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.第13章 永遠の誓い

343 結婚式の準備(1)

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 母は宣言通り、全力で挙式のバックアップをしてくれた。
 とはいっても、一人で抱えないところはさすがだ。
 まず声をかけたのは香子さん。祖父の様子では遠出はできないだろうからと、地元近くの式場を探す手伝いをお願いしたらしい。
 香子さんは近くの市役所に勤めているから、周りで挙式した後輩にも話を聞いたりして、ざっくり式場のリストを作ってくれた。
 ざっくりと言っても、真面目な叔母らしく電話番号や所在地、交通ルートなども載っている。思わず感心しきりの私を差し置いて、母は空いた時間を見つけては、片っ端から電話をかけた。近々いつ空いているか、どんな挙式形式なのか、などなど、私では考えもしなかったようなことを、事細かに確認してくれたのだ。

「礼奈、挙式は神前人前どっちがいい?」
「ど……どっちでも……」
「和装と洋装は? バージンロード歩きたいとか」
「えっ……うーん、絶対無きゃやだ、って感じはないかな……」
「あんたね、自分のことなんだからちゃんと希望言いなさい!」

 ゼミや就活の合間に母と交わすのは、そんな会話ばかりだった。
 母はどこかイキイキしていた。その姿に父も呆れて、「ほんとこういうことになるとイキイキしだすよな」と苦笑する。
 母は「放っておいて」と父を睨んでいた。

 ***

 「どこか一か所でもいいからデモ結婚式見てきなさい」と、都内の式場に見学を予約してくれたのも母だった。
 考えてみれば、結婚式というものに参列したことのない私なのだ。「やりたいことは全部やりなさい」と母に言われたものの、そもそも結婚式がどういうものなのか、よく分からない。
 さすがにバイトは控えているものの、就活は段々と本格化している。その中、その合間をぬって栄太兄と予定を合わせた。
 小さなチャペルが併設されたその結婚式場は、最初にチャペルでの模擬挙式、次いで会食があるそうで、その後はドレスの試着もさせてもらえるらしい。
 両親とその話になったときには、「ドレス、めちゃくちゃたくさんあるから迷うのよねー」と母が言う横で、父が「お前結局何着着たんだっけ?」と懐かしそうな顔をして、母が「50着は着たわね……」と言うので思わず絶句してしまった。母ほどドレスに執着がない私は、数着着たらもう満足してしまいそうな気がしている。
 どちらかというと、私が楽しみにしたのは栄太兄のタキシード姿だった。「男はあんまり種類がないから」と笑う父のタキシード姿も、写真で見るとすごくかっこよかったけれど、栄太兄もきっとかっこいいだろうと思う。
 やっぱりスタンダードに白かな、なんてわくわくしながら式場へ向かった。
 模擬挙式はともかく、会食では、シャンパンタワーとかキャンドルサービスとかのオプションイベントについても説明があった。王道のものから、最近流行りのものまで、あれこれ工夫があって、「へぇー」と感心してしまう。
 私はみんなで集まって楽しくお食事できればそれで充分だと思っていたけれど、普通はずいぶん凝るものらしい。
 会食の後は、予定通りドレスの試着だった。

「どれか、気になるものがありますか?」

 衣装係の人に問われて、私は思わず戸惑った。

「ち、チビでも様になるドレスありますか……?」

 言いながら、情けなさに恥ずかしくなる。ないのは身長だけじゃなくて、これという凹凸がない平べったい身体なのだ。こんな貧相な体型で、栄太兄と並んで様になるドレスなんてあるんだろうか。
 そう思った私だけれど、衣装係は「新婦様、可愛らしいからどれを着てもきっと素敵ですよ」と微笑んだ。
 そういうお世辞は要らないんだけどなぁ……。
 内心そう思いながら「ありがとうございます」と苦笑を返す。

「でも、こちらなんかどうでしょう? 可愛らしさを一層引き立ててくれそうですよ」

 勧められたのは、幾重にもレースが重なった、裾が広がったデザインのドレスだった。まるで映画に出てくるプリンセスみたいだ。
 着てみると、ウェストに余裕があった。「当日にはちゃんと詰めて身体に合わせておきますので」と言われて、またへぇと感心する。

「着心地はいかがですか?」
「……重いです」
「ふふ、そうですね。歩くときは思いっきり、ドレスの裾を蹴ってくださいね」

 蹴る……?
 疑問に思った私だけれど、「こちらへどうぞ」と促されて歩こうとして納得した。確かにこれは、蹴らないと前に進めない。優雅に歩いていたデモ挙式の花嫁役も、裾の下ではこんなに力強くドレスを蹴っていたのか、とちょっと滑稽に思えた。

「とっても素敵ですよ。いかがです?」

 そう言って鏡を見るよう促されたけれど、子どものお遊戯会みたいに見えるのではと、怖くて見る勇気が湧かない。
 そこに、タキシードの試着を済ませた栄太兄が戻ってきた。

「あら。お二人とも、よくお似合いですわ」

 プランナーさんがにこにこしながら手を叩く。たぶんお世辞なのだろう――けれど、栄太兄のタキシード姿は確かにすごく様になっていた。
 背が高くて姿勢がいいこともあるだろうし、惚れた弱みもあるだろうけれど、本当にモデルみたい。
 思わずほぅっと見とれていると、「新婦様が惚れ直してらっしゃいますよ」と笑みを含んだプランナーさんの声が聞こえる。
 それを聞いた私はハッと表情を引き締めた。――のに。

「礼奈も、よう似合っとる。本物のおひいさまみたいやな」

 栄太兄から降って来たのは、見るからに甘い表情と優しい声だった。とたんに身体がかっと熱くなって、うろたえる。
 それまで気になっていなかった剥き出しの肩が気になって、落ち着かずにうつむいた。顔が赤くなっているのが分かった。

「ふふ、照れてらっしゃるわ。可愛らしい新婦様ですね」

 栄太兄ははにかんだように笑って、私の頬を指の背で撫でた。
 それだけで、恥ずかしくて嬉しくて、泣きそうになる。

「ええ。……俺の宝物です」

 指で優しく頬を撫でながら、小さな声で栄太兄は囁いた。私はもう、どう反応していいのか分からなくて、頭から煙が出そうなくらい真っ赤になる。

「えっ――栄太兄ってば――」
「え? 何で? ほんとのことやで」
「ほ、ほんとって――そ、そんなの、今、言わなくても――」

 頭の中がぐるぐるして、栄太兄の肩をぺしぺしたたいた。「素敵だわ」とプランナーさんたちが笑っている。恥ずかしくて顔が上げられない私に、栄太兄はひとしきり笑うと、やんわりと私の手を掬い取った。

「昔からずぅっと、俺のおひいさまは礼奈だけやからな」

 囁いて、私の手指に軽く口づける。私は恥ずかしさで口をぱくぱくしたけれど、言葉は声にならないままだ。
 な、何で? 何で急にそんな、激甘になってるの?
 ぐるんぐるん考えていて、思い出したのは、妻の和歌子さんを「天使」と呼ぶ孝次郎さんの姿だった。
 ――そっか、栄太兄が見て育った夫婦っていうのは、孝次郎さんと和歌子さんのやりとりで――
 気づいた途端、頭を抱えたくなった。
 嬉しいのは嬉しいだろう、けど、いつもあんなんじゃちょっと困る。
 ――私も、和歌子さんの塩対応を学ばなくちゃいけないかも。
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