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.第13章 永遠の誓い
349 結婚式の準備(7)
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そうは言っても、ドレスを選びに行く時間もあまり残っていない。白無垢を借りることにした衣装屋さんに連絡して、とりあえず一人で足を運ぶ時間を決めた。
空いていた日は平日の昼間で、もし決まればその日に決めてしまうつもりだ。栄太兄にもそう連絡したら、すぐ折り返し電話がかかってきた。
『何で一人で行くねん! 俺も行くし!』
「えっ……え? で、でも仕事……」
『んなもん、休むわ!』
いや、そんなにすぐ休めるもんなの?
と思ったけど、『急遽結婚式することになったの言うてあんねん。彼女忙しいから俺が準備せなあかんてことも知ってるし、上司もサポートしてくれてるから大丈夫や』とどこか誇らしげな返事がある。
私は思わず苦笑してしまった。
「で、でも……」
『でも、やない!』
栄太兄は力説した。
『今まで母さんの買い物で鍛えられたの何のためやと思うてんねん! 花嫁の衣装選びくらいつき合えへんでどうする! カメラ持ってくからな! 最低5着は着てもらうで!』
「え、ええ……!?」
何でそんな、私よりも張り切ってるの?
動揺のあまり言葉の出ない私に、栄太兄は嬉しそうに続ける。
『色とか決まっとるんか? やっぱ白かな。いや、でもカラードレスもええやん……裾、短いのも可愛えやろな。動きやすい方がええかな』
私よりも想像が膨らんでいるらしい。とりあえず和歌子さんが言っていたように、栄太兄も私のドレス姿を楽しみにしているらしいことはよく分かったので、好きにさせておくことにした。
***
ドレス選びの日、外はあいにくの雨で、私と栄太兄は鎌倉で待ち合わせて衣装屋さんに向かった。
しとしと降る雨の中、それぞれ傘を手に歩いていく。いつもは賑やかな街も、さすがに人通りは少ない。
「雨、降らないといいね」
挙式を6月に決めてから、気になっていたのはそのことだった。6月下旬といえば梅雨真っ盛りのはずだ。
傘越しに空を見上げて呟いた私を見下ろして、栄太兄が微笑む。営業の外回りがなくなったから、肌は少し白くなっていた。
挙式が決まってからの栄太兄は、どこが違うとはっきり言えないけれど、振る舞いが落ち着いている。そのことが栄太兄をますます魅力的に見せて、他の女の人が寄って来るんじゃないか、なんて心配になる。
傘の下で手を伸ばすと、栄太兄も手を出して握り返してくれた。手は少し雨の雫で濡れたけれど、温もりを奪うほどではない。指先を絡め合うようにして歩いて行く。
「大丈夫やろ。日頃の行いええし」
「ほんとかな」
「ほんとやって。俺ほど誠実な男おらへんで」
「あはははは」
冗談混じりに言う栄太兄に笑うと、「何で笑うねん」と頭を小突かれた。
「確かに誠実は誠実だろうけど」
「けど、何やの」
私はにやりとして、いつだか慶次郎が言った言葉を思い出す。
「ヘタレだよね」
「へっ――」
栄太兄は言葉を失い、私に半眼を向ける。
「……悪かったな、ヘタレで」
「いいじゃん、そこが可愛いんだから」
「かわっ……」
恨めし気な顔を向けた栄太兄に、私は軽く笑った。
栄太兄は黙ったまま数歩歩き、ちらりと私を見下ろす。
「……そういえば、見に来るんやったっけ? 友達」
「うん……」
小夏や慶次郎が来るつもりらしい、とは、先に電話で言ってある。
栄太兄に言う前に、父にどう思うか聞いてみたけれど、「お前たちがそれでいいなら別にいいんじゃないか」と言われただけだった。その後、栄太兄からも案の定「礼奈がそうしたいならすればええ」と言ってくれている。
「よかったな、気まずい関係にならんで。――昔からの友達なんやろ?」
「うん……」
頷くと、栄太兄の顔を見上げる。
「でも、ほんとに気にならない? ――私だったら……」
私だったら。
栄太兄の元カノだっていう人が、結婚式に会いに来たら。
――ちょっと、冷静でいられそうにない。
そう思ったのだけど、
「それはそれ、これはこれやろ」
栄太兄はからりと笑った。
「その子は元カレである前に、礼奈の友達なんやろ? せやったら、俺が文句言うんはおかしいやん。――まあ、気にならんかて言うたら、まったく気にならへんわけでもないけど……でも、大事にしたいと思う人は、ちゃんと大事にした方がええと思うし、俺もそれを応援できる……お……夫でありたいと、思ってるで」
最後の方が若干どもっていて、思わずくすりと笑ってしまった。顔を赤くした栄太兄が「笑うな!」と頬を膨らませる。「ごめんごめん」と謝った。
「馬鹿にしてるんじゃないの。可愛いなぁって思ってるの」
「それ、絶対馬鹿にしてるやん!」
「違うよー。愛情表現だよ」
そんなじゃれ合うような会話を交わしながら歩いていく。
そうしていると、不思議と雨は気にならず、あっという間に衣装屋に着いた。
空いていた日は平日の昼間で、もし決まればその日に決めてしまうつもりだ。栄太兄にもそう連絡したら、すぐ折り返し電話がかかってきた。
『何で一人で行くねん! 俺も行くし!』
「えっ……え? で、でも仕事……」
『んなもん、休むわ!』
いや、そんなにすぐ休めるもんなの?
