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.第5章 春休み
116 卒業旅行(11)
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翌日は、半日かけて周辺を案内してもらった。
孝次郎さんの職場とか。和歌子さんの母校とか。
その間にある公園が、二人の出会った場所だと聞いて、少し散策してみたり。
「公園で、どうやって出会ったんですか?」
健人兄が不思議そうに訊くと、和歌子さんは珍しく口ごもり、孝次郎さんはなんと言うことのないような調子でさらりと、
「降ってきた」
と答えた。
「降って……?」
私は健人兄と顔を見合わせ、次いで2人で和歌子さんを見る。
和歌子さんはひきつった顔で、「そんな話いいから」と手を振った。どうも触れて欲しくない話題らしい。
「照れてるんですか?」
「違う、違う。ていうか降ってきてないからね。この人が寝っ転がってたのに引っかかって転んだだけだから」
「せやな。そんで受け止めたら、まあ見たこともないくらい可愛え子ぉやったから、びっくりしてな。ほんま天使が降ってきたかと思っーー」
「こーじろーくんっ」
慌ててその口を手で塞いで、和歌子さんが顔を引きつらせている。
ーー天使。
私は健人兄と顔を見合わせて、噴き出した。
「とりあえず、うちの両親に負けず劣らず、お2人が仲良しだってことは分かりました」
「ひゅーひゅー。お二人さん、熱いねぇ」
私と健人兄が茶化すと、和歌子さんが気まずそうに孝次郎さんを睨みつけた。
「ほんっと、要らないこと言って……」
「何で? 大事な話やろ」
孝次郎さんは微笑むと、臆面もなく、
「今でも天使や思てるで、和歌子」
ーーうぅっわ。
塩系男子というのだろうか、そう華やかではないものの、整った顔立ちの孝次郎さんの甘い台詞に、私と健人兄は絶句する。
「えぇーと、ご馳走さまです」
「い、今すごい、ドキドキしちゃった」
2人でそわそわしていたら、和歌子さんはうろたえまくって、「あああもう! 孝次郎くんほんとそういうのやめて!」と夫の背中を叩いた。
バシバシ言う音は結構痛そうなんだけど、孝次郎さんは慣れっこらしい。不思議そうに首を傾げて、「なんや、こんなん、政人くんも言いはるやろ?」とのたもうた。
健人兄は苦笑する。
「うちの両親、確かに仲いいですけど、そういう直球は投げないっす」
「なんや、変化球ばっかりなんか?」
「少なくとも俺たちの前では」
「意外やなぁ」と孝次郎さんはぼやくように言い、和歌子さんの肩を引き寄せる。和歌子さんがうろたえた。
「ちょっと、孝次郎くん。何、急に」
「いやぁ、関東のみなさんに、元気に仲良うしてるで、て伝えてもらおうかと」
「あっ、じゃ、写真撮りましょ、写真」
健人兄がポケットからスマホを出した。「ほら、礼奈も並んで。3人で」と言われて戸惑う。
「えっ? ツーショットじゃないの?」
「何言ってるの。せっかく来たんだから、礼奈ちゃんも写って写って」
「わ、和歌子さんっ」
ぐい、と和歌子さんに引っ張られて、孝次郎さんと和歌子さんの間に立たされる。
これじゃまるで、私が2人の子どもみたいだ。
「わ、和歌子さんてば。ツーショットが恥ずかしいだけじゃ」
「いーからいーから。はい、健人くん、お願い~」
「はいはい、いきますよー。笑って笑って……礼奈、表情カタいぞ」
「そ、そんなこと言われても」
無茶振りにもほどがある。苦笑じみた笑顔しか浮かべられずにいる私の頭に、孝次郎さんがぽんと手を載せた。
「ほんま可愛えなぁ。ーーあ、一番可愛えのはもちろん和歌子やで」
「あ、いいです、そういうの。今要りません」
和歌子さんの塩対応に思わず吹き出す。
「いけずやなぁ。そんなとこも可愛えねんけどな」と、なおものろける孝次郎さんはそれまでのイメージとだいぶ違って、でも、すごく納得できた。
キリッと厳しい和歌子さんも、孝次郎さんのこういうところにほだされたんだろうな、なんて。
「いい画撮れたぞー」
「えっ、いつの間に!?」
「見せて見せて」
健人兄が画面に写真を表示して、和歌子さんが「あら上手に撮ったわねぇ」と笑う。
恐る恐る覗き込んで見れば、笑う私と、顔を見合わせて微笑む和歌子さん孝次郎さんが写っていた。
「さっすが俺。ポートレイトの才能あるかも」
「まぁたそういうこと言って。健人兄は? 撮らなくていいの?」
「撮る撮る! あ、鹿も入れてな!」
目を輝かせた健人兄は、喜び勇んで草を食む鹿に近寄っていった。
「あんまり無遠慮に近づくと危ないわよ」と苦笑する和歌子さんに、「えっ、マジ? 襲われたりすんですか」と健人兄が興味津々で応じたりしながら、わいわいと写真を撮る。
こちらはこちらで、距離を利用して鹿に跨がった風の健人兄と、笑っている夫婦が写った、なかなかいい写真になった。
「私も才能あるかも」
「いや、俺の演出がいいからだろ」
「案外似た者同士ね」
