなど、舞台の演出役として参加するのだ。
私も、冬の曲ではハミングを担当する。楽器の演奏だけでないのも、定期演奏会の楽しみだ。
舞台設営と簡単なリハーサルを終えたのは、いつも部活を終える時間より少し早い午後5時。
明日に備えて、軽いミーティング後に解散になった。
帰る準備をしていた私の肩を、コアラが叩いた。
「礼ちゃん、明日の打ち上げ行くよね?」
「うん、行くよー」
打ち上げは駅前のレストランだ。お手軽な値段のランチがビュッフェ形式で食べられるお店で、学生の打ち上げにはよく利用されている。
「その後、カラオケ行こうって話してるんだけど。礼ちゃんもどう?」
「そうなの? どうしようかな」
私は首を傾げて考えつつ、
「でも、メンバーは? みんなで?」
「んー、その辺適当」
コアラが言葉通り気楽な調子で答える。
「予約してるわけでもないから、部屋開いてなければやんないかも。そもそも1部屋5、6人が限界だよね。マイク回って来ないとつまんないし」
緩い調子でそう言いながら、また私の肩を叩いた。
「ま、だから礼ちゃんも気分次第で全然オッケーよ」
「ふふ、うん。分かった」
私が答えると、満足げな顔をしたコアラがはしもっちゃんの方へ向かった。彼女のことも誘うのだろう。はしもっちゃんに話しかけるコアラを見てから、バス乗場へ向かって歩きだす。
「お疲れさまです」
歩いていく私を、あーちゃんが小走りで追い抜いていった。不意だったので、一瞬返事が遅れる。かろうじて「お疲れ」と答えると、なんとも嬉しそうな笑顔で会釈された。
その笑顔を見た瞬間、あーちゃんが急ぐ理由を察した。同時に、ほとんど直感的に歩調が緩む。
足の運びに迷いが生じた。
きっと、慶次郎と帰るんだ。
どきん、どきん、と鼓動が脈打ち始めた。
このペースで歩いては、バスを待つ二人の前を通らなければならなくなる。
お手洗いに寄ろうか、とも考えたけれど、靴もはいてしまったし今さらだ。
何食わぬ顔で通りすぎてしまえばいい。
そう分かっているのに、いまだに気にしてしまう自分に呆れる。
別に、なにも後ろめたいことはないんだから。
さくっと「お疲れ」と言って、過ぎ去ってしまえばいいのに。
でも、もし、そうしたら、慶次郎はどんな反応をするだろう。
無視するだろうか。最近、私と距離を置こうとしているみたいだから。
それとも、平然と挨拶を返すだろうか。
どちらにしろ、それを見る気にはなれなかった。
少し前だったらーー修学旅行に行く前だったら、どちらの反応もしなかっただろう。私のことを、何かにつけて茶化してきたのに。
チビバナ、とか言って。
10年前から、たった数か月前まで続いていたそれは、もう過去のものになりつつある。
息苦しさを感じて、私は襟元を握り締めた。
「礼ちゃん? どうかした?」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ナルナルが立っていた。
やたらと歩調の遅い私を怪訝に思ったのだろう、何も言えずにいる私に、首を傾げて前を見て、「ああ……」と何かに気づいたように微笑む。
「一緒に帰らない?」
聞かれて戸惑った。中間テスト後、2人きりで歩いた帰路がやや気まずかったのを、私は忘れていない。
「俺と話してれば、気にならないでしょ」
私は目を泳がせた。ナルナルが笑う。
気づいてるんだ、ナルナルは。
私が慶次郎とあーちゃんを避けてること。
「バス、今ならまだ間に合うね。行こう」
ナルナルはそう言って歩き出した。内心まだ迷いながらも、その背を追う。
校門を出て大通りへ出ると、そこにはバス停が見えた。バス停には学生がずらりと並んでいる。
その前方には、慶次郎とあーちゃんも並んでいるはずだけれど、周りが薄暗いからか、その姿ははっきりしなかった。
ほっとした私を見て、ナルナルが笑う。
「ね。俺と話してれば大丈夫だよ」
確かに、その他大勢と一緒にバスに乗り込んでしまえば、慶次郎たちの前を通る必要はない。
もし、慶次郎たちが私に気づいたとしても、ナルナルと話していて気づかなかったことにすればいい。
私はためらった後で、こくりとうなずいた。
定期演奏会の演目はトータルで1時間半ほど。
演奏会といっても、ただ演奏するだけじゃない。ちょっとした寸劇のようなものを挟んだり、全体をストーリー形式にしたり、ちょっとしたお楽しみ会形式なのが例年恒例だ。
12月という時季柄、クリスマスや年末をテーマにしたものが多くなりがちだけれど、今年はあえて少し外して設定した。
今年のテーマは「四季」。
でも、実際には自分たちの高校生活をイメージしている。
明るいマーチで入学の出会いを。アップテンポなJPOPのカバーで夏の楽しさを。緩急の激しいクラシックで秋の嵐を。唱歌をアレンジした静かな曲で冬の訪れを。
そして最後に、舞い散る桜をイメージして吹奏楽用に作曲された優しく切ない一曲を。
