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.第3章 高校2年、後期

77 最後の演奏会(3)

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 舞台や楽器の片付けをした後、また簡単なミーティングがあった。今回は全員打ち上げに参加するので、そこではあえてしんみりするような話もない。
 予約時間までにお店へ集まるよう声かけがあって、みんなわいわいと移動を開始した。

「あ、バス行ったところだ」
「歩けばいいじゃん」

 前方でそんな声が聞こえて、みんなダラダラと歩き始める。無事に発表を終えた安堵からか、話す声はいつもよりも明るく、快活に響いている。
 数歩離れて私の前を歩くナルナルは、いつも通り穏やかな笑顔で仲間の話を聞いていた。
 ナルナルが私に何を話したいのかは、あえて考えないようにしていた。もしかしてと思ったりはしたけれど、実際には聞いてみないと分からないのだから。
 私の視線を感じたのか、ナルナルが振り向いた。私がうろたえると、ふ、と笑って近づいて来る。
 どきどき心臓が暴れ出した。

「お疲れ」
「お疲れ」

 言い合って、間が開く。話題を探して目をさ迷わせる私の姿に、ナルナルがくすくす笑った。
 そうーーそれは、栄太兄とよく似た笑い声。
 自分が以前、そう思ったのを思い出してますます戸惑う。

「落ち着かないみたいだね」

 ナルナルの言葉に、私は「そんなこと」と言いかけて口を閉ざした。代わりに唇を尖らせる。

「だって……なんか、心の準備が必要そうなこと言われたから」
「あはははは」

 耳障りのいい笑い声。そわそわして、なんだか困る。

「あ、そうだ。小夏がね、えっと」

 人生ナメてる、云々の話を口にしかけてやめる。そもそも、小夏の「あいつは人生ナメてる」という認識は、ナルナルに伝えていないのだ。一方的な偏見とはいえ、あえて悪口を伝える必要もないだろう。

「ナルナルって音楽好きなんだなって。見直したって、言ってたよ」

 かなり間接的な表現を選んだら、ナルナルはちょっと意外そうな顔をした後でくすくす笑った。

「相当嫌われてたもんね、俺。少しはマシになったかな」
「た、たぶん……」

 私は肩をすくめて、もう一つの伝言も思い出す。

「あ、あと、次のテストは負けないって」
「あはは」

 ナルナルがまた笑った。

「高木さんってまっすぐなタイプなんだ、面白い子だね」
「うぅうん、まあ、面白いけど……」
「仲、いいんでしょ」
「うん」

 私はうなずく。

「小夏は……なんていうか、はっきりしてるから」

 ナルナルが説明を求めるように首を傾げた。私は苦笑する。

「兄に近づきたいから私と仲良くしようとか、そういうこと、全然思ってないの。私といたいからいてくれるだけでーーあ、もちろん興味はあるみたいなんだけど、それはそれ、これはこれ、って分かりやすいというか、ちゃんと切り替えてくれて」
「ああ、そういうこと」

 ナルナルが目を細めた。優しい目を見返せず、照れ紛れに笑う。

「小さいこと、気にしてるでしょ。結構」
「そんなことないよ」

 あっさり答えられて、ナルナルの方を見た。前方を見るナルナルの横顔は、本当に自然な表情を浮かべていて、偽りや建前でないことが見て取れる。

「目立つ人が近くにいると、苦労もあるよね。ーー寄って来る人がみんな、好意的なわけじゃないから」

 その視線の高さは小夏とさして変わらない。ナルナルの横を車が通って、車体に二人の姿が映った。
 身内の男性は身長が高すぎて、並ぶと親子のように見えるほどチビな私も、ナルナルの隣では対等に見えるーーそのことに気づいて、車から目を逸らす。

 前方の横断歩道が点滅して、前を歩くメンバーが走って渡っていく。私たちは立ち止まって次を待つことにした。
 前の道を行き来する車が風を運ぶ。前髪が浮いたのを感じて手で押さえた。ナルナルの視線を感じて振り向く。

「……礼ちゃん」

 微笑んだナルナルが、私を見つめていた。

「俺ーー礼ちゃんのこと、好きだよ」

 その言葉は唐突で、静かだった。
 私は動きを止める。
 私たちの前を車が行き交う。先に行った仲間はどんどん進んでしまっているし、後ろから来る仲間は、まだ少し離れたところにいる。

「もしよければ……つき合ってください」

 ナルナルの声が、耳の中にこだまする。
 数秒後、ようやく頭がその意味を理解すると、心臓がどくどく脈打つ音が耳に響きはじめた。

「あ、あの……私」

 あまりに不意の告白に、うろたえながら言葉を探す。
 ナルナルは微笑んだまま、静かに私を見つめている。
 どう答えるべきか、頭の中に言葉を探したが見つからない。

「ごめんね、こんなところで急に。でも、はやくけりをつけたくて」

 ナルナルは苦笑して肩をすくめた。そのセリフに脳裏を巡っていた言葉を遮断されて、私は何も言えないままかぶりを振る。

「今、ここで答えてくれなくていいよ。でも、もし、礼ちゃんが、馬場くんを……他の人のことを好きなわけじゃないなら、俺にチャンスをくれないかな」

 ナルナルは静かに、でもはっきりとそう言った。
 まっすぐな目と言葉に、私は息を飲む。
 心臓が胸を強く叩いて、頭がうまく回らない。
 その視線に言葉を飲まれて、返事が出なかった。
 口の中にありもしない唾を飲み込み、うつむく。
 頭痛がしそうなほど早く強い鼓動。
 めまいがしそうだ。

「少し……考えさせて……ください」

 声がかすれる。
 ナルナルは微笑んで、「よかった」と呟いた。
 私は困惑して顔を上げる。ナルナルは照れ臭そうに笑った。

「礼ちゃんのことだから、一蹴されるかも、って思ってた」

 私は顔を歪めた。そうするつもりだったのだ。私は、たぶん。こんなタイミングじゃなくて、ナルナルがこんなにまっすぐに私にぶつかって来なければ。
 ーーなのに。

「青になったよ。行こう」

 左右を行き交っていた車が動きを止め、ナルナルが横断歩道に足を踏み出す。
 後方から来た仲間が合流した。

「はー、お腹すいたー」
「あ、ナルナル。ご飯終わったらカラオケ行こー」

 わいわいと、とたんに賑やかな空気に包まれる。私は笑顔を取り繕いながら、コアラに肩を組まれたナルナルを見やる。
 そこには、やっぱりいつもと変わらない笑顔があった。
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