と思ったけど、『急遽結婚式することになったの言うてあんねん。彼女忙しいから俺が準備せなあかんてことも知ってるし、上司もサポートしてくれてるから大丈夫や』とどこか誇らしげな返事がある。
私は思わず苦笑してしまった。
「で、でも……」
『でも、やない!』
栄太兄は力説した。
『今まで母さんの買い物で鍛えられたの何のためやと思うてんねん! 花嫁の衣装選びくらいつき合えへんでどうする! カメラ持ってくからな! 最低5着は着てもらうで!』
「え、ええ……!?」
何でそんな、私よりも張り切ってるの?
動揺のあまり言葉の出ない私に、栄太兄は嬉しそうに続ける。
『色とか決まっとるんか? やっぱ白かな。いや、でもカラードレスもええやん……裾、短いのも可愛えやろな。動きやすい方がええかな』
私よりも想像が膨らんでいるらしい。とりあえず和歌子さんが言っていたように、栄太兄も私のドレス姿を楽しみにしているらしいことはよく分かったので、好きにさせておくことにした。
***
ドレス選びの日、外はあいにくの雨で、私と栄太兄は鎌倉で待ち合わせて衣装屋さんに向かった。
しとしと降る雨の中、それぞれ傘を手に歩いていく。いつもは賑やかな街も、さすがに人通りは少ない。
「雨、降らないといいね」
挙式を6月に決めてから、気になっていたのはそのことだった。6月下旬といえば梅雨真っ盛りのはずだ。
傘越しに空を見上げて呟いた私を見下ろして、栄太兄が微笑む。営業の外回りがなくなったから、肌は少し白くなっていた。
挙式が決まってからの栄太兄は、どこが違うとはっきり言えないけれど、振る舞いが落ち着いている。そのことが栄太兄をますます魅力的に見せて、他の女の人が寄って来るんじゃないか、なんて心配になる。
傘の下で手を伸ばすと、栄太兄も手を出して握り返してくれた。手は少し雨の雫で濡れたけれど、温もりを奪うほどではない。指先を絡め合うようにして歩いて行く。
「大丈夫やろ。日頃の行いええし」
「ほんとかな」
「ほんとやって。俺ほど誠実な男おらへんで」
「あはははは」
冗談混じりに言う栄太兄に笑うと、「何で笑うねん」と頭を小突かれた。
「確かに誠実は誠実だろうけど」
「けど、何やの」
私はにやりとして、いつだか慶次郎が言った言葉を思い出す。
「ヘタレだよね」
「へっ――」
栄太兄は言葉を失い、私に半眼を向ける。
「……悪かったな、ヘタレで」
「いいじゃん、そこが可愛いんだから」
「かわっ……」
恨めし気な顔を向けた栄太兄に、私は軽く笑った。
栄太兄は黙ったまま数歩歩き、ちらりと私を見下ろす。
「……そういえば、見に来るんやったっけ? 友達」
「うん……」
小夏や慶次郎が来るつもりらしい、とは、先に電話で言ってある。
栄太兄に言う前に、父にどう思うか聞いてみたけれど、「お前たちがそれでいいなら別にいいんじゃないか」と言われただけだった。その後、栄太兄からも案の定「礼奈がそうしたいならすればええ」と言ってくれている。
「よかったな、気まずい関係にならんで。――昔からの友達なんやろ?」
「うん……」
頷くと、栄太兄の顔を見上げる。
「でも、ほんとに気にならない? ――私だったら……」
私だったら。
栄太兄の元カノだっていう人が、結婚式に会いに来たら。
――ちょっと、冷静でいられそうにない。
そう思ったのだけど、
「それはそれ、これはこれやろ」
栄太兄はからりと笑った。
「その子は元カレである前に、礼奈の友達なんやろ? せやったら、俺が文句言うんはおかしいやん。――まあ、気にならんかて言うたら、まったく気にならへんわけでもないけど……でも、大事にしたいと思う人は、ちゃんと大事にした方がええと思うし、俺もそれを応援できる……お……夫でありたいと、思ってるで」
最後の方が若干どもっていて、思わずくすりと笑ってしまった。顔を赤くした栄太兄が「笑うな!」と頬を膨らませる。「ごめんごめん」と謝った。
「馬鹿にしてるんじゃないの。可愛いなぁって思ってるの」
「それ、絶対馬鹿にしてるやん!」
「違うよー。愛情表現だよ」
そんなじゃれ合うような会話を交わしながら歩いていく。
そうしていると、不思議と雨は気にならず、あっという間に衣装屋に着いた。
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