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.第6章 大学1年、前期
155 壮行会(1)
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夏休みに入ると、怒涛のバイトラッシュが始まった。
9月には一週間、集中講義がある他は、予定という予定もない。
慶次郎はバイト2本を掛け持ちした上、教習所に通うと言っていたけど、お互いバイト先が駅の近くだから、お昼を食べたりすることくらいはできそうだ。
恋人、というものがどういうものなのか、いまだによくは分からないけど、慶次郎とは週に1度くらい、かわいいカフェにつき合ってもらったり、ウィンドウショッピングに行ったりするようになった。あちこち行っているとお金がなくなるから、ちょっと散歩する程度だけど。
あと、人混みがすごいところでは、手をつなぐようになった。何度か私がはぐれそうになったからで、だいたい慶次郎が「危なっかしい」と手を差し出してくる。
繋ぎ方も、指を絡めた恋人繋ぎじゃないけれど、少しはそういう接触に慣れつつある。
小夏たちとのバスケは、月に1、2回のペースで集まっていたけど、8月は利用希望者が多いらしくて場所を取れずじまいだ。
それとは別に、小夏とは大磯のプールに行こうねと約束している。そのとき久々に会うことになりそうだ。
勝巳くんとのことがどうなったのか聞きたいなぁ、なんて気になってはいる。
そんなこんなで、あっという間に例のイトコ会の日が来た。
8月の第二金曜日の夜。悠人兄が予約してくれたのは品川のレストランバー。
考えてみれば私だけが未成年で、居酒屋の類に行った経験も少ない。どんな服を着るべきなのかとか、化粧はした方がいいのかとか、私なりに考えたけど、よく分からない。
結局、最近お気に入りのワンピースで行くことにした。
バイト先の近くのアパレル店で見つけて、ひとめぼれした紺のワンピースだ。
肩には青いレースがついていて、同じものが胸元にもあしらわれている。胸の下に切り替えがついたAライン型。
背が高い人が着たらミニスカートなのだろうけど、私が着るとちょうど膝に裾がくる。肩がほとんど剥き出しになるから、空調で冷やさないよう、レース編みのボレロを上に羽織った。
日中はバイトをして、一度帰宅し、着替えてから家を出た。ほんのりメイクもして、気合を入れて会場へ向かう。
待ち合わせは品川に6時だ。1時間もあれば着くので家を出たのは5時だけど、まだ日差しは強かった。
髪は首にへばりつかないよう、ポニーテールにまとめておいた。
かれこれ3年ちょっとも伸ばした髪は、もうどう扱っても変に跳ねることもない。肩甲骨を覆うくらいの長さになっているので、そろそろ切るのもいいな、なんて思っているけど、せっかく伸ばしたのならもう少し楽しもうかな、とそのままにしている。
家の最寄り駅から電車に乗り、品川に着いた。
品川駅は広いから、待ち合わせは直接会場だ。店の地図を送ってくれた悠人兄は、「一人で大丈夫?」なんて心配してくれたけど、駅から近いし多分大丈夫だろう。
そう思っていたけど、ちょうど帰宅ラッシュに重なったのか、駅はすごい人だった。とにかくどうにか改札を抜け、少し端に避ける。このまま人波に流されてしまったら迷子になってしまうような気がした。
スマホで地図を開いて場所を確認して、歩き出す。どうしても歩幅が狭く、スピードが遅くなるので、ときどき人にぶつかられてお互いに謝ったりもした。
高校時代は横浜駅を経由していたから人混みに慣れていたけど、大学のキャンパスがあるのはそこまで大きな街じゃない。久々の雑踏にどきどきしながら歩いていたら、靴を踏まれた。
「痛っ」
今日履いたのは、足首をストラップで留めるタイプのミュールだ。ちゃんと履き慣らしていたつもりだったけれど、足の甲に縫い目が食い込んだ。
靴擦れ、しないといいけど。
いつかの花火大会のことを思い出しながら歩いて行く。
駅を抜けて、場所を確認しながら歩いていたら、店の前に目立つ集団を見つけた。