色んな曲を演奏したいね、と誰かが言って、みんなが賛同した。その方がみんな楽しめるだろうと他の誰かも言った。
コンクール以降、私たちの最大の目標は「楽しむ」ことになっている。精一杯ベストを尽くした上で、思い切り楽しもうーーあえて誰かが口にしなくても、みんなそう思っているのが分かった。
演奏会では、それぞれの楽器や部員の得意を加味して、メンバー編成を組んでいる。だから、5曲を全て楽器を演奏する部員はいない。
出番のない曲では、楽器の代わりに、演技や手拍子、ハミングなど、舞台の演出役として参加するのだ。
私も、冬の曲ではハミングを担当する。楽器の演奏だけでないのも、定期演奏会の楽しみだ。
舞台設営と簡単なリハーサルを終えたのは、いつも部活を終える時間より少し早い午後5時。
明日に備えて、軽いミーティング後に解散になった。
帰る準備をしていた私の肩を、コアラが叩いた。
「礼ちゃん、明日の打ち上げ行くよね?」
「うん、行くよー」
打ち上げは駅前のレストランだ。お手軽な値段のランチがビュッフェ形式で食べられるお店で、学生の打ち上げにはよく利用されている。
「その後、カラオケ行こうって話してるんだけど。礼ちゃんもどう?」
「そうなの? どうしようかな」
私は首を傾げて考えつつ、
「でも、メンバーは? みんなで?」
「んー、その辺適当」
コアラが言葉通り気楽な調子で答える。
「予約してるわけでもないから、部屋開いてなければやんないかも。そもそも1部屋5、6人が限界だよね。マイク回って来ないとつまんないし」
緩い調子でそう言いながら、また私の肩を叩いた。
「ま、だから礼ちゃんも気分次第で全然オッケーよ」
「ふふ、うん。分かった」
私が答えると、満足げな顔をしたコアラがはしもっちゃんの方へ向かった。彼女のことも誘うのだろう。はしもっちゃんに話しかけるコアラを見てから、バス乗場へ向かって歩きだす。
「お疲れさまです」
歩いていく私を、あーちゃんが小走りで追い抜いていった。不意だったので、一瞬返事が遅れる。かろうじて「お疲れ」と答えると、なんとも嬉しそうな笑顔で会釈された。
その笑顔を見た瞬間、あーちゃんが急ぐ理由を察した。同時に、ほとんど直感的に歩調が緩む。
足の運びに迷いが生じた。
きっと、慶次郎と帰るんだ。
どきん、どきん、と鼓動が脈打ち始めた。
このペースで歩いては、バスを待つ二人の前を通らなければならなくなる。
お手洗いに寄ろうか、とも考えたけれど、靴もはいてしまったし今さらだ。
何食わぬ顔で通りすぎてしまえばいい。
そう分かっているのに、いまだに気にしてしまう自分に呆れる。
別に、なにも後ろめたいことはないんだから。
さくっと「お疲れ」と言って、過ぎ去ってしまえばいいのに。
でも、もし、そうしたら、慶次郎はどんな反応をするだろう。
無視するだろうか。最近、私と距離を置こうとしているみたいだから。
それとも、平然と挨拶を返すだろうか。
どちらにしろ、それを見る気にはなれなかった。
少し前だったらーー修学旅行に行く前だったら、どちらの反応もしなかっただろう。私のことを、何かにつけて茶化してきたのに。
チビバナ、とか言って。
10年前から、たった数か月前まで続いていたそれは、もう過去のものになりつつある。
息苦しさを感じて、私は襟元を握り締めた。
「礼ちゃん? どうかした?」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ナルナルが立っていた。
やたらと歩調の遅い私を怪訝に思ったのだろう、何も言えずにいる私に、首を傾げて前を見て、「ああ……」と何かに気づいたように微笑む。
「一緒に帰らない?」
聞かれて戸惑った。中間テスト後、2人きりで歩いた帰路がやや気まずかったのを、私は忘れていない。
「俺と話してれば、気にならないでしょ」
私は目を泳がせた。ナルナルが笑う。
気づいてるんだ、ナルナルは。
私が慶次郎とあーちゃんを避けてること。
「バス、今ならまだ間に合うね。行こう」
ナルナルはそう言って歩き出した。内心まだ迷いながらも、その背を追う。
校門を出て大通りへ出ると、そこにはバス停が見えた。バス停には学生がずらりと並んでいる。
その前方には、慶次郎とあーちゃんも並んでいるはずだけれど、周りが薄暗いからか、その姿ははっきりしなかった。
ほっとした私を見て、ナルナルが笑う。
「ね。俺と話してれば大丈夫だよ」
確かに、その他大勢と一緒にバスに乗り込んでしまえば、慶次郎たちの前を通る必要はない。
もし、慶次郎たちが私に気づいたとしても、ナルナルと話していて気づかなかったことにすればいい。
私はためらった後で、こくりとうなずいた。
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