冗談を言い交わす私と健人兄に和歌子さんが笑って、「それは勘弁してください」と答える声が重なった。思わず顔を見合わせる私と健人兄に、金田夫妻は声を出して笑った。
孝次郎さんの職場とか。和歌子さんの母校とか。
その間にある公園が、二人の出会った場所だと聞いて、少し散策してみたり。
「公園で、どうやって出会ったんですか?」
健人兄が不思議そうに訊くと、和歌子さんは珍しく口ごもり、孝次郎さんはなんと言うことのないような調子でさらりと、
「降ってきた」
と答えた。
「降って……?」
私は健人兄と顔を見合わせ、次いで2人で和歌子さんを見る。
和歌子さんはひきつった顔で、「そんな話いいから」と手を振った。どうも触れて欲しくない話題らしい。
「照れてるんですか?」
「違う、違う。ていうか降ってきてないからね。この人が寝っ転がってたのに引っかかって転んだだけだから」
「せやな。そんで受け止めたら、まあ見たこともないくらい可愛え子ぉやったから、びっくりしてな。ほんま天使が降ってきたかと思っーー」
「こーじろーくんっ」
慌ててその口を手で塞いで、和歌子さんが顔を引きつらせている。
ーー天使。
私は健人兄と顔を見合わせて、噴き出した。
「とりあえず、うちの両親に負けず劣らず、お2人が仲良しだってことは分かりました」
「ひゅーひゅー。お二人さん、熱いねぇ」
私と健人兄が茶化すと、和歌子さんが気まずそうに孝次郎さんを睨みつけた。
「ほんっと、要らないこと言って……」
「何で? 大事な話やろ」
孝次郎さんは微笑むと、臆面もなく、
「今でも天使や思てるで、和歌子」
ーーうぅっわ。
塩系男子というのだろうか、そう華やかではないものの、整った顔立ちの孝次郎さんの甘い台詞に、私と健人兄は絶句する。
「えぇーと、ご馳走さまです」
「い、今すごい、ドキドキしちゃった」
2人でそわそわしていたら、和歌子さんはうろたえまくって、「あああもう! 孝次郎くんほんとそういうのやめて!」と夫の背中を叩いた。
バシバシ言う音は結構痛そうなんだけど、孝次郎さんは慣れっこらしい。不思議そうに首を傾げて、「なんや、こんなん、政人くんも言いはるやろ?」とのたもうた。
健人兄は苦笑する。
「うちの両親、確かに仲いいですけど、そういう直球は投げないっす」
「なんや、変化球ばっかりなんか?」
「少なくとも俺たちの前では」
「意外やなぁ」と孝次郎さんはぼやくように言い、和歌子さんの肩を引き寄せる。和歌子さんがうろたえた。
「ちょっと、孝次郎くん。何、急に」
「いやぁ、関東のみなさんに、元気に仲良うしてるで、て伝えてもらおうかと」
「あっ、じゃ、写真撮りましょ、写真」
健人兄がポケットからスマホを出した。「ほら、礼奈も並んで。3人で」と言われて戸惑う。
「えっ? ツーショットじゃないの?」
「何言ってるの。せっかく来たんだから、礼奈ちゃんも写って写って」
「わ、和歌子さんっ」
ぐい、と和歌子さんに引っ張られて、孝次郎さんと和歌子さんの間に立たされる。
これじゃまるで、私が2人の子どもみたいだ。
「わ、和歌子さんてば。ツーショットが恥ずかしいだけじゃ」
「いーからいーから。はい、健人くん、お願い~」
「はいはい、いきますよー。笑って笑って……礼奈、表情カタいぞ」
「そ、そんなこと言われても」
無茶振りにもほどがある。苦笑じみた笑顔しか浮かべられずにいる私の頭に、孝次郎さんがぽんと手を載せた。
「ほんま可愛えなぁ。ーーあ、一番可愛えのはもちろん和歌子やで」
「あ、いいです、そういうの。今要りません」
和歌子さんの塩対応に思わず吹き出す。
「いけずやなぁ。そんなとこも可愛えねんけどな」と、なおものろける孝次郎さんはそれまでのイメージとだいぶ違って、でも、すごく納得できた。
キリッと厳しい和歌子さんも、孝次郎さんのこういうところにほだされたんだろうな、なんて。
「いい画撮れたぞー」
「えっ、いつの間に!?」
「見せて見せて」
健人兄が画面に写真を表示して、和歌子さんが「あら上手に撮ったわねぇ」と笑う。
恐る恐る覗き込んで見れば、笑う私と、顔を見合わせて微笑む和歌子さん孝次郎さんが写っていた。
「さっすが俺。ポートレイトの才能あるかも」
「まぁたそういうこと言って。健人兄は? 撮らなくていいの?」
「撮る撮る! あ、鹿も入れてな!」
目を輝かせた健人兄は、喜び勇んで草を食む鹿に近寄っていった。
「あんまり無遠慮に近づくと危ないわよ」と苦笑する和歌子さんに、「えっ、マジ? 襲われたりすんですか」と健人兄が興味津々で応じたりしながら、わいわいと写真を撮る。
こちらはこちらで、距離を利用して鹿に跨がった風の健人兄と、笑っている夫婦が写った、なかなかいい写真になった。
「私も才能あるかも」
「いや、俺の演出がいいからだろ」
「案外似た者同士ね」
冗談を言い交わす私と健人兄に和歌子さんが笑って、「それは勘弁してください」と答える声が重なった。思わず顔を見合わせる私と健人兄に、金田夫妻は声を出して笑った。
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