悠人兄、朝子ちゃん、健人兄。
ほっとして手を挙げる。
「こんばんは」
「あ、礼奈ちゃん!」
朝子ちゃんがくるりと振り向く。黒いキャミソールインナーに白いオーバーシャツ、ボトムはオレンジ色のデニム。背が高いから何を着ても似合う。
「朝子ちゃん、髪切ったんだ!」
「うん、そうなの。思い切って」
今の私と同じくらい長かった朝子ちゃんの髪は、ばっさりとショートカットになっていた。
ぐっと大人っぽくなって、知的な雰囲気によく似合っている。
「すごい似合う。かっこいい。綺麗」
「ふふ、ありがと」
朝子ちゃんは続けた。
「それ、やっぱり就活のため?」
「うん、まあそんなとこ」
健人兄の言葉に、朝子ちゃんが頷く。
「って言っても、公務員志望だから受験勉強だけど。もう二度と受験なんてしたくないって思ってたのになー」
「分かる。でも、国立だと共通試験の経験あるし、一般教養は大体イケるでしょ」
「そうなんだけど、法律系がなぁ」
健人兄と朝子ちゃんが話しているのを何となしに聞きながら、私はきょろきょろ辺りを見回した。
「翔太くんと栄太兄は?」
「翔太くんは、今トイレ。あ、来た」
悠人兄が言ったとき、向こうから翔太くんが歩いてくる。私に気づいて手を挙げた。
前には伸び放題だった気がした髪がすっきりしている。
「翔太くんも髪切ったね!」
「あー、うん。母さんに怒られて」
「そうそう。髪くらい定期的に切りなさいって」
「じゃないとバリカンで剃るって言われた」
そう肩をすくめる翔太くんも、さすがに丸刈りは嫌らしい。
私は思わずくすくす笑った。
「でも、よく似合ってるよ。かっこいい」
「あー、ありがと」
翔太くんは苦笑した。
「じゃ、入りますか」
「栄太兄は?」
「あー、いや、それが」
翔太くんと悠人兄が顔を見合わせて苦笑する。
私と朝子ちゃんも、顔を見合わせて首を傾げた。
健人兄がため息をつく。
「まーたあの人、仕事終わるか分かんねぇって? ひでぇなぁ、せっかくみんなが俺を送ってくれるってのにー」
健人兄が唇を尖らせて進んでいく。私と朝子ちゃんはもう一度顔を見合わせて苦笑し、その後ろに続いた。
9月には一週間、集中講義がある他は、予定という予定もない。
慶次郎はバイト2本を掛け持ちした上、教習所に通うと言っていたけど、お互いバイト先が駅の近くだから、お昼を食べたりすることくらいはできそうだ。
恋人、というものがどういうものなのか、いまだによくは分からないけど、慶次郎とは週に1度くらい、かわいいカフェにつき合ってもらったり、ウィンドウショッピングに行ったりするようになった。あちこち行っているとお金がなくなるから、ちょっと散歩する程度だけど。
あと、人混みがすごいところでは、手をつなぐようになった。何度か私がはぐれそうになったからで、だいたい慶次郎が「危なっかしい」と手を差し出してくる。
繋ぎ方も、指を絡めた恋人繋ぎじゃないけれど、少しはそういう接触に慣れつつある。
小夏たちとのバスケは、月に1、2回のペースで集まっていたけど、8月は利用希望者が多いらしくて場所を取れずじまいだ。
それとは別に、小夏とは大磯のプールに行こうねと約束している。そのとき久々に会うことになりそうだ。
勝巳くんとのことがどうなったのか聞きたいなぁ、なんて気になってはいる。
そんなこんなで、あっという間に例のイトコ会の日が来た。
8月の第二金曜日の夜。悠人兄が予約してくれたのは品川のレストランバー。
考えてみれば私だけが未成年で、居酒屋の類に行った経験も少ない。どんな服を着るべきなのかとか、化粧はした方がいいのかとか、私なりに考えたけど、よく分からない。
結局、最近お気に入りのワンピースで行くことにした。
バイト先の近くのアパレル店で見つけて、ひとめぼれした紺のワンピースだ。
肩には青いレースがついていて、同じものが胸元にもあしらわれている。胸の下に切り替えがついたAライン型。
背が高い人が着たらミニスカートなのだろうけど、私が着るとちょうど膝に裾がくる。肩がほとんど剥き出しになるから、空調で冷やさないよう、レース編みのボレロを上に羽織った。
日中はバイトをして、一度帰宅し、着替えてから家を出た。ほんのりメイクもして、気合を入れて会場へ向かう。
待ち合わせは品川に6時だ。1時間もあれば着くので家を出たのは5時だけど、まだ日差しは強かった。
髪は首にへばりつかないよう、ポニーテールにまとめておいた。
かれこれ3年ちょっとも伸ばした髪は、もうどう扱っても変に跳ねることもない。肩甲骨を覆うくらいの長さになっているので、そろそろ切るのもいいな、なんて思っているけど、せっかく伸ばしたのならもう少し楽しもうかな、とそのままにしている。
家の最寄り駅から電車に乗り、品川に着いた。
品川駅は広いから、待ち合わせは直接会場だ。店の地図を送ってくれた悠人兄は、「一人で大丈夫?」なんて心配してくれたけど、駅から近いし多分大丈夫だろう。
そう思っていたけど、ちょうど帰宅ラッシュに重なったのか、駅はすごい人だった。とにかくどうにか改札を抜け、少し端に避ける。このまま人波に流されてしまったら迷子になってしまうような気がした。
スマホで地図を開いて場所を確認して、歩き出す。どうしても歩幅が狭く、スピードが遅くなるので、ときどき人にぶつかられてお互いに謝ったりもした。
高校時代は横浜駅を経由していたから人混みに慣れていたけど、大学のキャンパスがあるのはそこまで大きな街じゃない。久々の雑踏にどきどきしながら歩いていたら、靴を踏まれた。
「痛っ」
今日履いたのは、足首をストラップで留めるタイプのミュールだ。ちゃんと履き慣らしていたつもりだったけれど、足の甲に縫い目が食い込んだ。
靴擦れ、しないといいけど。
いつかの花火大会のことを思い出しながら歩いて行く。
駅を抜けて、場所を確認しながら歩いていたら、店の前に目立つ集団を見つけた。
悠人兄、朝子ちゃん、健人兄。
ほっとして手を挙げる。
「こんばんは」
「あ、礼奈ちゃん!」
朝子ちゃんがくるりと振り向く。黒いキャミソールインナーに白いオーバーシャツ、ボトムはオレンジ色のデニム。背が高いから何を着ても似合う。
「朝子ちゃん、髪切ったんだ!」
「うん、そうなの。思い切って」
今の私と同じくらい長かった朝子ちゃんの髪は、ばっさりとショートカットになっていた。
ぐっと大人っぽくなって、知的な雰囲気によく似合っている。
「すごい似合う。かっこいい。綺麗」
「ふふ、ありがと」
朝子ちゃんは続けた。
「それ、やっぱり就活のため?」
「うん、まあそんなとこ」
健人兄の言葉に、朝子ちゃんが頷く。
「って言っても、公務員志望だから受験勉強だけど。もう二度と受験なんてしたくないって思ってたのになー」
「分かる。でも、国立だと共通試験の経験あるし、一般教養は大体イケるでしょ」
「そうなんだけど、法律系がなぁ」
健人兄と朝子ちゃんが話しているのを何となしに聞きながら、私はきょろきょろ辺りを見回した。
「翔太くんと栄太兄は?」
「翔太くんは、今トイレ。あ、来た」
悠人兄が言ったとき、向こうから翔太くんが歩いてくる。私に気づいて手を挙げた。
前には伸び放題だった気がした髪がすっきりしている。
「翔太くんも髪切ったね!」
「あー、うん。母さんに怒られて」
「そうそう。髪くらい定期的に切りなさいって」
「じゃないとバリカンで剃るって言われた」
そう肩をすくめる翔太くんも、さすがに丸刈りは嫌らしい。
私は思わずくすくす笑った。
「でも、よく似合ってるよ。かっこいい」
「あー、ありがと」
翔太くんは苦笑した。
「じゃ、入りますか」
「栄太兄は?」
「あー、いや、それが」
翔太くんと悠人兄が顔を見合わせて苦笑する。
私と朝子ちゃんも、顔を見合わせて首を傾げた。
健人兄がため息をつく。
「まーたあの人、仕事終わるか分かんねぇって? ひでぇなぁ、せっかくみんなが俺を送ってくれるってのにー」
健人兄が唇を尖らせて進んでいく。私と朝子ちゃんはもう一度顔を見合わせて苦笑し、その後ろに続いた。
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